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第02話 異世界の街とケンタウロスの少女 (2)


「ほい。これ、西通りの爺さんとこまで」


 手渡された粉袋を、俊也はよいしょっと背負い上げる。ずしりとした重量を背中に感じながら、俊也はカウンターの奥に座っている声の主に振り返った。


「じゃあ、ヴェルメイさん。いってきます」

「へいへい。いっといで」


 新聞を広げる銀髪を眺めて、俊也はよしと足に力を入れる。

 ドアに付けられたベルを鳴らしながら、俊也は店の外へと出て行った。


 あれから一ヶ月。俊也はちらりと背後の看板に振り返る。


 エルフパン


 そんな、直球な名前が俊也を見下ろしていた。

 それを見上げて、俊也はのろのろと道を進んでいく。


「らっしゃいらっしゃい! いい肉入ってるよ! 正真正銘、火吹きドラゴンの肉だっ!!」

「ポーション。土蜘蛛のポーションは要らんかね~」


 歩きながら、俊也はほぇえと街を眺める。

 未だに慣れることのないその光景に、俊也はそれでも足を進めた。


 異世界。どうやら、ここはそう呼ばれるような場所らしい。


 ネコ耳の生えた少女が売っている花屋の荷車を見つめながら、俊也は呆けた顔で道を進んでいく。


『は? 金がない? ……あー。なら、住み込みで働くかい?』


 そんなヴェルメイの一言で、俊也の異世界生活は始まった。

 ちょうど若い子が辞めちまったと言っていたヴェルメイは、訳も分からず立ち尽くす俊也に仕事と寝床を与えてくれた。


 この一ヶ月、俊也は粉袋を運び、店では客からの勘定を捌いている。

 いい香りのヴェルメイのパンは、どうやらそれなりに人気のようだ。


「……何やってんだろ、俺」


 必死に生きたこの一月だが、俊也には未だに実感が足りない。それもそのはずで、いきなり異世界に来ましたとなっても、すぐに受け入れられる訳がなかった。


 何度もこれは夢だと思い、起きたら元通りだと寝床に着いた。そして、パンを焼く匂いで目を覚ますのだ。そんな生活を一月も続けていれば、嫌でも理解する。


 自分は、異世界にやってきたのだ。


 思い出してみると、確かに自分は一度死んでいる気がする。女の子を助け、それからの記憶がない。そして、なにやら妙なことを言われた気も。


「まじかよ」


 ぽつりと呟きながらも、俊也はどこか安堵していた。今日明日死ぬわけでもないということもあるが、何となく俊也は今のこの場所が気に入っていたからだ。


 最初は面食らってばかりだったが、何てことはない。この世界も、俊也のよく知る世界と何ら変わりはない。


 人々は糧を得るために働き、日々の少しばかりの娯楽を楽しみに、明日への鋭気を養う。


「……前よりかは、ましか」


 こうして粉袋を担いで歩く日々も、俊也には中々に新鮮だった。ヴェルメイの作ってくれる飯は美味いし、常連さんの中に可愛い犬耳の子もいる。

 ヴェルメイのハマっているケンタウロスレースなる競馬のような博打は、俊也の心も少なからず熱くした。初めての博打は、俊也にとっては刺激的な体験だった。しかも、自分で初めて稼いだ金でやったのだ。


「博打なんて、二度とせんぞ」


 そう心に固く誓えただけでも、授業料としては安かったに違いない。そう思いたい。

 やっぱ堅実が一番だなと、俊也は道をのしのしと歩くのだった。





 ーー ーー ーー





「……美味い」


 もぐもぐと干し肉を噛みしめながら、俊也は得意先からの帰路を歩いていた。いつもありがとうと干し肉を頂いたのだが、これが意外にも美味い。


 硬いのは硬いが、要はビーフジャーキーだ。しっかりと塩味も付いていて、噛みしめると肉の味が口の中に広がる。


「いい人だ」


 肉屋の人の良さそうな老人の顔を思い出し、俊也は足取りを軽くした。何だかんだで自分もこの街に溶け込んできたのではないかと、俊也は辺りを見渡す。


 石造りの街並みは、日本人の俊也には馴染みがないものの中々に壮観だ。中世のヨーロッパにアジアンマーケットの雰囲気が足されたような雑多な雰囲気を、俊也は結構気に入っていた。


「……腹が減ってきたな」


 少し腹に物を入れたからだろうか。道の端の屋台から漂ってくる匂いに俊也の胃袋が音を立てる。見ると、シチューのようなものを山羊頭の親父が売っている。


「はっ、いかんいかん!」


 ふらふらと屋台に足が向きそうになった俊也は、危ない危ないと慌てて前を向いた。今月の給料の大半は博打で擦ってしまったのだ。買い食いしている余裕などは俊也にはない。


「さっさと帰ろう」


 そろそろ昼食の時間だ。俊也は、ヴェルメイの手料理を心の支えに早足で街の道を歩き出す。


「離せっ!! この駄馬がっ!!」


 干し肉の残りを懐から取り出そうと、俊也が腰袋を探ろうとしたそのとき、俊也の耳に男の怒鳴り声が聞こえてきた。


「お願いです! が、頑張りますからっ!」


 何事かと俊也が足を止めると、すぐ脇の路地裏から男と女の声が響いている。その女の声の悲痛さに、俊也は恐る恐るその路地を覗き込んだ。


「えぇい! お前のような駄馬には、炭坑で荷運びがお似合いだっ! 母親があれだからと買い取ったのに、このクズ馬がっ!」

「痛っ、うぅ。お、お願いです。今年は、今年こそはっ」


 見ると、小太りのゴブリンが女の子に向かって手を振り上げるところだった。女の子は、それでも男にすがりついて何かを懇願している。


「炭坑なんかに行かされたら、し、死んじゃいますっ!」


 大きい体躯。四本の足に、二本の腕。靡く尻尾。馬の下半身に、人の上半身。

 ケンタウロスの少女が、涙目で男に訴えかけていた。


「そんなの知ったことかっ! 何処ででも野垂れ死ねっ!」


 ばしんと、ゴブリンの腕が少女を払う。男に比べて随分と大きいはずの少女が、よろっとその身をよろけさせた。


「う、うぅ。そんな……」


 ぽろぽろと涙を流す少女の顔は、不安と恐怖で歪んでいる。ブロンドに、仄かに桜色が混じった髪の毛。元は可愛いだろう顔が、今は涙と絶望で汚れていた。


「お前のような駄馬、炭坑に売ったところで端金なんだ。買い取った値段の損害を請求しないだけ、ありがたいと思え」


 ゴブリンが、苛立った顔で少女を見つめる。ここまで聞けば、俊也にも大体の事情を察することが出来た。理由は分からないが、あのケンタウロスの少女が売り飛ばされようとしているのだ。


「あ、あの……すみません!」


 気づけば、俊也は路地裏の中へと飛び込んでいた。


「……なんだぁ、お前?」


 突然現れた俊也に、ゴブリンが眉を寄せる。少女も、不思議そうに俊也を見つめた。


「そ、その。すみません、立ち聞きしちゃったんですけど。……そ、その子を売るって」


 俊也の言葉に、ゴブリンの眉間が益々深まる。面倒くさそうに、俊也にあっち行けと手を振った。


「駄馬っていっても、こいつは俺の買った馬だぞ。何処に売っても、俺の自由だろうが。ほれ、分かったらあっち行け」


 しっしと、ゴブリンは呆れたように俊也を見下す。こういう輩は見慣れているとでもいうように、さして興味もなさそうに俊也から目を離した。


「か、買いますっ! その子、俺がっ!!」


 俊也の叫びに、ようやくゴブリンの男が目を開ける。

 一番驚いていたのは、他ならぬケンタウロスの少女だ。


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