第七話 楽しかったヂョシカイ(ヂョシカイ)
「ンっ……あ、朝ですね」
目覚まし時計のベルの音で、わたしは目を覚ましました。
「んー……ふにふにぃ……」
そのまま泊まる事になった早坂サンは、まだ眠り続けていました。なにやら妙な寝言を言っていますネ。
「あ、ワタシが起こさないとイケナイんですよネ」
睡眠時間が足りないと言う事で、魔法で眠ってもらってたです。
「早坂サン……朝ですよ?」
無邪気な寝顔を見せる早坂サンのほおをなでながら、呼びました。
「んぁ……もみ足りないっしゅ……」
「朝ですよ? アコサン……」
早坂サンは寝ぼけているのか、手を動かしていました。
「ひっくしっ…………あ、おはようございます」
下着だったせいか、早坂サンは、くしゃみで目を覚ましました。
「おはようございます……御笠大尉を起こしてきますです」
わたしは、テーブルに置いておいたIDを持って部屋を出ました。御笠大尉の起きる時間より早すぎたとしても仕方ないですよネ。
「御笠大尉……起きてくださいです」
昨日設定しておいたのでドアがひらき、寝室に足を踏み入れました。三人のあいだでは、それぞれの部屋の出入りが、自由になったです。
「ふぁっ……あー……なにこれっ……目が……まぶしすぎるわよう」
ほおを刺激して目覚めた御笠大尉は、両手で目を覆って、なぜかもだえ始めました。
「大丈夫ですカ? じゃ、電気を消しますネ」
「ふわぁ。何なのコレ……私にライトでも向けてたんじゃないの?」
御笠大尉はベッドに腰をかけて、大きく背伸びをしてあくびをしました。
「眠りの魔法といっしょに、自己治癒をうながす魔法もかけておきましたから」
「そっか。それで眼精疲労がなおったのね……ありがとね、ローネ」
詢子サンは、涙をふき取りながら、笑みを浮かべてくれました。昨夜はトテモ盛り上がったヂョシカイになって、わたしの愛称もつけてくれたんです。
「うっわ体が軽い! お酒も抜けてるみたいだし、超たすかるわぁ」
「良かったです。身支度をしてきますネ」
想像以上に疲れていたようなので、喜んでもらえてよかったです。
「いやー、爽快爽快。早坂も疲れた時は、やってもらったらいいよ」
「そうなんすか? じゃあ今度お願いするっす」
予定より早かったけど、御笠大尉の車で出勤するコトにしました。
「そんじゃ中尉は、毎日が快眠状態なんっスか?」
「自己治癒を高める魔法なら、意識しなくても毎晩かかっていますけど、自分を眠らせる事はできないんデス」
弟子入りして最初に覚える魔法が、記憶力と自己治癒能力を高める術だったんです。おかげで二年で言葉を覚えましたけど、しゃべるのはまだヘタですネ。
「じゃあ、眠らせるのにMPをどれぐらい使うんすか? それとも回数方式っすか?」
魔法に興味を持ったのか、早坂サンが素朴な疑問を口にしました。
「どっちでもないですねぇ。使ってから、再使用できるまでに時間が必用なだけです」
「そうなの? 覚えておける魔法の数とか、制限があるのかしら」
「よく分からないですけど、特に制限はないと思うです」
「アクティブスキルがあるゲームのような認識でいいんっすかね?」
「まさしくソレなんです! 遠慮とかしなくていいんですヨ?」
「えっと、確認させてね……。半径二百五十キロを索敵できる魔法の事なんだけど」
御笠大尉は車をコンビニの駐車場に入れてメモを取り出しました。
「持続しておける時間と、再使用に必用な時間……。目安でいいからわかるかしら?」
「あぁ……初瀬さんが天の眼と書いてテンゲンと名付けた魔法のことですね」
「なんだかかっこいいっすね。その人とは趣味があいそうっす」
「アクティブスキルとして使うなら、持続時間は三十分前後ですネ」
「それだけの時間使えるのなら、じゅうぶんっすよね? 大尉」
「そうねぇ……。再使用に必用な時間はわかるのかしら?」
「ばらつきがあるんですけど、およそ一時間ぐらいで使えるですね」
「疲労とか、集中の度合いでも違うんでしょうかねぇ」
「一時間は正直に言って長いけれど、使い時さえ間違えなければ、戦局の変化に対応できるわね」
御笠大尉は頭に手をやって、なにかを考え込んでいるようです。
「あの、分解能は落ちますけど、意識に常駐させ続ける事もできるんです……」
「そうなの? その場合、持続時間と再使用に必用な時間は?」
「というか、分解能とかシブい言葉、よく知ってたっすね? 中尉」
「持続時間は三時間ぐらいですね。チャージは三十分ぐらいで、すむと思いマス」ぐ○るさんマップみたいに、拡大すると疲れやすくなるです。
「めっちゃ理解しやすいんですけど! それなら安心っスね」
「不穏な情勢の時に、関門海峡と豊予海峡を監視してもらえれば、どれだけ助かるか!」
「エト、常駐魔法でも、船が移動しているかどうかは分かるです」
「うーんと、常駐魔法じゃなくて、パッシブスキルって呼んだ方がいいっすかね?」
「ゲームにもパッシブスキルがあったから、わかりやすいですネ」
「ちょっと待って? パッシブ状態にする事に、デメリットはあるのかしら?」
「エト……自分の能力を高めるパッシブ魔法が、ほかにもあるんですケド……」
「マジっすか? 集○とか必○とか、ひ○めきとか便利っスよね!」
「ちょっと、早坂。静かに聞いていてくれない?」
「常駐しておけるのが一種類だけというのが、デメリットですかネ」
ほぼ無意識で処理するですから、特に影響は出ないんですよネ。
「えぇっ? それってデメリットって言うのかしら?」
「めっちゃチートじゃないですかぁ! マジでうらやましいっスよ」
親しげにひじでわたしをツンツンしながら、早坂サンがくったくのない笑顔で言ってくれました。
「待って? パッシブからアクティブに切り替えってできるの?」
「エト再使用時間にひっからないなら、逆でも簡単にできますヨ?」
「そうなの? ちょっと理解の範囲を超えそうね……」
「二つは別系統だと思った方が理解しやすいのかもしれないっスね」
「たぶんそうだと思いマス。魔法と『術式』って区別してますネ」
魔法と術式を切り替えればほぼ隙がなくなるんですよネ。
初瀬さんは、できるだけ秘密にしろと言ったんですが、お二人ならきっと大丈夫ですから――。
「うわ、おかげで肩にかかっていた重圧が、半分以上消えたわよう」
「船による奇襲さえ阻止できれば、対処ができますもんね」
「今夜から枕を高くして眠れるわあ。ローネを抱いて寝ようかしら」
「あー……そういえば、寝ている間に侵攻された悪夢をよく見るって言ってたすよね」
詢子さんの不眠症の原因がなくなるのなら、それはわたしにとっても、とってもうれしいです。
「あのね、ローネ……。魔法を使う上での危険な事とか注意点とかはあるわよね」
「師匠にいましめられた事とか、失敗した経験ならあるです」
「資料にする事はできる? あなたに危険な事はしてほしくないの」
詢子サンは信号で止まったさいに後ろを向いて言ってくれました。
「午前中ぐらいには作れるですけど。メールでいいですカ?」
「入力は端末でもいいけど、データを早坂に渡した方がいいわね」
「了解っス! 機密扱いで印刷をする手配をしておけばいいっスね」
「ローネの秘密を守りたいんですけど、むずかしいっすねぇ」
「そうねぇ。情報本部長は信頼できる人だけど、組織にはきっと、逆らえないと思うから……」
「後ろ盾が必用になるかもしれないっすけど……だからと言って、信頼できますかね?」
「ローネを道具扱いしたり、囲い込もうとするのは絶対に避けないといけないし」
お二人はわたしを守る方法を、深刻に考えてくれています。
「うーん……早坂はいやがるでしょうけど、天城の伯父さんに頼るぐらいしか」
「えぇっ? たしかに、国防大臣政務官なら、制服組を従える事できるっすけど……。それほど天城政務官の事を知らないので、判断できないっすね」
「伯父にはひとつ特大の貸しがあるのよ。ここで返してもらうなら、それもいいかと思って――」
詢子サンはするどく目を凝らしながら考え込んでいました。
「大尉。あわてて決断する事はないっすよ? 段階を追いましょう」
「そうね。案外向こうの方から頭を下げて、協力を求めてくるかもしれないし」
ふたりが我が事のように心配してくれるのが、とてもうれしいです。だれかに必要とされる事って……ホントウに幸せな事ですよネ。
御笠・早坂の、ワンポイント・ゲーム講座
御笠:「アクティブスキルと、パッシブスキルの概念を説明します」
早坂:「ゲーム。特に洋ゲーをやってない人には意味不明っすよね」
御笠:「アクティブスキルはプレイヤーの任意で発動させる技能よ」
早坂:「パッシブスキルは、常駐する事で発動し続ける技能っすね」