第二話 この人、何言っちゃってるっすか?
10/27:微調整しました。
「えぇーっ? じゃあ使えるんですか? 魔法――」
硬直した状態から立ち直った早坂少尉は、目を見開いて、わたしを震えた指でさしながら叫びました。
「ハイ……使えますですヨ? 魔法――」
こういう反応はもう慣れっこですから、わたしは表情も変えずに応えてあげました。
「じゃあ、履歴書に特技はイオ○ズンだって書けちゃいますね」
すぐに信じてもらえるとは思わなかったですケド、いきなりネタに走られると、さすがに傷つきマス。
「いえ……ワタシ、イオ○ズンは使えないんですけど……」
「へぇぇ……イオ○ズンの事はちゃんと知ってるんですかぁ……」
「この世界のゲームは魔法の説明のためにかなりプレイしたです」
狭いセーフハウスで、ゲーム画面に向かって、孤独にゲームをしていたころを思い出しますね。
この世界共通の認識としての魔法を把握するためと、どう活用するかを探るために、ひたすらゲームをプレイしては、目をこすりながら、メモを取ったりしましたから。
「この世界の魔法使いは、みんな同じような魔法を覚えますケド、ワタシの世界では系統が多い上に、特定の血族にしか使えないような魔法がほとんどなんです」
誰でもティルトウェ○トを使えるだなんて甘い話はないんです。
「へぇぇ……そうなんだぁ……勉強になるなぁ……」
早坂少尉は、ぷるぷると肩を震わせながら顔をうつむけました。そこまでの反応を示されたのは初めてですけど。
「どうかしましたカ?」
わたしは顔を傾けて早坂少尉に問いかけました。
「って、魔法を使えるだなんてありえないっしょ!」
「ちょっと、早坂? 落ち着きなさいって……」
早坂少尉が奇声を上げてテーブルをたたいたのを見て、御笠大尉がなだめてくれました。理系って人はこういう反応するんですよね。ヲタクって人なら喜んでくれるんですけど。
「だって魔法ですよ? 二十一世紀を四半世紀もすぎたって言うのに、そんなオカルトはありえないっしょ!」
「どうして、そんなに信じられないんでしょうカ?」
目の前に使えるという人間がいても、頭の中で考えて判断する事しかできないんでしょうか。ちょっと寂しい気持ちですネ。
前の上司なら、考えるな感じろ。とか言ってました。
「じゃあ……魔法が使えるって言うなら実演してほしいっす!」
「わかったから、落ち着きなさいって……」
妙な雰囲気になってしまったです。ここはやはり……。
「えぇト……じゃあ、使ってみてもいいですカ? 魔法――」
「え? ええ……人や物に被害がでないような魔法なら……」
お伺いを立てると、戸惑いながらも許可をしてくれました。これで話がスムーズに進みますね……きっと。
「では、早坂少尉にかけてみマス。横になってくれマスカ?」
「何すんの? いちおう事前に教えて欲しいんだけど」
早坂少尉はおびえているのか、テーブルをつかんで震えてました。それって、ちょっと傷つくんですけどネ――。
「大丈夫デス。眠るダケですヨ? こわくないデスから」
「へ? こんなところで眠るんですかぁ? それはちょっと」
早坂少尉に説明するのが面倒クサくなったので、わたしは即座に魔法を発動させました。
「ふわ……なにこれ…………ぐぅ……」
早坂少尉は、テーブルにもたれるような格好で脱力し、寝息を立てました。
「え? 眠っちゃったの? どうすれば起こせるの?」
御笠大尉は驚きの表情を浮かべて、問いかけてきました。これが本来の感じ方なんですよね。ワタシの世界でも魔法使いはめったに世間に、姿を出しませんでしたから。
「手で刺激を与えればフツウに起きますから、大丈夫ですヨ――」
「そうなの? じゃあ……早坂ー……起きろー!」
御笠大尉は早坂少尉のほおを、ぺちぺちとたたきながら、声をかけていました。なんだか楽しそうですネ。
「んぁっ? なっ、なんすかいったい……って、いま、自分は寝てたっしゅか? 力が抜けるなーとは思ったんすけど」
早坂少尉は、頭を振りながら上半身を起こしました。初めて魔法で眠った人はこんな反応ですけど、かわいいですネ。
「魔法で眠らせました。これで信じてもらえますよネ?」
わたしは少し自慢げに、早坂少尉に声をかけました。
「いまの魔法っすか? でも、呪文とか唱えてなかったっすよね?」
信じてくれたですカ? って、妙な所にこだわるですネ。
「えぇと、ゲームとかと違って、呪文を口にする必要はないんデス。頭の中で構築して、発動させるだけなんデス」
「えー? 情緒がないなぁ……そうだ、大尉にもやってみせてよ!」
早坂少尉は興奮しているのか、顔を上気させたです。
「別にいいですヨ? じゃあ……御笠大尉も、寝てみるですカ?」
「そうね。眠れるのならありがたいから、十分間ぐらいお願いね?」
早坂少尉みたいに怖がるか不安がるかと思ったんですけど、御笠大尉は、魔法に高い適応性を示していますね。
「わかりマシタ。じゃ、横になってくださいです」
「横になって楽にしていればいいのね?」
わたしの指示を聞いて、御笠大尉は床に腰を下ろしてくれました。これからマッサージでもするみたいな感じですネ。
「あ、本気なんですか? 大尉……」
「昨日も眠れないから、五時までずっと資料の整理してたのよ」
言われてみると、少しまぶたがはれぼったいですカネ?
「床で寝るのなら、段ボールでも敷きますか?」
「その方がいいわね……お願いできる?」
「すぐ取って来ますんで!」
早坂少尉は小走りで部屋を出ていきました。
「じゃあいきマス……」
「あ、まぶたが重く……すぅ……」
段ボールの上に寝転んだ御笠大尉は、すぐに寝息を立てました。
「えぇっ? これ、もう寝てるんですかね? マジで……」
「ハイ。ちゃんと寝てますですヨ?」
「けど、魔法のせいで眠ったって保証はないですよね?」
「うーん……。じゃあ耳元で音を鳴らてみてクダサイ。触りさえしなかったら起きないですから」
「マジっすか? じゃ……」
早坂少尉は携帯電話を取りだして、大音量で音楽を鳴らしました。こっちの世界の音楽は苦手です。向こうでは、みんなで合唱をするような音楽がほとんどでしたから。
「すぅ…………」
「ほ、本当に寝てる! 魔法は本当にあったんですね?」
耳障りだったですケド、音では目が覚めない魔法なんです。
「ハイ……こんなの、まだまだジョノクチですヨ?」
「その、確かめもせずに疑ってすみません……」
「イエ、こうして信じてもらえたからいいんです……」
魔法を否定した事を、早坂少尉はぺこりと頭を下げて謝ってくれました。
「そういえば、説明してなかったですよね? ウチの仕事」
「ハイ。ココが何をしているか聞いてないです」
仲良く二人でゲームなんかのお話をしていたんですが、話が途切れた時に、早坂サンが仕事の説明を始めちゃいました。
そういえば、いまもお仕事をしている時間なんですよネ。
「えーと、三年前にこの世界にやって来たんっすよね?」
「そうですケド……」
「じゃあ……あの混乱を知らないんですね。上海軍の侵攻を」
早坂サンは視線を落として手を組んだまま語り始めました。
「ハイ……年表に書かれている事ぐらいしか知らないんです」
五年前に、西の大陸にある、中華連邦の軍事的勢力のひとつが、好機に乗じて九州に侵攻したそうです。
前の世界でも戦争は起こった事がありますけど、本格的にやると魔法使いが調停に入ったりするんですよね。
「米軍が本国で大事件があったので、泡を食って太平洋から撤退するタイミングに、中華連邦から宣戦布告もされずに侵攻されたから、壊滅的なまでの被害を受けたんですよ――」
「イチニイゼロサン……ですネ」
『大破局』が起こる前の世界の事もよく知らないですケド……。それによって、この世界の人たちは大変悲しい思いをして、不便を強いられる生活をしているんだそうです。
「長い間……米国の核兵器の傘で保たれていた平和は、その無力化によって破られたんっす」
早坂サンは当時の事を思い出しているのか、肩が震えていますけど……誰か大事な人でも亡くされたんでしょうか。
「民間人を相手にした、一方的な戦闘で十数万人が殺され……いまだに多くの同邦人が上海軍の占領下であえいでるんス」
「早坂サン……泣かないでクダサイ。希望はありますカラ」
わたしは、むせるようにして泣く早坂さんの手を握って、精いっぱい力づけてあげるような事しかできなかったです。
「すみません。しめっぽくなっちゃいましたね……」
早坂さんは軍人としても、ものすごく九州の人たちに責任感を感じているんですね……。
その姿勢を見ると手助けしたくなります。そんなわたしの様子を見て、逆に頭をなでたりもしてくれました。とっても優しい人なんですね。出会えてとてもうれしいデス――。
「統合情報部と、第二情報分析室の仕事はなんですカ?」
「敵が攻めて来た時などに、即座に対応して、敵の情報を総合的に集める情報部門が、統合情報部なんすよ」
「そうだったですカ……とっても責任の重い仕事なんですネ」
そういった緊迫感の中で働くっていうのは、大変な事なんでしょうね。御笠大尉もよく眠れないみたいですし。
「ウチの仕事は九州の上海軍の情報を逐一収集して分析する事っす」
「エト……第一情報分析室とは、どういうふうに違うんですカ?」
「第一が北海道を除く東日本で第二が西日本。第五まであるっス」
「そうだったんですか……それで、ワタシが派遣されたんですね」
これまで魔法について、すこしづつ考えをまとめていたんですが、この世界での使い道が、見えて来たみたいです。
「えぇ? 何か言いましたか?」
「いえ、いいです……それより時間……大丈夫ですカ?」
わたしは眠っている御笠大尉の事を思い出したです。
「もう十五分もたってますね。そろそろ起こしましょうか」
「もうそんなたったですカ……お願いするです」
「おーい……大尉ー。起きてくださーい……」
早坂サンは御笠大尉の肩をつかんで揺らしながら起こしたです。もっと優しくおこしてあげてください。
「んっ……ふぁっ……あー……よく寝たぁ……って、ここどこ?」
御笠大尉は、あくびをしてから目を見開き、回りを見て混乱しているようでした。
「覚えてませんか? 中尉の魔法で眠ってたんですよ」
「どれぐらいたったの? かなり熟睡した気分なんだけど!」
「だいたい十五分ですね。気持ち良さそうに寝てましたから」
「十五分だけなの? 夢とかも見なかったと思うんだけど」
御笠大尉はよく休めたようですね。よかったデス。
「十五分じゃ体の疲れは無理ですケド、良質な睡眠が取れるんです」
前の職場でも徹夜明けの職員が訪ねてきて、魔法をかけてくれって頼まれたぐらい、満足してもらいましたから。
「じゃ、この魔法で八時間ぐらい寝たら最高じゃない?」
「電話ごしでもかけられますから、言ってくださいです」
「何それ、ものすごく助かるじゃないの! お願いしたいわぁ」
不眠症の御笠大尉なら、きっと効果は大きいですよね。
「うるさくても目は覚めないですから、起こしてもらわないとです」
「じゃあ、IDで隣の私の部屋に入れるようにしておくわね」
御笠大尉は上機嫌で首と肩を動かしていました。
「へぇ……そりゃ良かったですねぇ、大尉」
「こんな気分で目覚めたのはマジで久しぶり……んーっ――」
御笠大尉は笑みを浮かべて、背筋を伸ばしていました。わたし、御笠大尉の事が、とても親しみを持てるようになって来ました……。なんだか頼りがいがある、おねえさんができたみたいですネ――。
早坂少尉はずっと前から友達だったような感じがするんです……人見知りをするわたしにしては珍しいんですけど。
「魔法って便利な物なんですねぇ……。そういえばホ○ミとかも使えるんですか?」
「エト……ホ○ミは使えないです」
予想していましたけど、申し訳がない気分になりマス。
「えぇ? ホ○ミも使えないで魔法使いを名乗れるんっすかぁ?」
「早坂……ホ○ミは、だいたい僧侶が覚える物なんじゃないの?」
御笠大尉もそれなりにはゲームにくわしいようです。
「あっ、自己治癒能力を飛躍的に高める魔法なら、あるですヨ? 普通なら数週間かかるけがや病気が三分の一の時間で治るです」
魔法使いの里は一般の人を受け入れないんですけど、病人やけが人が出た時は、山ひとつ越してでも頼って来るんです。
「ありがたいっちゃありがたいけど微妙っすねぇ……」
「ワタシのいた世界……魔法はあっても魔物いないですカラ」
味方の危機に現れて、さっそうと魔法で、けがを治す魔法使いや僧侶にあこがれたりしたんですけど。
「じゃ、攻撃呪文とか、それほど発達していないという事っすか?」
「戦争の道具にされるのは、魔術師としては最大の禁忌になりマスから」
「ふーん……じゃあ、わたしたちが抱いてる魔法使いのイメージでは見ない方がいいみたいね」
御笠大尉はそう言って何か考え込んでいるようでした。
「じゃあ、内閣情報調査室ではどんな仕事してたんですか?」
早坂サンは興味が出て来たのか、体を乗り出して、わたしに問いかけてきました。
「エト、一般常識と言葉を覚えるのに、二年ぐらいかかったです。三年目に、あちこちに出向いて、いろんな実験をしたです」
基本的には独学だったですね。ゲームの攻略本や、テーブルトークRPGのルールブックなんかも、魔法の概念を知るのに、勉強になったんです。だけど、いっしょにゲームをプレイしてくれる仲間はいないので、とても寂しい思いをしたんです。
「魔法で実験って、どんな実験なんですかね?」
「ソウですね。打ち上げる衛星に、魔法をかけたりしたです」
あの魔法は、いろんな条件によって自動で制御しないといけないので、人工的な精霊を作るのが大変でした。魔力の供給を太陽光で行う事を思いつくのに時間がかかりました。名前までつけてあげて、時折念話で話しかけてあげないと、さみしがるんですよね。上司は『はやぶさタン』と名付けました。
「え? あれにかかわってたの? 静止軌道上の通信衛星よね」
情報部門の人だけあって、御笠大尉は食いついてきたです。
「中尉が魔法を使う事によって、どんな事ができるんですかぁ?」
早坂少尉も瞳を輝かせながら、ずいと近づいて来ました。
「えと、最新の哨戒機四機と、無人偵察機二十機分て言われたです」
以前言われた言葉を口にすると、お二人は固まってしまいました。
御笠・早坂の、ワンポイント・ミリタリー講座
御笠:「いきなり哨戒機と言われてもピンと来ない人もいるかもね」
早坂:「一定以上の年齢の人だと対潜哨戒機のP3Cが有名っすね」
御笠:「哨戒機もUAVも任務は同じで敵の発見をするのが仕事よ」
早坂:「UAVってのは無人偵察機の事です。哨戒機は有人っすよ」
私は別にミリタリーオタクというわけではありません。
創作上でのアクションやサスペンスのために必要な題材として、
知っておくべき最低限のラインを薄く広く知っているだけです。
なので、認識の誤り等あれば、ご指摘の程をお願いいたします。