表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

第01話 異世界の街とケンタウロスの少女

 岡部俊也は、大学からの帰路を静かに歩いていた。

 春。入ったばかりの大学の生活にも、少しずつ慣れてきた頃。俊也の足取りは、ただ静かに大学とアパートを往復する。


「おい、俊也っ!」


 そんな彼の背中を、一つの人影が追いかけ声をかけてきた。聞き慣れた声を、俊也は華麗に無視する。

 声の主も最早慣れたように、俊也の横に小走りで並んだ。


 そこまできて、ようやく俊也は声の主の顔を見上げる。

 横山走次郎は、そんな俊也の顔をいつもの表情で見下ろした。


「どこ行くんだ俊也」

「どこって、帰るんだよ」


 走次郎の顔を確認して、俊也はふいと前を向く。俊也に、走次郎はおいおいと口を開ける。


「お前、今何もやってないだろ? また一緒にバスケやろうぜ? うちの大学、結構強いんだ。お前が居れば……」

「居たら何だよ」


 何度聞いたか分からない走次郎の言葉に、俊也はぼりぼりと頭を掻く。俊也の呟きに、走次郎の言葉が詰まった。


「……俺が居たら、優勝でも出来んのか?」


 俊也の言葉に、走次郎は答えられない。ただ黙って、俊也の横を歩いた。


「そりゃ、優勝は無理だけどさ。……お前、本当にバスケ辞めるのかよ?」


 走次郎は、俊也の頭を見下ろす。それに、俊也は苛立ちすら抱かずにくすりと笑った。


「いいんだよ。……これ以上、言い訳したくないだろ?」


 走次郎を見上げ、俊也は微笑む。その顔に、走次郎は分かったよと頷いた。


「ほれ、行けよ。練習中だろ? 怒られんぞ」

「ああ、そうだな。……じゃあな」


 最後に、遊びでも気が向いたら顔出せよと呟いて、走次郎はくるりと校門に向かって駆けだした。その姿を背中で見送って、俊也は一人ため息をつく。



 よくある、話だ。


 子供の頃のスーパースターが、その後の成長で歩みを止める。

 どんな世界でも存在する、現実の一つ。


 166cm。どんなに頑張ろうと、努力では変わることのない、絶対的な現実。

 

 勿論、それも言い訳だ。やろうと思えば、きっとこの身体でも何かを成すことは出来るだろう。


『すげぇぞ俊也、MVPだっ!!』


『お前が、西中の岡部か。期待しているぞ』


『……なに、心配するな。これからからでも伸びるさ』


『今度のスタメンは、岡部を外す』


『すまないな岡部。チームの方針だ。高さのない選手は、もう使えない』


 思い出す。腹も立ってこない自分に、俊也はふふと笑った。

 自分が一番、分かっていた。


 あと数センチ。そんな場面を、何千回、何万回と見てきた。

 その差を埋めていたはずの才能。それは、時が経つにつれ日に日に頼りなくなっていった。


『交代だ。……岡部、いけるな?』


 あのときの感謝を、俊也は一生忘れないだろう。そして、足りなかったあの2センチを。


「好きなまま、終われてよかった」


 ぽつりと、俊也は呟く。あの2センチがもしあれば、自分はもしかしたら嫌いになっていたかもしれない。あともう少しを、永遠に望んだかもしれない。


 だから、よかったのだ。


「……立ち読みでもして帰るか」


 そう考えて、俊也はふらりと目の前のコンビニを見つめた。

 週刊誌を読んで、夕食を買って帰る。アパートに着いたら、動画サイトでも見て時間を潰す。


 そんな生活も、いいじゃないかと、俊也は自動で開くドアを通った。





 ーー ーー ーー





「……奮発してしまったな」


 がさりと、俊也は右手に持つコンビニ袋の中身に目を向ける。

 高級焼き肉弁当。コンビニで高級もないだろうが、720円もするのだ。俊也にとっては間違いなく高級である。


「まっ、たまにはいいだろ」


 一人暮らしにはこういう潤いも大切だと、俊也は前を向いた。

 横には、住宅街特有の小さな公園。仲良くボールで遊ぶ小学生たちを見て、俊也はふふっと笑う。


 バスケともサッカーとも形容できない子供の遊びに、俊也は胸を暖かくしながら歩みを緩めた。


 ぽんぽんと、ボールが女の子の脇を抜ける。


「もう。ちゃんと投げてよー」


 ボールを背後に見送った女の子が、投げた男の子に向かって声を上げた。とてとてと走っていく女の子を眺め、そこで俊也が凍り付く。


「……おい」


 気づいたら、走り出していた。

 コンビニ袋を放り投げ、俊也は全身のバネを駆動させる。


 住宅街にも関わらず、速度を出す車。


 よくある話だ。どこにでもあり得る、現実。


「え?」


 そこでようやく、女の子と運転手が気が付いた。

 俊也の足が、女の子を捕らえる。


 最初の五メートルならば、誰にも負けない自慢の足。


 飛ぶ。慣れたものだ。


「届けぇえっ!!」


 


 伸ばした手に、確かな感触。弾け飛ぶ意識の中で、俊也は道の脇に女の子を見つけた。


 驚愕の表情。しかしその身体は、転んだ拍子のかすり傷だけ。


「……んだよ、ちゃんと届くじゃねーか」


 今度こそ届いた数センチに感謝をして、岡部俊也は絶命した。





 ーー ーー ーー





『……んー? 何じゃこいつ、善行で死んだのか。いまどき珍しいのう。転生先は……ふむ。まぁ、いいか。サービスでそのまま送ってやろう』


 誰だと、俊也はがんがんと鳴り響く頭の中に少女の声を見つけた。


『事故前にちょいと巻き戻して。……ま、最期の記憶くらいは残しといてやるか。……ほい、ほいっと』


 目を開くことが出来ずに、俊也は浮遊するような自分の身体の感覚に戸惑った。

 ようやく、俊也の指先が意識を取り戻す。


『完了~。はい次の者~』


 ぽいっと放り出される感覚が襲い、俊也は訳も分からずに目を開けた。


 その瞬間、どちゃりと俊也の身体が地面にぶつかる。


「いっ、痛てて……」


 ぶつけた肌の擦り傷に眉を寄せて、俊也はよろよろと起きあがった。


「……は?」


 そして、俊也は声を出す。

 目の前の、信じられない光景に俊也はぎゅうと頬をつねった。


「いひゃい」


 確かに感じる痛みに、俊也は呆然と目の前を見つめる。


「おい、あんた。こんなとこで寝転がってちゃ、荷車に引かれちまうよ」


 俊也の身体を、人影が覆い尽くす。その影に、俊也はゆっくりと顔を上げた。


「それにしても、けったいな格好してるねぇ」


 見上げた女性の顔を、俊也はまじまじと見つめる。


 銀色の髪、褐色の肌。これでもかと整った顔に、左目の下の泣きぼくろ。

 見たこともないような美人の顔に、それでも俊也はとある一点を凝視する。


「……なんだい? 人の顔、じろじろ見て」


 鋭く尖ったエルフの耳を、俊也はただただじっと見つめ続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ