二 警護
土曜は快晴に恵まれた。ワンボックスカーが早朝のローカルテレビ局を出発し、少し離れて二台のオートバイが追走する。車には運転席と助手席に撮影スタッフ、その後ろにクライアントと葛城が同乗している。
茂は、ななめ後ろをオートバイで走っている月ヶ瀬の声が、ヘッドフォンから入ってくるのではないかと思ったが、撮影現場の山道へ入るまでの二時間以上の間、一言も月ヶ瀬はしゃべらなかった。
高速道路を降り、一般道へ入ると、次第に風景は田舎町のそれになっていく。高層ビル街を抜け街の中心からの所要距離を考えると、意外なほどののどかな山間の空気だ。
地元の小さな駅を過ぎると、線路は途切れ、もう公共交通機関はバスだけである。しかしもちろん道路もそれほど恵まれてはおらず、ワンボックスカーがとても大きく見えるような細い道路が続く。
運転席からディレクターが後ろへ声をかける。
「道がだんだん悪くなりますから、シートベルトしたままでお願いしますね。三沙子さん、乗り物酔い大丈夫なんだっけ?」
「大丈夫ですよ!レポーターはどんなところへも行かなきゃいけないんですからね。」
「頼もしいねえ。ボディガードさんも、大丈夫?・・・って、こんなことボディガードさんに聞くのも変だよねえ。でもさあ、あんまりキレイだから、最初、女の人かとおもっちゃいましたよ。」
葛城は黙って苦笑する。
「そうですよね。ほんと、悔しいくらい。」
田中三沙子が笑う。
「そうだよねえ、カメラマンも、ボディガードさんも撮影していいですかって真剣に訊いてたもんね。」
助手席のカメラマンは振り向いて大きく頷いた。
「それにしても、ボディガードって一人でやるのかと思ってたけど、三人もつくものなんですか。」
「いえ、一人か二人が普通です。今回はサブ警護員がまだ経験が浅いことや、経験を積むことのために、例外的に三人体制になっています。」
「へえー。でも一人多いとやっぱりお値段も高いんでしょ?三沙子さん。」
「お恥ずかしいんですが、父が出してくれてますし、それから会社からも補助が出てるので。」
「あれ?」
ディレクターがバックミラーを見て少し驚いた様子で言った。
「さっきまでオートバイ二台来てたのに、一台になっちゃいましたね。」
葛城が答える。
「はい、これからは河合警護員だけが傍につきます。もう一名の・・・月ヶ瀬警護員は、潜伏型の周回警護に入りますので、我々からも見えず、そして・・・・犯人からも、分からぬように警護します。」
車は山道へ入った。
街の中心にある古い高層ビルの、個人の書斎のような簡素な社長室で、阪元航平は楽しそうに笑っていた。
「それは面白いな。」
電話の向こうの男の声も、阪元ほどではないがやはり楽しそうな気配を含んでいた。
「その、社長のおっしゃる、面白いっていうのは、めちゃめちゃSやないですか?」
「はははは。お前は口が悪いが、いつも正直だな、酒井。」
「それはどうも。」
「和泉からあの日の彼のことを聞いただけだから、私も単なる思い込みだった部分もあるだろうけど・・・・・あの警護員、そんなに親切なことはしそうにないんだけどね。」
「でも、クライアントの両親のところへ、映像配信することにしたのは事実みたいですな。まあ、決めたのはメイン警護員の葛城さんでしょうけどな。」
「泣かせるよね。でも、ちょっと、中途半端だね。」
「ええ。」
「奴らは、探偵社じゃない。危険な感じがしない?」
「そうですな。」
その異国的なエメラルドグリーンの両目を窓の外へ向け、明るい陽光を反射する街並みを見下ろし、阪元は笑顔を消して少しため息をついた。
「すまない、不正確な言い方をした。」
「え?」
「感じ、じゃなくて、危険だ。」
「・・・社長、もしかしてまたいつもの悪い癖じゃありませんか?個人的な趣味で調べものをするのはあかんって、いつか恭子さんに怒られてませんでした?」
「すまない、またやってしまった。」
「なにやってはるんですか。」
阪元はあきらめて、白状した。
鬱蒼とした木々の間から清流が見え隠れする山道を少しずつ上りながら、ワンボックスカーの一行は詳細につくられた予定表通り、忠実に撮影スケジュールをこなしていった。
田中三沙子は屋外での番組撮影を、レポーターとして一人で担当するのは初めてとのことだったが、ローカルテレビ局へ入ってから各種の放送で一定の経験を積んでいたというだけあって、落ち着いた仕事ぶりだった。
天気は安定しており、木漏れ日がきらきらと眩しい。
茂は、テレビ番組の撮影といえば、大勢のスタッフたちがぞろぞろと道路を占領して仰々しく進行しているイメージがあったが、ディレクターが裏方もなにもかもやり、カメラマンもたった一人、そしてレポーターが自分のヘアメイクから何から全部面倒を見る、こんなにささやかな撮影というものもあるのだとしみじみ感銘を受けていた。
田中三沙子は細切れの収録が終わるたびに、手元の私用の機器で周囲や自分を撮影し、街中の老人ホームで見ているはずの両親へ映像を送り続けている。
ディレクターが笑って葛城に声をかける。
「我々、こんなにきっちり決まり通りに仕事進めるのって、初めてですよ。なんだか、こういうのも良いもんですなあ。」
カメラマンもペットボトルの水を飲みながら同意した。
「予定通りにいかないことを最初からそういうもんだと思っているから、予定通りにいかないのかもしれませんねえ。」
「三沙子さんを狙ってるストーカーも、この鉄壁の警護はまず突破できないでしょうねえ。危ないポイントは全部車中ですし、撮影のときもこうして完璧に場所を考えてやってますからね。大したもんです。うちの撮影スタッフの研修講師にお招きしたいくらいですよ。」
葛城は二人に適当に相槌を打ちながら、油断なく周囲に気を配っていた。
茂は、葛城の様子が、いつも以上に神経が尖っていることに気づいていた。それは、敏腕の警護員の、本能的な姿のようにも思えた。
もちろん、危険な要素は全て事前に排除してある。そのために、最適のルートと、時間配分と、許される撮影ポイントでの位置取りをしている。
だから、もちろん、不安要素はないはずなのではあるが。
「三沙子さん、それじゃ行きますよ」
「はい」
後ろで手鏡を見て髪を直していた田中三沙子が、再びレポーターの顔になり、谷川を背にした撮影地点へ立つ。
「三、二、一、スタート」
ディレクターの合図で、レポーターの田中がこの山間のハイキングコースや、奥にある温泉、民宿などについて説明する。台本がきっちり頭に入っており、再び一回の撮影でOKが出た。
「はいオッケー!お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
田中三沙子は、私物の撮影機器を取り出し、自分撮りをしながらピースサインをしている。
カメラマンのポケットの携帯電話が鳴り、「すみません」と言いながらカメラマンは機材を車へ運びながら電話に出る。
ディレクターは二十メートルほど離れたところにオートバイで控えている茂のほうを見ながら、葛城に尋ねる。
「撮影は終わりましたが、帰りもあのボディガードさん、ずっと並走されるんですよね。あと一人、どこかにおられるかたも・・・。うちのチーフから言われてるんですが、よかったら帰りにどこかでメシ食っていきませんか?ごちそうしますよ。」
「いえ、それはお気持ちだけでご遠慮します。会社の規則ですので。」
「そうですか。まあなんにせよ、無事に撮影が終わってよかったですわ。ありがとうございました。」
カメラマンが車のほうからこちらへ走ってくる。
「あの、佐藤さん」
「なんだ?」
「会社から電話で、チーフからの伝言なんですが、このすぐ上にある見晴台から、風景だけカメラに収めてこいですって。」
「ああ、埋め込みに使うんだな。最初から言ってくれればいいのに。」
「俺、行ってきます。車は入れませんからね。」
「じゃあ、待ってるよ。」
葛城ら三人から二十メートルほど後ろに控えている茂の、ヘッドフォンに葛城の声が入った。
「茂さん、念のため、あと十メートルほど、距離を詰めてください」
「了解しました。」
茂はゆっくりと一行に近づく。
しばらくして、ディレクターの携帯電話が鳴る。
「はい、え?・・・なんだよもう・・・ああ、わかったわかった。道に迷うなよ。」
「どうされましたか?」
「いえ、カメラマンから電話で、良い絵が撮れた代わりに反対側の道路に降りてしまったんで、機材持ってまた昇るより、下りがけに車で拾ってくれって。あいつ体力ないからよくこういう手抜きするんですよ。じゃあ、出発しますか。」
葛城はディレクターの言葉に従い、田中三沙子を伴って車へと向かう。
再び、ディレクターの佐藤の持つ携帯電話が鳴った。佐藤は電話に出ると、さらにめんどくさそうな顔をした。
「ええ?チーフに言っといてくれよもう・・・・思いつきは前の日に全部言ってくれって。え?詳しい行程表つくってくれたから最大限活用してるだ?活用しなくていいよ。」
電話を切り、大きくため息をついて道路の先を見る。そこには、地元の特産品を売る無人販売所があった。
葛城に向かって、佐藤ディレクターが情けない声で言った。
「あそこで、別撮り用に地元の野菜をひとつ買って持って帰るように、ですってさ。ちょっと行ってきます。」
「大変ですね。」
茂はすぐにオートバイを降り、佐藤ディレクターに徒歩で随行した。葛城の指示が入ったためだった。
ディレクターが目と鼻の先の道の駅で立ち止まり、財布を取り出したとき、茂はヘッドフォンから葛城の叫び声を聞いた。
「茂さん!後ろ!」
ほぼ同時に、背後の気配に茂自身も気がついていた。
木刀を大きく振りかざして襲い掛かってきたグレーのジャンパーの男が、力任せに振り下ろした木刀は空を切った。
茂がかばうように右手で突き飛ばしたディレクターが、野菜の台もろとも地面に斜めに転倒した。
茂は振り向きざまに男に足払いをかける。バランスを崩しながら、男は第二の攻撃を今度は茂へ向ける。右上から振り下ろされた木刀を身を沈めて避け、地面に左手をつき、茂は相手の腹めがけて右足を蹴り込んだ。
オートバイが急発進し、すぐに急ブレーキをかける音が響き、茂は月ヶ瀬がすぐそばまで来たことを知った。
茂の右足蹴りは狙い通りにはいかなかったが、男の左太ももを一撃し、男は三度目に振り下ろした木刀で地面に尻餅をついているディレクターの頭を狙ったが届かず、その右ひざを強打するにとどまった。
ディレクターの悲鳴が響く。
男は茂とディレクターの前を離れ、恐ろしいスピードで葛城と田中三沙子のいるほうへ走り出し、二秒で目的の地点へ到達した。
ただし、男の目の前にいたのは、田中三沙子を後ろ手にかばっている葛城ではなく、葛城の前に立ちふさがった、漆黒の髪をバイク用ヘルメットから零れ落ち靡かせたもう一人の警護員だった。
月ヶ瀬は、木刀を構えたグレーのジャンパーの男の顔を見て、微かに微笑んだように見えた。
ヘルメットを脱ぎ、月ヶ瀬は目の前の男から目を離さず、後ろの葛城の足元へ投げた。
「お古で悪いけど、クライアントが帰り、必要になるかもしれないからね。持っててくれる?」
葛城は従った。
「第二の襲撃犯のほうは、頼むよ。葛城。」
男が木刀を構えたまま月ヶ瀬に向かって突進した。
月ヶ瀬が右手の受け身で木刀をかわしたとき、茂の目に、男が木刀から離した右手で風のような速さで光るものを取り出すのが映った。
全身で月ヶ瀬にぶつかるようにして止まった男の左手がすぐさま木刀を離し、代わりに月ヶ瀬の左の二の腕をしっかりとつかんだ。
男の右手が月ヶ瀬の体から離れたとき、その手に握られたサバイバルナイフから真っ赤な血がしたたり落ち、月ヶ瀬の上体から流れ落ちる血とともに地面に赤い染みを描き始めた。
「月ヶ瀬さん・・・・!」
茂は走り出そうとしてインカムから葛城に制止された。
木刀が音を立てて坂道を転がった。
グレーのジャンパーの男は間髪を入れず月ヶ瀬に二度目の攻撃をした。
しかし、表情に驚愕の色を見せたのは月ヶ瀬ではなく、月ヶ瀬の体に二度目のナイフを突き刺した男のほうだった。
月ヶ瀬が両手で、男の襟首をつかみ、そのままガードレールまで引きずり、男の両足が宙に浮くほどに強く両手を締め上げた。
月ヶ瀬の体からナイフを抜いた男の、右手から、血まみれのナイフが地面に落ちた。
茂は全身から血の気が引く思いで、月ヶ瀬の横顔を見た。凄まじい表情は、美しい顔に満ちた純粋な憎悪がつくりだしているものだった。
男の背後はもうなにもなかった。
月ヶ瀬に襟首をつかまれたまま、男はガードレールを越えて後ろ向きに、背後のはるか下にある沢へ、月ヶ瀬とともに転落した。
「・・・・・!」
水音と、何かがぶつかる鈍い音とが、同時に響いた。
茂のヘッドフォンのインカムに、葛城の声が入った。
「第二の襲撃者が来ます。クライアントを頼みます。」
茂は田中三沙子のところへ走った。
葛城は次の瞬間、自分をめがけ襲い掛かる黒い服の人物の姿を認めていた。
第二の襲撃者は、ダミーの武器は使わず直ちにナイフで葛城を襲った。茂は脚がすくんで動けずにいた田中三沙子を抱きかかえるようにして、車に乗せ、外から扉を閉めた。
葛城はナイフの一撃目をかわすと同時に、スティールスティックを両手で伸ばし、右手の逆手でつかんで、身を翻して相手の脇腹へ深く突き込んだ。
黒い服の男の体が大きく傾いた。
さらに葛城は、両手の逆手でスティックを男の喉元に打ち込んだ。
男の体が数メートルも後方へ飛んだように見えた。そのまま男は仰向けに倒れた。
茂は数秒間、恐怖で立ちすくんだ。そうさせたのは、初めて見る、武器を使う葛城の、過剰防衛に近いような激しい攻撃ではなく、葛城の形相だった。
振り向いた葛城が、叫んだ。
「茂さん!」
はっと我に返り、車の扉がロックされていることを確認すると、茂は葛城とともにガードレールまで走る。
十数メートル下方の沢で、グレーのジャンパーの男が仰向けに倒れており、頭から大量の血が流れ出している。
そして、その上に折り重なるようにして、月ヶ瀬がうつ伏せに倒れていた。
葛城がガードレールのポールにスリングロープをかけ、素早く下まで降りていく。茂も後に続く。
岩だらけの沢は、水はごく浅く、すぐに月ヶ瀬のところまで歩いて近づくことができた。葛城が月ヶ瀬を助け起こす。
「月ヶ瀬・・・・」
葛城に上体を抱きかかえられ、背中を葛城の右腕にもたれるように支えられた月ヶ瀬は、葛城のほうを見て、微かに声を出した。
「第二の犯人は倒した?」
「ああ。クライアントも無事だよ。」
「そうか・・・」
「もうしゃべるな。」
「・・・ああ。」
茂は、月ヶ瀬の真っ青な唇に、笑みが浮かんだ気がした。
月ヶ瀬はゆっくりと目を閉じ、顎を上げるようにして、がっくりと首を後ろ向きに垂れた。
自分の両腕に力なく上体を預けて意識を失った月ヶ瀬の顔を見ながら、葛城はしばらく呆然としていた。
今度は茂が叫ぶ番だった。
「葛城さん!早く病院へ連れていかないと!」
葛城が茂のほうを振り返ったとき、上から聞きなれた声で二人を呼ぶ者があった。
「怜!河合さん!これを!」
ガードレールから身を乗り出すようにして大声で呼びかけているのは、山添だった。
「ごめん、カメラマンさんを助けていて時間がかかった。このロープで月ヶ瀬を引き上げるから、体を固定してくれ!」
ロープが投げおろされ、茂と葛城は協力して月ヶ瀬の体をロープにくくりつけ、三人はロープと自らのスリングロープを使って上の道路まで月ヶ瀬を引き上げた。
車のドアを開けて田中三沙子が降りてくる。
「警察に連絡した。悪いけど仏様にはあそこで待っていてもらう。」
山添は、ワンボックスカーの扉を開け、まず奥に田中三沙子と佐藤ディレクターを乗せる。
続いて茂と二人で月ヶ瀬を車内へ運び込んだ。最後に葛城が乗り込んだ。
「麓まで行くよ。救急車と待ち合わせにしてある。・・・・怜、運転は無理そうだね・・・・河合さんと一緒に、救命のほうを頼むよ。」
「わかった。」
車が発進し、方向転換して麓へと走り始めた。
車内の床へ仰向けに月ヶ瀬を寝かせ、葛城は狭い空間でその体にまたがるようにして、心臓マッサージを始めた。
呼吸も脈拍も停止していた。
途中でカメラマンを拾い、さらにスピードを上げてくだろうとしたものの、道はかなり悪かった。
「このあたりは、土地勘がないと、ゆっくり走らないとかなり危ないです。」
ディレクターが心配そうに言う。
「すれ違えない道もありますが、一方通行じゃなかったりするんです。」
「葛城さん!交代します!」
茂の声が響く。汗だくになった葛城が頷いて場所をかわり、茂が月ヶ瀬の心臓マッサージを始める。
三十回の胸骨圧迫、そして二回の人工呼吸、を繰り返す。眠るように目を閉じている月ヶ瀬から、まったく反応はない。
田中三沙子がついに泣き出した。
そのとき、運転席の山添があっと声をあげてブレーキを踏んだ。
ワンボックスカーの前に、下から坂を上がってきた軽自動車が止まり、踵を返すように向きを変えたと思ったとたん、扉が開いて運転していた男が降りてきた。
山添はその男に、はっきりと見おぼえがあった。
「こんにちは、大森パトロール社の山添さん。」
「・・・・・!」
「先日は、失礼しました。」
「・・・・・」
「あんた、登りはバイクで上がってきたでしょう。四輪で走るのは、全然感覚が違いますよ。先導しますから、ついてきてください。」
「・・・・どうして・・・!」
酒井は軽自動車へ乗り込みながら言った。
「うちの若いもんを傷つけた貴方は許してませんが、河合さんと月ヶ瀬さんがこの間、うちのエージェントを助けてくれましたんでね。ささやかなお礼です。」
「・・・・・」
「で、これで借りはチャラでっせ。」
有無を言わせぬように発車した軽自動車に続いて、ワンボックスカーが発車した。軽自動車が、先払いをするように道の状況を知らせて案内し、対向車を下がらせ、登りのとき以上のスピードでワンボックスカーが麓まで降りるのを助けた。
麓で待っていた救急車に月ヶ瀬が運び込まれ、山添が続いて救急車に乗り込みながら、大声で葛城と茂に言った。
「河合さん、怜は同乗は無理だと思いますので、俺だけとりあえずついて行きますが、病院についたらすぐ連絡します。怜を頼みます。」
「了解しました!」
隣に立つ葛城は、確かに、今は概ねどんなことを任せても、遂行できそうにはなかった。
救急車が走り去り、茂は混乱した頭の中で、辛うじてさっきまで近くに停まっていた軽自動車がもうどこにも見えないことが分かったが、事の詳細を考える余裕はまだなかった。