荷物持ちと言う名の何か~前編~
『ピンポーン』
季節は秋。
軒下を彩る落ち葉や枯葉を踏みしめつつ
俺はとある一軒のお宅のインターホンを押していた。
家は屋根が赤色の何処にでもある普通の2階建ての一軒屋だ。
最近ここに来たのは何年も前だが、俺も小さい頃は何度もここに遊びに来ていた。
昔から少しも変わってないな。
「はいは~い。
あら、知樹君じゃな~い。
久しぶりね、また背伸びたんじゃない?」
インターホンを押してから、数秒で玄関から出てきたのは一人の女性。
久しぶりに会ったけど、相変わらず高校生を子に持っているとは思えない程若々しい人だな。
「あ、え~と、、、おばさん、お久しぶりです。
いや、身長はもう止まっちゃいましたけど、
最後に会ったのは何年か前ですから、その時と比べれば大きくなりましたね、多分」
成長が早いのか、中学3年の頃から全く身長が伸び無くなっちゃって170cm後半で止まっている俺の身長。
これ以上伸びても仕方ないと思いつつ、180cm欲しいなと欲張ってもいたりする。
ギリで足りないと欲しくなっちゃうんだな、これが。
「そうね、身長もそうだけど、雰囲気も大人っぽくなって素敵よ」
「あはは、お世辞でも嬉しいです」
「あ、そうそう、わざわざ零奈を迎えに来てくれたのよね」
そう、彼女こそはあの零奈の母親だ。
零奈がイタリア人のクウォーターだって事は前にも言ったけど・・・あ~つまり。
このお母さんはイタリア人のハーフって訳、旦那さんは根っからの日本人。
ついでに、零奈の母親だけあって美人だ。
昔からの名残でおばさんと呼んじゃってるけど、
年を感じさせない姿に俺もおばさんと呼ぶのに少し躊躇した位だ。
まぁとても気さくな人だから、度が過ぎなければ、どんな呼び方してもニコニコして返事してくれるだろうけど。
「あ、はい」
「う~ん。
でも、まだ部屋から出てきてないのよね。
外で待ってるのもなんだし、どうぞ上がって待ってて」
「え・・・あ、その・・・」
いや、ちょっと待て。
さっきも言ったけど、昔はよく遊びに来ていた、でも今やお互い高校生。
いくら幼馴染とはいえ、同年代の年頃の女子の家にお邪魔するなんて事を
軽々しくして良いモンなのか!?
「あ、今『いくら幼馴染とはいえ、同年代の年頃の女子の家にお邪魔するなんて事を
軽々しくして良いモンなのか!?』とか思ったでしょ」
なんで、一言一句間違えずに俺の心を読み上げる事が出来るのか。
謎だ。
「ええまぁ・・・・」
「いいのいいの。
あの子そんな繊細な子じゃないから、気にしないわよ。
ほらほら上がって上がって」
零奈のお母さんは玄関から笑顔で小さく手招きをして、俺を招き入れた。
「あ、じゃあ、お邪魔します」
気になる事には変わりないけど、お言葉に甘えてお邪魔するとしよう。
さてさて。
そう言えば、なぜ俺が今日零奈の家に来たのか、説明をしていなかったな。
それは2日前の夜の事だ。
「ふぅ~・・・良い湯だった~」
俺は風呂上りに親父臭い台詞を吐きつつ、
牛乳でも飲もうかとこれまた親父臭い行動に出ようとしていた。
自分で親父臭いって言うのも何だけどさ。
「トモー、ケータイにメール届いてたよ~」
すると俺が冷蔵庫へ向かう為ソファーを横切る際。
先にお風呂に入ってソファーの上でゴロゴロしていたニーナが、
寝転がりながら俺のケータイを上に差し出した。
因みに俺はソファーの後ろを通ったので、ニーナの姿は見えず
腕のみがソファーから伸びている形。
「ん、おっと。
悪いな」
俺は渡された自分のケータイに届いたメールを見る。
零奈からだった。
内容は長くなるから折り返し電話をしてとの事。
「・・・なんかあったっけ?」
心当たりが何も無い俺は、冷蔵庫から牛乳を取り出しつつ、電話を架けた。
「もしもし?」
『あ、もしもし、メール見てくれたよね?』
「あぁ、何の用だ?」
『この間の、何でも一つだけ私のお願い聞いてくれるって話』
「お、とうとう決まったか?
何でも言ってみろぃ」
『2日後の日曜日に、買い物に付き合って欲しいのよ』
・・・・へ?
「あ・・・え~と。
あの~それは・・・つまり、何か。
幼馴染の女子とデートをすると???」
『っ!?
バ、バカっ、デートとかそんなんじゃ無くて・・・。
荷物持ちよ、荷物持ちっ!』
「あ~、そういう事ね、納得」
それもそうだ。
今更そんな事するような仲でもあるまい。
何言ってんだか、俺。
『と、兎に角っ!
当日私の家に朝10時に迎えに来る事!
いいわね?』
「はいよ~」
買い物が多い女子にとっては荷物持ちは重要な役割なのかね。
「トモーッ!!
デートってどういう事」
「痛ぇ!
危ないから、物を投げるなっ。
デートとかそんなんじゃないから、それ以前に何でニーナが怒るんだよっ!」
単なる同居人だろアンタは!!
「じゃ何~?」
俺が大声を出すと、スッとソファーに体を隠し、
ソファーの背もたれの上から、目だけを覗かせてそう聞いてきた。
マジでネコみたいだ、こいつは。
「荷物持たされるだけだ」
「それなら仕方ないね~」
信じるの早っ!?
俺がツッコミを入れるも声には出してないため、何も無かったかの様に
ニーナはまた横に倒れこむようにソファーに寝転んだ。
まぁ、そんな訳で。
現在、零奈宅のリビング。
ソファーに机、テレビ等の家電製品が置いてあるごく一般の家のリビングだな。
以前とあんまり変わってない気がする、覚えてないけど。
でも、何だこの居心地の悪さは・・・。
おばさんには気にしないよう言われたけど、
とりあえず机に出されたお茶を一杯頂く事にしよう。
「それにしても、零奈と知樹君がデートなんてね~。
幸せ者よね、ウチの娘は」
「っ!・・・コホッ・・・コホッコホッ・・・・」
向かいのソファーに座ったかと思えば、なんて事言ってくれるんだ。
思わず今飲み込んだ物が気管の方へ行っちまった。
「あら、大丈夫?
何か変な事言ったかしら」
「デートとかそんなんじゃないですって!
俺は単なる荷物持ちです、本人もそう言ってましたよ?」
「あら、そうだったかしら?」
「そうですよ、今更幼馴染とデートとか、俺は・・・零奈もきっと恥ずかしいですし」
「そうかしらねぇ・・・まぁ良いわ。
素直じゃないしね、あの子」
「へ・・・・?」
何言ってるんだ、一体。
「何でも無いわよ、単なる独り言。
遅いわね~あの子・・・。
知樹君、部屋分かるでしょ?
小学校の時から部屋の場所は変わってないから、呼んで来てくれないかしら?
私、今、洗濯物干してる途中だから」
「・・・分かりました」
何か頼まれると断れない雰囲気だったから、思わずオーケーしちまった。
家に上がるのみならず、部屋まで突撃とか考えもしていなかった。
・・・よし、零奈の部屋は二階へ上がって、突き当りの左の部屋だったはずだ。
まずは、ソファーから立って・・・階段を目指して・・・よしこの階段を一歩一歩。。。。
「そんな一つ一つの動作確認する程、緊張しないのっ」
「うわっ!!
・・・なんで背後に居るんですか!?
暇なら零奈を呼んで来て下さいよ、何で俺が・・・」
「あら、日曜だって専業主婦は忙しいのよ~。
なんなら、知樹君やってくれる?
洗濯物の中に娘の下着があったりするかもしれないけど」
「お断りします」
・・・娘の部屋までどうしても行かせるつもりだ。
なんて母親だっ、くそぅ。
さて、半ば無理やりに此処まで来てしまった。
この扉をノックしたら最後、どんな反応が返ってくるか。
・・・・あ、結構楽しみかも。
でも、勢いでドアが開いた瞬間に引っ叩かれる可能性も無くはないし・・・。
くそ、男は度胸だ、いっちまえ!!
と、俺が気合を入れたその時だ。
『カチャ・・・』
ドアノブが勝手に動いた。
「・・・・」
「あ~・・・・おはよう零奈。
今日って言い朝だよなー、絶好の買い物日和と言うか何と言うかー」
「な・・な・・・なんでアンタがここに・・・・」
「クスッ」
・・・・階段の方で誰か笑ったぞ。
・・・・あ。
もしかして――――――
「お母さんっ!
家に上げるのは良いけど、部屋まで来させるってどういう事よ!」
先程のリビングで庭にいるおばさんに大声で怒鳴る零奈。
まぁ、言われてる本人は洗濯物を干しながら、笑顔でそれを聞いては軽く返事をしている状況だけど。
「ごめんね~、でもほら主婦って忙しいから・・・」
「忙しいって、階段で笑ってたでしょ!?」
「さぁ、何の事かしら、ふふっ」
もう駄目だ。
白を切る気満々で、あんまり真面目に聞いてないし。
「もう・・・いっつもああなのよね。
気を取り直して、行こっか」
「あぁ、そうだな」
時間はまだたっぷりとあるけど、早めに行くに越した事は無い。
人が多いのも困るし。
「じゃ、行ってくるね~」
「はいは~~い、仲良くねっ二人ともっ!」
良く分からない激励の言葉を言い渡されつつ、零奈宅を後にする。
どうやら行きたい場所は、最近出来た大型のショッピングモールらしく
バスで一時間ほどで着くらしい。
とりあえず、バスに乗るべく俺達は数分程歩いてバス停へ向かう事にする。
「しっかし、おばさんも変わって無いよなぁ、姿も性格も昔っからさ」
「うん、いつもあんな感じで聞く耳持ってくれないって言うか」
「ははっ、まぁ愉快な家族が居るだけマシだろ。
俺の家なんか何処から来たか解らないネコが一匹だけ」
「何それ?
もしかしてニーナの事?」
「そうそう」
「ネコねぇ、、、あははっ、分からなくはないかも」
因みにニーナは今日は何か用事があるんだとさ。
学校関係の事らしいけど、良く分からない。
「あ!バス来ちゃったわよ!
ほら走って!」
「お、おい、別に良いだろ、次まで待てば・・・・ったく・・・・」
おっと、話に夢中になってて気が付けば、バス停が見える位置まで来てたみたいだ。
同時にバス停に停車しようとしているバスの姿も見えて、駆け出す零奈に釣られて俺も走り出す。
・・・・・あ~・・・何とか間に合った。
俺達は料金を支払って、二人で大きく息を吐いた。
「はぁ~・・・ったく、何でそんな急ぐんだよ」
「いいじゃない別に、、、さ、席空いてるし、座ろっ」
日曜日だから、人はそこそこ居るみたいだけど、後ろの方の席が空いているみたいだ。
零奈は適当に席に座ると、俺も続いて隣に座った。
ふぅ~やっと一息つけるな。
「・・・・あ、そうだ。
急ぐっていえば、何で今日遅かったんだ?
確か10時の約束だったよな?」
「え?あぁ・・・ごめん」
零奈は俺の想像に反し、少し反省の表情を浮かべた。
何か逆切れでもするのかと思ったけど。
「い、いや、別に怒ってないって。
ただ、零奈が時間に遅れるのって見ないなって思っただけで」
「特別何かあった訳じゃないわ。
ただ、ちょっと服を選ぶのに時間掛かっちゃって。
気が付いたら時間になってて・・・インターホンが鳴ったのにも気が付かなかったし・・・」
あぁ、そうか。
やっぱり、女子は身支度に時間かけるもんなんだな。。。
ニーナもやけに遅いときあるし、まぁアイツは寝坊も含めてだけど。
俺なんか、30分以内に全て用意できる自信あるけどな。
男子と女子の差か?
そうでもないって?
「ふ~ん・・・でも、時間かけただけはあるよな」
「え?」
「似合ってるって事、その服」
今日の零奈の服は、白と黒のボーダー柄の長袖のTシャツに紫のゆったりめのチュニック。
下にオレンジのスカートを合わせた秋らしい服装だ。
大人っぽい服装だけど、零奈は元々大人びているから、結構似合ってたりする。
「あ・・・ありがとう」
ん?
ここまで零奈が照れるとはこれまた意外だな。
自信しかありません、みたいな性格だったはずなんだけど。
そういう一面もあるのか、長年の付き合いだけど、新発見。
だが、落とす所はキッチリ落とすぜ。
「まぁ、俺が部屋に行ったときは、遅いからひょっとしてまだ寝てるんじゃないかとか思ってたけどな。
あわよくば寝顔に落書きでもしてやろうかと思ったくらいだ」
「・・・勝手に部屋に入ったら、殺すからね」
ひ、ひぇぇ!!
さっきまでの照れは何処へ!?
怖いっす零奈さん。
さて、そんなこんなでバス独特の振動に揺られる事一時間。
到着したのは最近オープンした大型のショッピングモール。
洋服やアクセサリーのみならず、本屋やフードコート、ゲームセンターなんかもあって
過ごそうと思えば一日中遊べる、ここらじゃ最大規模の施設らしい。
らしいってのは、バスの中で零奈から聞いた事だからだ。
なにせ俺も初めてだからな、つ~かこんな建物ができた事すら知らなかったわけで。
「こんな大きい建物が出来てたなんて知らなかったぞ、俺」
「あれ、そうなの。
知樹って意外と、こういう話題には疎いのね。
あ、昔からか」
へいへい、悪ぅござんしたね。
「ま、知ってようが知らなかろうが、やる事は変わらないだろ。
さ、入ろうぜ」
「うん」
しっかし、まぁ日曜日だからか?
幾つも入り口はあるだろうにも関わらず、俺達が入ろうとしている出入り口からは入る入る人の群れ。
まぁ、この手の建物で入り口が混雑する事は余りないから、困る事は無く無事に建物内に入った訳だけど。
「うわ・・・広いなこりゃ・・・・」
思わず言葉が漏れちまったが本当に大きい。
ここのショッピングモールは二つの巨大な長方形状の吹き抜けの建物に成っていて、
その長方形に沿って、店が並んでいる形式らしい。
ただ、驚くべきはその大きさだ。
看板やら噴水やらモニュメントのせいってのもあるけど、建物の奥が見得ない程広い。
たしかに、これだけ広けりゃ一日中見たって飽きないだろうな。
「本当に大きいわね・・・。
覚悟しなさいよ、荷物持ちさんっ」
俺は零奈にペシッと背中を平手で叩かれて、すでに目的を忘れていた事に気が付く。
これだけ広いって事は、買い物も多くなったりする?
「あのさ~・・・お金は計画的に使おうな、な?」
「バイト代入ったばっかだからなぁ~。
な~に買おっかなぁ」
意地悪そうに笑うなっての。
バイト代入ったって、計画的に行かないとだめだろっ!
「・・・ん?
てか何時の間にバイトなんか始めてた訳?」
ちょっと、疑問に思ったから二人で平行して歩きつつ聞いてみた。
「あれ?
知らなかったっけ?」
零奈は、すでに俺が知っている物だと思ったらしく、首を傾げつつこっちを見た。
ん~・・・聞いたような聞いてないような・・・あ。
「いや、待てよ。
そう言えば、夏休みの時バイトのお金で海に行ったんだっけ?」
夏休み突入する時の下校の時の話か。
そういや、涼もバイトやってるとか言ってたな、あの時。
「そうそう。
何よ、知ってるじゃない」
「記憶の端の更に端を辿ってみたら、思い出しただけだって。
で、何やってんの?バイトの内容は」
「そんな目新しい物じゃないわよ。
普通に喫茶店でね」
「へぇ・・・喫茶店か。
何処にあるんだ、そこ」
行ってみたい様な気がしないでもない。
「教える訳無いでしょ。
知樹が客なんて考えられないもん。
でも、いい所よ。
規模は大きくないけど、落ち着いた雰囲気でとてもオシャレで、店の人も良い人達ばかり」
店の事を思いながら話す零奈の顔は、本当に楽しそうだ。
よほど良いバイト先なんだろうな、表情見てるだけで分かる。
「な・・・何ニヤニヤしてるのよ?」
おっと、
「落ち着いた雰囲気ねぇ・・・零奈には似合わない――――うぉ!」
俺が話している途中に、横から高速で握り拳が飛んできて、俺の鼻っ面を掠めた。
つ~か、スウェーしなかったら、頬を直撃してた。
「どうせ似合わないわよっ、私にはねっ!」
零奈は怒った顔でそう言うと、またスタスタと歩き出した。
う~ん・・・似合わんなぁ。
「ごめん、ごめん。
冗談だから、冗談っ」
小走りで追いついた際に俺がそう言うと、零奈は足を止めた。
俺は慣性の法則に従って、零奈の斜め前でストップ。
「許してくれた?」
「別に、怒ってないわよ。
ここに用があるの」
零奈は呆れた顔で、息を多めに吐きつつ、直ぐそばにある店を指差しそう言った。
俺は零奈の指に逆らえず、同じ方向へ頭を動かす。
見た感じ、結構な規模の・・・なんて言うんだっけ、洋服店?ブティック?
まぁ、入り口から色んな女性向けの服が飾られている感じの所で、兎に角広い。
零奈と逸れてしまったら、どうなる事やら。
「さ、行くわよっ」
零奈はワクワクした様子で店内へと入ってゆく。
さっきの調子は何処へ行ったんだ?
昔っから直ぐに機嫌が変わったりするんだよな、零奈は。
・・・いかんいかん、着いていかなきゃ逸れちまう。
怒られるのも面倒だ。
「これと~~・・・これもっ。
あとは・・・これも可愛いわね・・・」
唖然。
そうならざるを得ない状況だろ、これは。
店に入ってから、まだ5分。
零奈の手には数え切れない程の服、服、服。
一体、何時終わるんだこれは・・・。
そして、更に五分後。
試着室の前で零奈が放った驚愕の一言。
「よ~し、今から試着するわ、全部」
「全部ですか!?」
「当たり前でしょ~?
第一、知樹をつれてきた理由は、アンタに見て欲し・・・じゃなくてっ!
第三者からの意見が欲しかったからなのよ?
それを含めてのお願いなのよ、『あの時の』ねっ!」
「くっ・・・分かった。
さぁ、始めてくれ!!」
あの時の話を出さないでくれっ!!
弱みを握られている様な気がしてならん、、、あれはハプニングだぁぁ!!
「そこ座っててね」
しかし、無常にも『シュ!!』と試着室のカーテンが閉まる音が、俺の心の叫びを切り裂くように脳内へ響く。
・・・仕方ない!
こんな事は覚悟していた事ではないか!
そうやって自ら活を入れ、零奈が座るように言った、試着室正面の3人ほどが座れるピンク色の長いすに腰掛けた。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・。
い、居心地が悪い事この上ない。
ここは男が居る場所ではないだろ。
零奈と一緒に歩いて回ったけど、店内の雰囲気は若い層の女子向けで、勿論メンズの服なんて何処にも置いていない。
さらに、一人ぼっちのこの状況。
背もたれが無い椅子が、より一層俺の虚無感を煽る。
早く出てきてくれ。。。
『シュ!!』
今度こそ俺の心の叫びが届いたのか!?
やっぱり、祈れば伝わるっ!!
神は存在したのだ。。。
神よ、零奈が予想より早い時間にそのカーテンを開けてくれた事に感謝する。
「・・・・どう?」
若干緊張しているのか、試着室からぎこちない笑顔で零奈はそう聞いてきた。
え~と。。。
「まぁ、良いんじゃないっすか?」
俺がそう言うと、無言でカーテンを閉める零奈。
・・・何か反応してくれないと。。。
でもさぁ、コメントとか求められても無理だろ。
どれが似合うとか、正直分からん、、、てか、零奈なら何でも着こなせそうだけど。
暫くしてカーテンが開く。
「どう?」
「良いと思うよ?」
カーテン閉まる。
暫く。
カーテン開く。
「どう?」
「そこそこじゃないか?
カーテン閉まる。
暫く。
カーテンが開く。
「どう?」
「まぁまぁ、良いんじゃないか?」
カーテン閉まる。
暫く。
カーテン開く。
「どう?」
「良いと思うよ?」
拳、飛んでくる。
・・・・へ?
「うおぉぉい!!!
な、何だいきなりっ!!」
間一髪交わした。
風圧が顔で感じられたぞ。。。
「さっきから上の空で返事ばっかして・・・。
テキトーに褒めてれば喜ぶと思ってるんでしょ!
大体なんで疑問系に疑問系で返すのよ!!」
腰に手を当てながら、椅子に座る俺に怒鳴る零奈。
「い、いや、俺も頑張ってはいるんだけどさ。。。
ここの居心地の悪さと、女子のファッション事情とかも分からないから上の空で――――」
「それでも、いいのよっ!
単純に知樹に見てもらいたくて、二人だけで来たんだから!」
「・・・へ?
それってどういう・・・・」
何か、まずい事でも言ってしまったのか。
零奈は顔を真っ赤にして首を横に大きく振った。
・・・・・!!!!
もしかして。。。
「ち、違うわよ。
そんなんじゃなくて、知樹から貰ったものは女の子受けが良いから・・・
知樹が良いと思うものなら間違いないなぁ、って思っ―――――」
「もしかして・・・・」
「!?」
零奈の表情が若干強張るのが分かった。
「・・・・もしかしてさ・・・・」
「うっ・・・」
零奈が頬を赤く染める。
なるほど、確信が持てた。
「・・・・・零奈は俺の事が――――――」
「止めてっ!それ以上は――――」
「バレるのが怖いから、二人でここまで来た訳か~~」
「・・・え?」
「だって、そうだろ~。
俊一とか涼が見たらさ、『零奈ちゃんは知樹の服のセンスがお気に入り』とか変な汚名が学校中に広まるかもしれないし。
ったく・・・服を選んで欲しいと分かってれば、俺だって一生懸命に―――――」
「この・・・・鈍感やろぉ~~~~~!!!!」
『バシコォ~~~~ン!!!!』
「ぐはぁ!!・・・・」
避けきれぬ・・・本日最高速度・・・。
さらにクリーンヒット。
何か悪い事したのか・・・俺は・・・うっ。
そこで俺の意識は途絶え――――る訳無いだろっ!
こんな所で寝てたら変体だよ、変体。
若い女の子達が着替える場所のまん前で昼寝出来るかっ。
まだ熊の腕の中の方が安心だぜ。
その強い意志と共に、俺は平静を装いつつ立つ。
この程度で倒れる柔な男だと思われる訳にはいかんのだっ。
だが、これだけは聞かせて欲しい。
「・・・で、何で俺は殴られたんだっけ?」
「何事も無かった様に立ったと思ったら・・・。
呆れた、、、分かってないの?」
「おう!」
「何でそんなに元気がいいのよ・・・?
はぁ、いいわ、それならそれで。
さ、もうここ出るわよっ」
「出るって?」
「次の店に行くのよ」
・・・いや、ある程度は覚悟してたからここは素直に返事しておこう。
「あ、あと。
これ全部今から返すから」
そう言うと、零奈は試着室に纏めてある洋服全て担ぎ出した。
「へ?
それじゃ俺が見た意味無いだろ!?」
「ないわよ」
そういう返事を聞きたい訳じゃなくて、どういう理由で・・・。。。
あ~~もういいっす。
諦めました。
今日の俺は、目の前のお嬢様の忠実な執事なんだ。
このワガママお嬢様のね。
「はい、じゃこれ半分置いてきて」
俺自身のこれからを危ぶむ心の重さと、零奈が渡してきた服の重さが重なる。
あ・・・明らかに俺に渡した量の方が零奈の持ってる量より少ないっ!?
「お、おい、これって・・・」
「ほ~らっ、モタモタしないっ、つべこべ言わないっ!
先に行っちゃうわよ」
『ペシッ』と背中を軽く叩かれる。
「うおっと・・・バランス崩すから叩くなって」
「あはははは」
まぁ、いっつもこんな感じなんだけどね。
何だかんだ言ってもさ、何とな~く手伝っちまう俺がいる。
悪くは無いんだろうな、俺自身の感じる所ではきっと。
なんか、最後が今日の終わりみたいになってるけど、一応まだ朝だから。
この後も沢山色々ある訳で。
「お~い、急がないと置いてくわよ~。
迷子になったら迷子センターで名前呼ぶからね~。」
うおっと。
いけね、いけね。
それだけは勘弁だ。
迷子センターは無いだろ・・・ったく。。。
それじゃあな~。
続くっ!
知樹の鈍感さが、わざとらし過ぎて信じられない位ですが・・・。
すいません、彼にとってあれはマジです。
そういう性格なんです、はい。
零奈も素直じゃ無くて・・・でもそれがイイ。
しかし、ここだけの話、零奈はここまでツンデレにするつもりは
ありませんでしたね。
いつから、流れが変わったのか、いや初めからそうだったか。
ハッキリしないですが、いつもそうです。
とりあえず、後編は一体どの様な事が起きるのか。
構想としては・・・そうですね、いつもの様にやりますよ。
え?構想じゃないって?
いつもそうです、はい。