第五話 どうにか勤務が終了っすね
「ここが幹部用食堂よ……。とは言っても食事の内容は下士官と、まったく同じだけどね」
「食事が有料になってから、幹部になったのを後悔したっすよ」
という事は早坂サンって、たたき上げってヤツですカ?
「そうなんですカ……」
幹部用食堂に赴いたわたしは、初めての事に戸惑ってしまいマス。
「軍都からは出られないけど、夜は外でぱーっとやりましょうね」
「ありがとうございますです……」
「通達の事を考えたら、ここで食べるのも問題ありっすけどね」
「そうね……どちらかが中尉につきそうようにしましょう」
二人に守ってもらうだけじゃなく、早くお役に立ちたいですネ。
「ふぅぅ……何とか把握したです。って、もう四時半なんですカ?」
マニュアルを参照しながら、操作方法を確認していくのに、半日かかったです。お二人とも忙しそうなので、内閣情報調査室との間の接続を構築しておきました。
(ワタシの出向先について、いろいろ気を遣ってくれたんですネ)
わたしはかつての上司に着任した旨をメールで書き始めました。
(そういえば、マクラを買っておかないとです……)
枕が変わる事への不安もあるので、同じ物を買うつもりでした。 製品名は調べたんですけど、まだ注文できてないです。
「中尉、お疲れさまっす。課業は終了したっすよ。あとは大尉の引き継ぎ待ちっすけど、そろそろ上がれそうですか?」
午後五時を回ったあたりで、早坂サンが個室に姿を現しました。
「ハイ。端末はすぐに落とせますケド」
「じゃ、シフトの説明だけなので、落としちゃってください」
わたしは回線からログアウトして、端末の電源を落としました。
「これで大丈夫ですよネ?」
「ええ……中尉は物覚えが早いんですねぇ」
「そ、そんな事はないですヨ?」
わたしは緊張して声を裏返してしまって、恥ずかしかったです。
「シフトの件ですけど、これシフト表です」
早坂サンは紙を加工した物を手渡してくれました。
「うーん……なんだかむずかしいですネ」
「幹部は同じシフトですから。下士官は班単位ですね」
「月曜火曜が早く出て、金曜が遅くて、土日がお休みですネ?」
「三交代勤務の下士官のフォローをするんで、変則的なんすよね」
「わ、わかりましたです……」
「自分がいっしょに行動するっすから、心配は無用ですよ」
早坂サンは笑みを浮かべてわたしの肩をなでてくれたです。
「ワタシが住む場所ですケド、用意するものとか、ないですカ?」
これまでもらった物は、全部カートに入れてますけど。
「中尉が住む部屋は出向者向けなんで、家具や家電は備え付けっす」
「そうですカ。このあたりで枕を買える店ってありますカ?」
「相模原に出たらお店はあるっすけど、軍都内だとどうっすかねぇ」
「そうですカ……」
落ち着くまでは、軍都から出ないように通達されていたです。
「えっと、備え付けの物にタオルを巻いてみたらどうっすかねぇ?」
「ソですネ……いちおう確認してみてからにするです」
これまでもらったお給料には、できれば手をつけたくないんです。拘束された事にたいする補償金が半分以上ですから。
「お待たせしたわね。引き継ぎ終わったわよ」
「お疲れさまです、御笠大尉」
「あ、中尉……支給されてましたよ、業務用の携帯電話!」
総務部に行っていた早坂サンも、紙袋を手に姿を現しました。
「その説明は更衣室でしましょうか」
「あー……その方がいいっすね! 行きましょ、中尉……」
「は、ハイです……」
女子更衣室なら男の人が来ないから、安心できますよネ。
「バッテリーはつないだっすから、電源を入れてみてください」
「ハイ……これですネ」
側面にあるスイッチを入れると、携帯電話が起動して指紋の認証画面が出てきました。
IDを作る時に、指紋を登録したんでしたね。
「武骨な形の携帯電話ですよね……いまどきナノ構造液晶だなんて」
早坂サンは私物の次世代フォンと見比べてため息をつきました。
「電波障害にも強くて盗聴防止だと、この大きさになるのよね……」
「これなら、前に似たようなOSのを使った事あるです……」
保管サービスと接続して、電話帳を更新しながら報告しました。
「基本的には同じだけど、セキュリティの面で強化されてるのよね」
「特定の番号だと、いちいち指紋認証だなんて面倒っすよねぇ」
「使い方分かりそうなら、データを送信してくれる?」
「ハイです……これですネ」
二人の携帯電話(業務用と個人用)とデータをやりとりしたです。
「それじゃ行きましょうか。カートは退出するときに渡してもらえるから」御笠大尉は荷物のあずかり証明書を渡してくれました。
「なにか食べられない物とかある? 宗教的な制限とかは?」
御笠大尉の私用車に乗り込むと、親しげに問いかけてくれました。
「辛い食べものは苦手です。制限とかはないですヨ?」
「へぇ……向こうではどんな物を食べてたんっすか? 中尉」
「そうですね……。大豆のスープと干し肉が多かったので、最近は余分なお肉がついてきましたです」
「それ、絶対に他の女の子の前では言わない方がいいですよ」
「わ、わかりマシタ……」
早坂サンは、深刻そうな表情を浮かべて忠告をしてくれました。
「ここを左に曲がるって事は、あれですか? 米軍基地時代のお店ですか?」
「幹部用みたいなお店だし、人目は気にしなくていいと思うわ」
「たしかに、尉官と佐官がほとんどですし。予約はしてるっすか?」
「時間が読めないんでしてないけど、まぁ大丈夫でしょう」
「とうぶん基地から出られないと思ってたですから、楽しいですネ」
「このあたり一帯が軍都ですからねぇ……。大小、十の市を併合したんすよ」
「営舎に住んでいる下士官なら三食出るんだけど、それもねぇ」
「申し込めば、幹部でも朝と夜を食べる事もできるんすけど……。基本的に有料っすからねぇ。味付けもおとなしめだし」
「営舎住みの下士官は、天引きだから食べないと損なのよね」
「朝夕は自前で用意がほとんどなんっすよね。コンビニって最高!」
「アノ……早坂サンは、国防大学出身じゃないんですよネ?」
「当たり前っスよ。あんな堅苦しい大学とか、真っ平御免です!」
「ちょっと……ヒトの母校に言いたい放題ねぇ……」
勤務時間(課業)が終わっているせいか、なんだか開放的な感じでいいですネ。
「早坂サンは陸海空どこから統合幕僚監部に移ったんですカ?」
出身としている軍があるはずなので、聞いてみましタ。
「うーん……どれでもないんですよねぇ。自分も訳ありっちゃぁ、訳ありですし」
「訳ありじゃなくて、問題児というか……いろいろやらかしちゃったのよね」
「そうだったんですカ? 早坂サンって、そんなふうには見えないですよ?」
「まぁ……相応の事情があったから、事件にはならないですんだんだけどね」
「いやーっはっは……。危ない橋をわたったって言うか、刑務所の塀の上を歩いたというか――」
「エエエッ? いったい、ぜんたい……何をしたんですカ? 早坂サンッ!」話を聞いて、座席を揺さぶってしまったです。
「早坂は、元スーパーハッカーってやつで、殺された父親に着せられたえん罪を晴らしたのよ……」
「あのころは、ほかの事を考える事が、まったくできなかったっスからねぇ。完全に視野が狭窄してたと言うか」
「それなら……誇ってもいい事です……。早坂サンって、やっぱりスゴイ人です」
「さすがに新聞とかで報道もされて、大騒ぎになったんで、おとがめなしとはいかなかったのよね」
「なかば無理やりに、曹候補生で国防軍に放り込まる事になって、それ以来お国に奉仕中っス――」
「そうだったんですか。国防軍に入る前から、お知り合いだったんですネ?」
「まぁ、縁があってねぇ……。いろいろと役立ちそうだから、自分の部署に引き上げたのよね」
「それ以来御笠大尉の、陰になり日向になり、こき使われちゃってるんっスよ」
「そうなんですか……。なんか、おふたりって、とってもステキな関係ですネ……」
「ちょっ、そんないい物じゃないわよ? なにせ手綱を引いてないと、すーぐ暴走するし!」
「んなぁっ……それじゃ自分、馬っすか? 馬ならもっと、エサをちらつかせて欲しいもんっすよ!」
御笠大尉が側に置いてるだけに有能だとは思ってたですけど想像をはるかに超えた関係のようでした。
御笠・早坂の、ワンポイント・ミリタリー講座
御笠:「統合幕僚監部には触れたけど、情報本部はまだだったわね」
早坂:「ありとあらゆる軍事情報を集めて、分析するのが仕事っす」
御笠:「統合情報部は、緊急時に情報を収集・分析するのが仕事よ」
早坂:「第一や第二分析室があるかはネットにも書いていないっす」