第一話 イアルローネ中尉登場!
一行は三十文字の縦書きを想定して書いています。
戦争をあつかいますが、直接的な暴力表現はありません。
10/27:微調整しました。
http://ncode.syosetu.com/n1233bk/
【帳簿はいつも真っ赤っ火】[略称DFS]
こちらも不定期連載中なのでよろしく!
早朝の電車はすいていて、人影もまばらでした。わたしは、乗り過ごしてしまわないように、出入り口のそばでポールを手に立ち、表示版を凝視し続けていました。
「えぇと……相模原……ここでいいんですよネ?」
アナウンスが目的地の名を告げている事を確認して、わたしはようやく安心する事ができました。窓から見える風景に目をやる余裕もできてきたので、電車の揺れを感じながら考え込んでいました。
「長袖にしておいてよかったデス……」
ホームに降りたわたしは白い息をはきながら、目的地の北口をめざして歩き出しました。引っぱっている重いカートから、段差のたびにガタゴトとにぶい振動が伝わってきました。
「こっチですネ……」
案内板の言葉は、日本語でも英語でも理解できるようになりましたけど、不安なので上を見上げては立ち止まってしまいますね。
「あららぁ、外国人さん……こっち来ちゃったのぉ? 町の方に行くなら南口よぉ?」
キョロキョロしながら通路を進んでいくと、売店を掃除していたおばちゃんが、わたしにきづいて親しげに声をかけてくれました。
「えト……こっち……北口でいいハズです。アリガトございマス」
おばちゃンに声をかけてもらって緊張がほぐれました。なんとか間違わずに、北口の近くまで来る事ができたようですネ。街を一人で歩く経験が少なかったので、初めての事ばかりです。
「そっちに行ったら、兵隊さんに誰何されちゃうわよ?」
心配をしてくれたのか、おばちゃんは親しげに近づいて来まシタ。
「すいか? はい、ちゃんと持ってマシュ」
わたしはチェーンつきの財布を取り出して、電車に乗る時に使うカードをおばちゃんに見せました。
「何をうまい事言ってんのよ。って、そっちに行っちゃダメって!」
「あの……ワタシ、わかってマス。こっち基地でシュ」
知らない人と話すのが苦手なせいか、またかんじゃいましたネ。やさしそうなおばちゃんが相手でも、これじゃ不安です。
「え? 本当にちゃんと分かってるの?」
「ええ……大丈夫でシュ」
安心してもらおうと思ったのに、またかんでしまったです。
「あの、当基地に御用がおありでしょうか?」
基地内に控えていた係のヒトが、わたしたちのやりとりを見て、通路まで出て来てくれたので、わたしは首からつり下げていたIDを上着から出して提示しました。
「ハイ。ワタシはイアルローネ・アインス・ミストーク中尉デス。本日、着任しマシタ」カートから手を放し、ようやくさまになりかけてきた敬礼をしました。
「はい……確認しました。えーと、情報本部から迎えの者が来ていますので、ご案内します」
わたしを見つめているおばちゃんに、笑顔で手を振ってからゲートを通りました。わたし、今日から軍人さんになるんですヨ。
「こちらです。どうぞ……」
「どうもデス」
係員に先導され、国防軍の施設の中の廊下を通り、何度も角を曲がって進んでいき、小さな部屋に通されました。
「イアルローネ・アインス・ミストーク中尉よね? 時間通りね」
グレーの軍服姿のきりっとした表情の女の人が、資料を見ながら聞いて来ました。たぶんこの人って、キレ者ですネ。
「ハイ! ワタシは、内閣キャンボウ、内閣情報調査シチュより、チュッコウちまチタ!」
「くっ…………キャンボウ…………ちまちたって…………ぷふっ」
わたしが四回もかんだので、軍服姿の女の人はこらえきれずに、吹き出してしまいました……緊張すればするほどかんでしまうので、早くなんとかしないといけないんです。
「ゴメンナサイ……こういうの慣れてないんデス」
ぶざまな姿をさらしてしまったので、深々と頭を下げました。
「いえいえ、こっちこそ笑っちゃってごめんなさいね」
目尻の涙をぬぐってから、笑みを浮かべて謝ってくれました……。最初はチョットきびしそうな印象でしたが、笑顔はキレイですネ。体つきはメリハリが利いているのに、軍服でピシっと押さえつけているような感じですネ。
「日本国防軍統合幕僚監部情報本部の統合情報部に属する、第二情報分析室長の御笠詢子(みかさじゅんこ)大尉よ。あなたの直属の上司になるわ」
御笠大尉さんは、わたしが緊張しているのに気づいて、笑顔で握手を求めてくれました。
「よ、よろしくお願いしマス」
少し落ち着いたので、手を伸ばして深く握手しましタ。とても手が温かくて大きいですね……。それにしてもいったいどうやったら、あんなに長い部署名をかまずにあいさつできるんでしょうカ?
「じゃ、あなたが働く事になる情報本部まで移動するわね」
「は、ハイ……」
わたしは先導して歩いていく御笠大尉の後を着いていきましタ。やっぱり、軍人さんは歩く姿もきれいデスね。わたしもいつになったら、あんなふうになれるんでしょうか。
「ほわぁ……トッテモ広い基地なんですネ」
車の後部座席に、御笠大尉と並んで乗ってもうずいぶんたつのに、ずっと基地の施設が続いているので、これまで見た事のない景色を、口を開いて見入ってしまいました。
「在日米軍が撤退したさいに日本に返還されてからは、国防軍が再構築しているのよ」
「そうなんですか……」
実はよく分かってないんですけど。五年前に大変な事が起こって、アメリカって国の軍隊が、日本からいなくなったんでしたよネ。
「あっ、あのビルはとっても大きいデス」
ハイウエーの坂を上がると、視界が広がってきれいな景色が見えて来ましタ。左から正面にかけては海が広がっていて、右側の方には、近代的なビルや四角い工場のような建物が、並んでいました。その中でも、左手にはとても大きいビルがありました。
「原子力空母サンダーホークよ。いちおう最新鋭で多様な武装もあるんだけど、もらったけど動かないから、見かけ倒しよ」
御笠大尉はゆっくりとした口調で説明してくれました。
「あれが空母ですか……回りにお船がいっぱい浮かんでるですネ」
空母というのは、飛行機が飛び出していくお船でしたヨネ?
「飛行機が着陸してるのが厚木飛行場よ。多数の航空戦隊がいるわ」
「す……すっごいですネ!」
キラキラと輝く飛行機が、爆音を上げて滑空していくのを見て、わたしは興奮しまシタ。
「戦車や自走砲みたいな陸戦兵器や、高射砲や対空兵器も奥の方にいるから、攻めて来られてもまぁ安心よ!」
「そ、想像してたより、ナンバイもすごいデス――」
御笠大尉の言っている事は、半分も理解できなかったですけど、窓から見る景色は、わたしにとって未知のものばかりでした。
「お古が半分以上だけど、新たな施設も増えてきてるわ。最近になってようやく、移転が完了したんだけどね」
危機にさらされて、国防軍という組織に昇格して、戦力が充実したとは聞いてましたですけど、すごすぎです!
「あの、ワタシが住むのはどんな所なんですカ?」
これまでの間……狭いセーフハウスに一人っきりで住んでいたので、住むところはどうしても気になるんです。夜中に人恋しくなっても、外に出られないし電話もかけられない……あんなのは、もう耐えられなかったんです。
「職場の近くのマンションよ。同じ所に住んでるから心配はないわ」
「そうデスか……良かったです!」
回りに知っている人がいない不安感は感じなくていいようです。自由に外出ができるのなら、コンビニとかにも行けますよネ……。まだ一人でコンビニに行った事がないので、ドキドキします――。一度、ほかほかの温かい肉まんを食べてみたいんですよネ。
「ワタシの事……どれぐらいの方が知っているんでしょうカ?」
控えめに言っても、わたしのような存在は少ないはずなので、御笠大尉に聞いてみる事にしました。怖がられたりしなければいいんですけど……少し不安ですネ。
「うーんと……それは着いてからにしましょう。現状は私だけと思っていてもいいわね」
会話は打ち切りとなり、しばらくして車は大きな建物の駐車場に入っていきました。突然の出向でしたので、御笠大尉もよく聞かされていないのかもしれませんネ。
「ここが第二情報分析室……わたしたちの職場よ」
入り口で厳重なチェックを受け、エレベーターで八階まで上がり、人とすれ違いながら狭い廊下を歩いていくと、ちいさな看板がかかった部屋に着いたです。
中はちらりとのぞいただけですが、大勢の人が忙しそうに仕事をしていました。ちょっと緊迫感もあって、みんなの動きも、きびきびしていました。
「室長、お疲れさまです」
わたしたちに気がついたのか、小柄な女性がスタスタと近づいてきて立ち止まり、背筋を伸ばして、びしっと敬礼をしました。御笠大尉と同じようなグレーの制服なので、士官さんってやつですネ。走ったり泳いだりするのが速そうなイメージですネ。
「ごくろう――早坂少尉……。で、第三会議室の準備はできてる?」
「準備完了であります!」
「そ……んじゃ、お願いね。私は本部長にアポもらってるから――」
二言ほど会話すると、御笠大尉はわたしを残して、足早に部屋を出ていってしまいました。そんなの聞いてないですヨ。
「あ、アノ…………」
「大丈夫。御笠大尉から聞いてますから、採寸に行きましょう」
御笠大尉のそばにいれば安心だと思っていたので、不安に震えていると、先ほどの女性がわたしを案内してくれました。人なつこい笑みを浮かべた表情は、とても安心する事ができたです。
「ここですよ? さぁ、どうぞ」
「は、ハイ……」
廊下を少し歩いた先には、第三会議室の看板がかかっていました。中に入ると、古い紙のにおいとか、印刷物のインクのにおいなんかが入り交じった、独特の空気が漂っていました。
「イアルローネ中尉ですよね? IDを確認させてもらいますね」
「は、ハイ……」
「確認しました。自分は早坂吾子(はやさか あこ)少尉です」
「よろしくお願いシマス……」
安心したわたしは、早坂少尉にぺこりと頭を下げました。ええと……たしか上から、大尉・中尉・少尉の順番でしたヨネ? と言う事は、わたしは真ん中に入る事になるんですね……右も左もわからないのに、中尉で良かったんでしょうか。
「では、靴を脱いで身長からお願いします」
「ハイ……」
以前、検査された時は、注射とか妙な検査もされて不安でしたけど、早坂サンとなら、大丈夫みたいです。
「えーと読み上げますね。身長が一五八センチで、体重が四六キロ。スリーサイズは、上から八四、五十六、八十四と」
早坂少尉が紙に書いた数値を読み上げたので少しはずかしいです。スリーサイズという言葉の意味は分からないんですけど。
「うーんと、この数値は……ちょっとやせすぎですね」
「そうナンですカ?」
この三年間で背も伸びて、体がふっくらとしてきたので、そう言われても、なんだかピンと来ませんネ。
「銀色の髪に金色の瞳だなんて……とても神秘的な感じですね」
「ありがとうございマス」
髪と目の色で怖がられたりはしなかったみたいなので、安心しちゃいました……。
「この体形なら、こっちでいいかな? 着てみてもらえます?」
「ハイ……」
わたしはビニール袋に包まれた制服を手にして、ついたてのところに案内してもらいました。
「うん。ちょうどみたいですね。じゃ、階級章をつけますねー」
早坂サンに手伝ってもらって、ようやくグレーの制服を着せてもらったわたしは、精いっぱい背筋を伸ばしました。
「どう? 入って大丈夫かしら?」
「あ、採寸終わりました……」
ノックをして入って来た御笠大尉に早坂少尉が紙を渡しました。制服姿を見せるのは、ちょっと気恥ずかしいですね。
「あ、着替え終わったみたいね。うん似合ってる似合ってる……」
御笠大尉に制服姿を見せると、笑顔で褒めてくれましたケド……ソレお世辞ですヨネ? 自分でも服に着られてるって、わかっちゃうぐらいなんですから。
「で、自分は何も聞いていないんですが……どうして中尉は、ウチに出向して来られたんでしょうかね」
やっぱり……わたしみたいなのがいきなり軍人さんというのは、場違いってやつなんでしょうかネ?
「ワケありの案件なんだけど、あなたはどうする?」
御笠大尉は書類袋を見ながら早坂少尉に問いかけました。
「ワケありってどのレベルですかね? ソレによります」
御笠大尉の問いかけに、早坂少尉はあごに手をやって答えました。
優しそうだから、いっしょにいて欲しいんですけど。
「二十枚の書類に署名が必要な、秘密保持契約を結ぶ事になるわ」
「では、小官はこれで失礼します――」
早坂少尉はそっけなく一礼して、そそくさと部屋を出て行こうとしました。署名って名前を書くだけですよね? どうして、早坂少尉は嫌がるんでしょうか。
「あら? 話を最後まで聞かなくてもいいのぉ? 私がどうして、情報本部長に会いに行ってたと思っているのよ。心配しなくても、契約満了時にはご褒美が用意してあるわよ。早坂が稟議書を上げていた、第八世代だとかいうアレよ」
「何でも御用命ください、御笠大尉殿!」
早坂少尉は足を止め、体をくるりと返して敬礼しまシタ。
昇進だとか、お金だとかをもらって喜ぶんじゃなくて、別の事で喜んでるようですし。早坂少尉って、なんだかとってもおもしろい人なんですネ。
「じゃあ中尉の方から、状況を説明してもらえるかしら」
テーブルのある場所に案内されて席につくと、御笠大尉はわたしに事情の説明を求めてきました。どうやら大尉もほとんど聞かされてないみたいですねぇ。上司も同行する予定でしたけど、程変更で、一人だけになっちゃったんです。
「では……コホン……ワタシ、『カミカクシ』にあったんですヨ!」
わたしは二人の顔を見てから、慎重に口をひらきました。
「へ? な、何を言ってるんですかぁ? 中尉……」
早坂少尉はきょとんとした表情を浮かべていました。いろんな本から、概念を拾った結果、これが一番わかりやすいはずなんですけど、困っちゃいましたネ。
「ワタシ……神隠しにあって、この世界に飛ばされたんです」
これで伝わらなかったら、何と言えばイイですカネ?
「いや、それ……全然意味がわかりませんって」
やはり伝わらなかったようで、早坂少尉はぶんぶんと高速で手を左右に振っていました。困りましたネ。
「ちょっと早坂? さえぎらずに話を聞いた方がいいわよ?」
温厚そうな御笠大尉ですら、ほおをぴくぴくさせてますし……。上手に説明しないといけないんですけど。
「でも、一ビットも情報量が増えてないですよ? さすがにこれでは説明にもなってませんよ。そうでしょう? 大尉」
怒っているというわけでもなさそうですけど、早坂少尉は少しいらだっているようですね。トントンと机の上をペンでたたいていました……。
「そうは言っても、相当の事情があったはずよ? 内閣情報調査室で保護されてたって言うんだから」
御笠大尉は、いらついている早坂少尉を、なだめてくれました。でもわたし……実は内閣情報調査室そのものもよく知らないんです。上司が言うには、日本の国益を守るためなら何でもする、国家公認のスパイだとかなんとか……わからない事ばかりですネ。
「すみません、中尉。じゃあ続きをお願いします」
早坂少尉は話を聞いてくれる気になったようです。
「エト、ワタシに起こった事を説明しますネ? この世界の事は、よく分かってナイので、説明になるかは分からないですけど……。ワタシは、別の世界からこの世界に飛ばされて来たんです――」
「べ、別の世界から飛ばされてきた? ああ……もとの世界からは、神隠しにあったという事ですか?」
意味が伝わったのか、早坂少尉は目を丸くしながらも、わたしに問い返してくれました。
「ハイ。この世界ではエドジョウって呼ばれている所に出たので、オマワリさんに捕まってしまって、三年間も保護されてたデス」
内閣情報調査室の事は御笠大尉が言っていたので、特に説明はいらないですよネ。
「へ? 江戸城ってそれ……皇居って事ですかぁ?」
「そうです……ワタシ、突然の事に混乱してたので……」
あの時の事を思い出すと、恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってしまいマス。どうしてまた、あんな事になったんでしょうか――。
「混乱して……どうしたんです?」
「ワタシを捕まえようとした人につい使っちゃったんです……」
人間相手に使うのは、禁じられていたから、お師匠に知られると怒られそうなんですけどネ。
「えぇと……使ったっていうのは、何を使っちゃったんですか?」
「エト……魔法なんですケド――」
わたしの言葉に、二人は体を硬直させてしまいました。
御笠・早坂の、ワンポイント・ミリタリー講座
御笠:「統合幕僚監部がどんな組織なのか、普通は知らないわよね」
早坂:「陸海空自A隊を一体的部隊運用することが目的っすよね?」
御笠:「資料丸写し乙。陸海空の幕僚監部を指揮するのが仕事よね」
早坂:「内閣情報調査室も厨っぽい響きっすよね。詳細はぐぐって」
第一章は全26話で、ほぼ小説一冊分の初稿は完成しています。
年内にすべて(第一章分)を投稿する予定です。