熱き戦いと冷ややかな瞳
しかし、アレだ。
憂鬱と言うわけじゃないけど、ダルい。
夏休み明け初日の下校中、誰もが思うであろう、そんなこと。
「明日から学校生活再開かぁ~~~」
左に俊一、右に零奈真ん中に俺という、本当に代わり映えの無い面子。
俺は思わずそう嘆いてしまった。
「・・・不服か?」
いつもどおりの姿で、平然とそう聞いてくる俊一。
お前には夏休み明けの学生の気持ちが備わってないのか。
「また縛られるだろ、時間的な意味でさ」
「休みに入って生活のリズムを変えるから悪いのよ。
いつもどおりに過ごせば問題ないの」
零奈、お前はいつからそんな保護者じみたことを言うようになったんだ。
「生活の中心が無くなったら、乱れるに決まってんだろ」
「・・・ふむ、そうだな。
それならば俺が三年前に開発した『誰でも規則正しく生活できるキャンディー』を試してみるか?」
「そんな危険そうなもんは、一かけらも口に入れん!」
何故いつも俊一は妙な物を開発しては、俺に食わそうとするのか。
夏休み明け初日からこんなノリ嫌だ。
「・・・まぁいい、それはまた誰かで試すとしてだ」
なんて奴だ。
「・・・・今日昼から知樹の家に集合だ」
待て待て!
勝手に人の家に集合予定にするな!
と、心の中でツッコミを入れるものの、そんな心の声は届くわけも無く―――――
「さて、それではこれから行うことを説明しよう」
―――気が付けば、俺、俊一、零奈に加え涼、ニーナまでもが俺の家のリビングに集合していた。
「また変な事考えてるんじゃないだろうな」
全員呼んだ時点で、良からぬ事を考えてる事は十中八九間違いないと思うけど。
「まさかな。
俺が今までやってきた事に変な事はあったか?」
「大体当てはまるだろうが、変な部類に」
「・・・まぁ、良い。
説明を始めるぞ」
と、まぁ、いろいろあったが一段落ついた所で、いよいよ本題。
本題って何のことだったか、もう分からないけどな。
「部活動の道場破りをする」
「また訳の分からない事言ってんな、オイ」
俊一から出た言葉は、やはり訳の分からない物だった。
「では説明しよう。
明日から俺達の学校のある部活動に挑戦状を叩き込み、そしてその部活の種目で勝負し、勝つ。
夏休み中に考え付いた最も良い企画だ」
言われないでも、何となく予想できるような事をさらっと言う俊一。
夏休み中に考え付いた他の企画の内容には踏み込まない。
聞かなくても解る、言わずもながな、だ。
「・・・出来るかどうかは別として、何の意味があるんだ?」
「目的はある。
ただ、誰しもが得するとは限らない。
と言うより、俺以外得しない」
「よく平気な顔して、そんな事いえるな」
何時もこの調子だぜ、ったく。
「・・・・・零奈はどうなんだ?」
「どうって言われてもねぇ・・・今まで反対して覆せたことがあった?」
屈服以外の選択は、元より無しかいっ。
涼は・・・・ダメだ。
もう目が輝いている。
ニーナもまた然り。
俊一のやる事にワクワクを感じてしまうらしい、こいつらの脳を見てみたい。
「仕方ない、付き合ってやるかぁ・・・」
いつも結局はこうなるんだよなぁ・・・。
「日時は明日」
「って、早速明日か!?」
「そして、その相手は・・・野球部」
「野球か!?
それじゃ人数が足らなくないか!?」
「俺一人で10人分はカバーできる。
むしろこちらが反則級の人数だ」
なら1人でやってみろ。
とか言ったら本当に出来そうなので言わないでおこう。
「・・・良かったら私の友達、紹介しよっか?」
「頼む」
「応答早ッ!?
さっきまでの自身は何処に!?」
「人数は多い方がいい」
いざとなれば、ルールはこちらで何とか交渉する」
それなら紹介してもらう意味無いんじゃ・・・。
その後は直ぐに解散となって明日に備えるよう言われたけど、備え方が分からないからそのまま翌日へ~~~~。
「じゃ、紹介するわ、隣のC組の彩音 冬香ちゃん」
「・・・・(ペコリ)・・・・」
彩音 冬香と紹介されたこの女子生徒は一言も口にせず、ただ軽く会釈をした。
出会ったばかりで判断するのはどうかとは思うけど、変わったオーラがバンバンに出ているような気がする。
いや、見た目は普通に、色白、綺麗な黒髪ロングヘアーで大人しそうな感じなんだけど、雰囲気の話な。
明らかに無表情だよ・・・な?
「あ・・・・え~と、俺はB組の朝倉 知樹。
こっちの俊一と零奈とは幼馴染なんだ、よろしくな」
「・・・(こくっ)・・・・」
反応、頷くのみ。
「で、俺は3人と同じクラスの白沢 涼な。
好きなように呼んでくれて構わないぜ。
よろしくっ!!」
「・・・・(こくっ)・・・」
反応、頷くのみ。
会話が続かない。
考えてることが分からないし、読めない。
「あ・・・・そ、そうだっ。
私は冬香って呼んでるんだけど、改めて呼び名を考えよっか!」
何時もはこんなんじゃないのか、零奈も焦る始末。
「は、ハイッ!リクエスト沢山あります!」
「言ってみて!」
何とか場を盛り上げようとがんばる零奈と涼。
がんばれ二人とも、俺?
うん、見てるだけ。
「彩音から取って[あやっち]とか冬香から[冬っち]とか[冬ちゃん]とか・・・」
どれも苦しいだろ。
「どれも微妙ね・・・・ねぇ、冬香はどれが良い?」
おお、流石零奈。
話への引き込み方が上手い。
「・・・・冬香で良い」
初めて口を開いた、が、声が小さすぎて耳を澄まさないと聞こえない。
「お、俺の考えた会心のネーミングがオールスルーだと?
明日は雪だ、天変地異が起こるぞ・・・多分」
涼よ。
仕方ない、相手が悪いのさ、雪は降らんと思うけど。
・・・同情している場合じゃねぇや。
「ちょっと零奈良いか?」
「え・・・ちょ・・・ちょっと!!」
俺は零奈の手首を付かんで、皆から少し離れた所に引っ張る。
「あの子・・・いつもあんな感じか?
絡み難いにも程があるぞ?」
「何時もはもう少し話すんだけど・・・・今日は調子が悪いのかなぁ」
調子悪くても普通返答くらいするだろっ。
「アレよりもう少しって事は普段からほぼ無口じゃ・・・・」
「ま、まぁ大丈夫。
いざと言う時には頼りになるから。
あの子ね少しだけ変わってるだけだから、仲良くしてあげて!」
「仲良くはするけどさ・・・・頼りになるのか?
見た目で判断するのも何だけどさ、スポーツやるんだぞ、俺達」
「それは大丈夫!
私が保証する!」
「どうして断言出来るんだよ?」
「それはゲームが始まってからのお楽しみね。
それじゃ戻るわよっ!」
と、まぁ何が何だか分からず、とうとう決戦の時間、放課後がやってきてしまった。
9月の残暑の中運動場へ制服のまま入り込む俺達は、周りからどう見えるのか。
しかも先生であるはずのニーナまで混じっているから、さらに目立つ。
冬香もずっとあの調子だし・・・・大丈夫か?
しかも最初から野球部って言うのも難儀だ。
勝負を頼んで受けてくれるかも分からない。
だめだ、心配事が多すぎる。
と、俺の心配とは裏腹に、俊一は野球部のキャプテンらしき人物の元へとスタスタと歩いていく。
そして少し会話を交わしたかと思うと、すぐに戻ってきて真顔でこういった。
「勝負はホームラン競争だ。
ただしピッチャーは各チームから選抜、手加減なしでボールを投げる」
「試合出来るのか!?」
「あぁ」
「・・・・いったい今度はどんな脅しを仕掛けやがった?」
「脅しじゃない。
ただ、女性のマネージャ不足で困っている野球部には持って来いの条件を出した」
そう言って、零奈を横目でチラッとみる俊一。
「まさか・・・お前・・・・」
「案ずるな、許可は取ってあるし、向こうが勝てばの話だ」
「いいのかよ、零奈」
「うん、だって多分負けないし。
それに、この前野球部の先生が『もう直ぐ大会なのに部員にやる気が見られない』って困ってたし。
私たちが勝てばやる気出るんじゃない?」
そう言ってニッコリ笑う零奈。
「勝つっていう保障も無いだろ・・・」
「だってこっちのピッチャー俊一でしょ?
打たれないよ、きっと、うちの野球部って実績もそんな無いし」
むっ・・・妙な説得力が。。。
確かにパーフェクトマンの俊一が打たれるような事は無いとは思いたい。
だが、相手は毎日練習を積んでいる訳だし、勝てるとも限らない。
「そういう訳だ。
とりあえず、我々の仲間を欲に満ち溢れた男共の集団に渡すわけにはいかない。
各々頑張ろうではないか」
いい事言ってるつもりかも知れないけど、その仲間を渡す条件を考えたの誰だって~の。
さて、いよいよ試合開始となる訳だけど、色々疑問点がある。
「なぁ、俊一?
ホームラン競争ってのは人数的に考えて妥当かもしれないけどな、詳しいルールを聞いてないんだけど」
ピッチング練習をしている俊一に聞いてみる。
ちなみにキャッチャーは涼となった。
「ごく単純だ。
普通のホームラン競争とは全く別物だが。
各チーム全員が1アウトするまで打って、ホームランの本数を競う。
ホームランの基準は向こうが決めたらしいが、女性は基準が若干短めだ」
確かに超単純だ。
「けど冷静に考えてみれば、全力投球の球を打ち尚且つホームランって、中々出来るもんじゃないだろ」
「何時からそんなネガティブ思考になった?
お前はネガティヴ知樹か?それともポジティブ知樹か?どっちなんだ」
「どっちでもねぇよ!」
三流芸人みたいなニックネームは止めてくれ。
「・・・さて、そろそろ始まるようだ。
兎に角だ。
最初に向こうが全員打ってその後が俺達だから、なるべく俺が抑えればそれだけ楽になる。
大船に乗ったつもりで待っていろ」
信用・・・すべきか?
俊一がマウンドに立つ。
キャッチャーはそのまま涼が担当するみたいだな。
何故か他の部活の部員もちらほらとグラウンドの周りで試合を観戦しに着ている様で、
女子生徒に関しては俊一に対し黄色い声援を送っていた。
敵側のバッターが構える。
流石野球部、体格はガッチリしていて、いかにもと言った感じだ。
俊一が振りかぶり、ボールを投げた。
(パァン!)
軌道はストレート、だけど球のスピードはバッティングセンターでも良く見るような速度。
素人が投げるにしては十分な球速。
でもバッターの顔が少し緩んだように見えた。
どうも予想よりも大分遅かったみたいだ。
2球目、またもや同じような速度だったけども、バッターはそのまま見送った。
力量を測っているのかどうかは分からないが、そうであれば3球目必ずタイミングを合わせてくる。
まずいぞ俊一・・・。
「俊一~~もっと工夫しろ~、ストレートばっかじゃ絶対打たれるから~」
涼も心配したのか、ストレートしか投げない俊一に対し言葉を投げかけた。
だが俊一から返ってきたのは思いもよらない言葉。
「お前が取れるなら本気出してやってもいいが」
辺りが静まり返った。
今までのが全部本気じゃない?
それでもそこそこの球速はあったぞ?
「あ・・・あぁ、とりあえず投げてみてくれ」
涼も若干驚いたのか声が強張っているように聞こえる。
試合再開と同時に俊一が大きく振りかぶる。
そして手から離れたボールは・・・・・・。
(パァァン!!!!)
さっきの2球とは桁違いの音を立ててキャッチャーミットに吸い込まれた。
「うぉ・・・・・」
思わず声が漏れちまった。
速球・・・いや剛速球って言ったほうが良いかもな。
テレビ以外で見たこと無いぞ、あんなの。
「・・・・・ば・・・バッターアウト!!」
審判の一人が思い出したように声を出すと、バッターは首を振り、呆れながら仲間の元へと歩いていった。
素人があんな肩持ってたら誰だって呆れるわな・・・。
「次」
俊一が先程の出来事を、さも当然かのように冷めた顔でそう言った。
「は・・・はい」
・・・・上級生なんだろうけど、年下の俊一相手に完全に怯えている。
さっきの球速を見た後ってのもあるだろうけど、多分威圧感が凄いんだろうな、俊一の。
相手側のバッターは緊張気味にバットを構える。
人間を相手にしている心地がしてないんだろうな、きっと。
そんで案の定――――
(パァァン!!)
(パァァン!!!
(パァァン!!!!)
「バッターーーアウト!!!」
――――三振。
タイミングは合ってきているけど、当たらないのか。
ったく・・・怪物すぎだろ、あいつ。
しっかしあれだ。
何年間か積み上げてきたプライドがあっさりと崩される先輩方の気持ちを考えると、どうもいい心地がしない。
・・・・・多分勝っちゃうんだろうけど。
「涼」
「どうした~~~?」
二人目を討ち取った直後、唐突に俊一が涼を呼んだ。
まだ何かあるのかよ。
「・・・そろそろ変化球を使おうと思うんだが」
「お・・・お前、変化球まで投げれるのか!?」
涼が驚きの声を上げる。
「投げれるかどうかは分からん。
今さっき投げ方を考えたからな」
「今考えた!?」
いや、普通変化球ってのは握り方とかがあってさ。。。
そういうのを研究してようやく投げれるように・・・。
「ああ、投げながら恐らくこうすれば、こう飛ぶだろうとたった今思いついた」
もう言ってることが意味不明です。
その後俊一は見事に変化球を使いこなし5人を討ち取った。
残り1人か・・・・・。
「まさかウチの野球部員がこうも簡単にやられるとは・・・・。
だが、俺もキャプテンとしての意地がある。
来いっ!!」
最後の打者である野球部のキャプテンは、もうやる気十分ってな感じで構えている。
その最後まで諦めない姿に、俺も敵ながらに応援してしまう、悪い気もするけどな。
周りからも、盛大なキャプテンコールが巻き起こっていた。
ただし男子限定だけど。
だけど俊一はその姿を見ても顔色変えずに振りかぶり――――投げる――――ボールはキャッチャーミットへ。
あぁ~、と言う溜息が周りからも聞こえてくる。
でも、以外にも打者は冷静を保っているみたいだ。
一呼吸おいてまたバットを構える。
うむ、格好良い。
部のプライド、部員の為、何よりも自分の意地の為。
その頑張っている姿は男の俺から見ても『漢』だ。
パァァァン!!!
だが、聞こえてきたのは爽快感のある金属音では無く、乾いた空しいまでの音。
「っく!!!」
思わず打者は顔を顰める。
悔しさからか、情けなさからかは分からない。
でも俺には、いや多分この場にいる全員が野球部キャプテンの目から流れ出るものに気が付いた。
「何を弱気になっている」
俊一が何時もの淡白な表情で打者へ呼びかける。
「っ・・・素人相手にここまでやられたら―――――」
「・・・ン・・・・キャ・・・・キャプテン!!」
突然。
野球部員たちが、キャプテンへ言葉を投げ始めた。
「キャプテン!頑張ってください!!」
「諦めちゃダメです!キャプテン!!」
「キャプテン!」「キャプテン!!!」
「あれ程お前を応援する者がいる。
それを裏切るのか」
その呼びかけの対象は、一瞬ポカンという間の抜けた顔をした。
が、もう一度バットを強く握ると、コクッ、と小さく部員達へ頷きバットを構えた。
その瞳の力はさっきよりも更に強くなっていて、何か起こしそうな、そんな気がした。
うん、しかしあれだ。
この小説ってこんな感じだったっけ。
ふと現実に戻ってみたりすると、なんか嘘くさい展開に見えてきたり。
「涼、作戦会議だ」
俊一が真顔でそういった。
俊一は涼の元へ歩み寄る。
そして、2、3程言葉を交わすと俊一はマウンドへゆっくり戻った。
おいおい・・・・最後の最後はキッチリ抑えようってか。
そりゃ無いだろ、勝負とは言え。。。。
だが、俺の心の声なんて届くはずも無く俊一はボールを思い切り――――――
―――――――カキィィィィィーー--‐‐・・・・・・・・ン――――
乾いた音がグラウンド中に響いた。
『ワァァァーーーーー!!!!!』
そして、歓声。
キャプテンは腕を高く上げ部員へガッツポーズ。
ボールを投げた本人は――――――――飛んでいく球を見ようともせず、ただ小さく笑っていた。
「悪い。
打たれてしまった」
俊一が俺達の元へ戻ってくると、ただ一言だけそう言った。
だけど、俊一に言い寄る奴なんて一人もいない。
多分、皆その理由は同じだろう。
「ったく、謝んなよ。
わざと打たれておいて」
多分、コイツは涼に次のコースを告げる際に、打者に聞こえるように言ったに違いない。
直球のど真ん中ってな。
直球なら部のキャプテンともなれば打てない事も無いと想定してさ。
普通、作戦を話し合う際はマウンドで行われるけど、こいつは涼の元へ向かったから、それも確信犯。
「わざと?
何の事だ?」
「白々しいっての」
「まぁいい・・・それでは気を取り直し、次はこちらが撃つ番だ」
・・・・あ、そうか。
なんか試合終了みたいな雰囲気だったけど、まだあるんだった。
・・・・って!
やばくないか・・・?
俊一は打てるにしろ、俺とか涼が打てるとは限らないし、あとは女子しかいない訳だろ?
つまり、仮に俊一が打ったとしてもだ、勝つにはもう一本必要だ。
でも、最低引き分けは出来たも同然か・・・とりあえずは一安s―――――
「言い忘れてたが引き分けは負けということになっている。
俺以外にもう一人打ってもらわなければ困る」
―――――前言撤回、頑張ろっと。
ピッチャーは先程高々とホームランを打った野球部キャプテンか。
ピッチングを見てる限り球の速度は中々の物で、俺でも打てるかどうかは解らない。
・・・多分打てない。
1番・・・・涼。
「うおしゃぁぁぁぁ~~~!
ブラジルまで吹っ飛ばすっっ」
俺と違って気合十分。
だけど、空回りだけは止してくれよ、頼むから。
一球目『ブンッ・・・パシィィン』
空振り。
二球目『ブンッ・・・パシィィン』
空振り。
三球目『ブンッ・・・パシィィン!』
空振り三振。
そして、申し訳なさそうに戻りながらこう言った。
「気持ちでは勝ってたかも」
「気持ちぐらい確信持てよ!」
出来の悪いコントかよ。
「でもまぁ、アレだと俺も到底打てる気がしないからな。
今回ばかりは仕方ない気がするけど」
「おお!やっぱり知樹は分かってる!
あれは幾らなんでも―――――――「違う」―――――・・・・へ?」
涼の言葉の間に何の前触れも無く入ってきたのは、あの冬香だった。
「違う。
気持ちで負けてたから、打てなかった。
大体ボールをよく見ていれば――――」
表情は真顔のままだ。
コワイ・・・・。
「おい零奈・・・・冬香のキャラ変わってないか?」
零奈にこっそり聞いてみる。
「あの子ね、実は勝負事になると性格が急に変わっちゃって。
普段は大人しくて優しい子なんだけど、それが急変してこんなキャラになっちゃう訳。
女の子には結構優しいんだけど、あの豹変振りに皆ドン引きしちゃってさ・・・いつも一人みたいだから私達くらいは、と思って誘ってみたの」
そりゃまぁ、また濃いキャラが登場したな。。。
話を聞くに悪い子じゃなさそうだけども――――――
「・・・・次何かで手を抜いたら抹殺」
――――う~ん、コワイ。
『ポンッ』
トボトボと涼がこちらに向かってきて、俺の肩に手を乗せた。
「・・・悪い知樹。
俺、泣いてくる」
そして生気を無くした声で囁き、俺の後方へそのまま歩いていった。
おう、精一杯泣いて来い、涼。
「うむ、では涼には罰として・・・・後で俺が開発した薬でも飲ませるか」
俺の隣で俊一が腕組みをしながら、一言また物騒な事を呟いた。
「・・・何のだよ」
「『ゲロが出るまで吐き続ける薬』だ」
結局、嘔吐しっぱなしじゃねぇかよ、それ。
お食事中の方すみませんでした、聞いた俺がバカでした。
「あっ、次あたしだ」
そうだ。
順番は確か、涼、零奈、ニーナ、俺、冬香、俊一だった。
つまり、次は零奈。
「おう、頑張って来いよ」
「うん、まぁ頑張る」
と言って笑顔でVサインする零奈。
気ぃ抜いてっと冬香に怒られるぞ~。
つっても、零奈ならきっと大丈夫だ。
少なくとも三振は無いだろう。
まぁ、そんな事を思っていても、零奈がバッターボックスに立つと妙に緊張する。
「いよ~っし、ブラジルだとちょっと遠いから・・・チリ位まで飛ばそっか」
いや、大して変わって無いっす、零奈さん。
同じ南米大陸だから。
「う~ん・・・チリって細長いからチリに飛ばすの結構難しいと思うんだけど」
「いいや、バッターボックスで打ち返す方向は北西方向。
どうあがいてもブラジルとチリではファウルだ。
狙うならロシア辺りが一番楽だろう、的も大きい」
「いや、それ以前の問題かと」
ニーナも俊一も、まともにやる気があるのか理解出来ないっす。
『カキィィーーーーン!!!』
「って、おい打ってるよ!?」
それも結構大きいぞ・・・・・・・・あ、センターに取られた。
「う~ん、無理だったわね、ゴメン」
結構悔しかったのか、残念そうな顔をして零奈が帰ってきた。
「いや、よく打てたよ、ホント。
打てなかった男子もいるんだから気にすんなって。
な、冬香」
「・・・(こくっ)・・・」
その~無言で頷かれると、俺が間違ってるみたいで怖いです。
「よ~し、じゃあベースボールの本場出身らしい所を見せてあげようっ!」
次はニーナか。
それっぽい事言っても、安心できない。
第一ニーナは野球をやった事があるのか???
質問する間もなく、自信満々にバットを構えるニーナ。
「今、私の体にベーブ・ルースが乗り移ってきたよっ!」
嘘は止めろ。
「えいっ!」
『コンッ・・・コロコロコロ・・・パシッ』
・・・・ピ、ピッチャーゴロ。
この展開でこんな面白くない打席を生み出せるとは。
「かなり優秀なベーブ・ルースだったな」
「う~ん、乗り移ったのは別人だったのかなぁ」
誰も乗り移ってねぇよ。
っといけね、次俺の番かよ。
ここらで一発打っておかないと大変な事になるぞ。
俺はとりあえずバットを持って感覚を確かめた。
まぁ、まずまず。
いざ、戦いの場へ!
「トモ~私の分も頑張ってね~」
「知樹~、打たなかったら許さないわよ~」
ええい、女性陣の声援なのかヤジなのか分からんが、プレッシャーかけるなっ。
とか何とか言っちゃてる内にピッチャー構えてるしっ・・!!
「ちっくしょ・・・当たれぇぇいい!!」
ブンッ!と空を切り裂く俺のバット。
もちろん掠りもしていない。
「な~にやってんのぉ~~~知樹~~~!!」
「インドまで打つって言ってたでしょ~」
「そうだそうだ~~!!」
「あ~~~~黙って聞いてりゃおい!
全然っ集中出来ないだろっ!
第一インドまで打つとか言ってないしっ!!
てか、最後に何で涼まで加わってんだよ!!??
お前だって打てなかっただろうがっ!!!
俺は集中すれば・・・・!!!」
「・・・・・・・・・・・」
睨まれてるっ・・・冷めた表情のまんま冬香がこっちを睨んでるっ・・・・。
「はぁ、頑張れば良いんでしょ、頑張れば~~~。
はい、どうぞ投げてくださ~い」
ピッチャーこっちの雰囲気を察して投げるのを待っててくれたみたいなので、軽く言葉を送るとさっきと同じフォーム、そしてボールは同じような速度で飛んできた。
・・・・見えたッ!!!
「うぉらっ!!!!」
『カキキィィィーーン―――――――』
当たったボールは視界には入ってこない。
多分、ボールは俺の大体斜め後ろの方向へ飛んでいった。
ちっ・・・ファールか、でもこれなら多少は冬香の視線も和らぐはず―――――そう思い冬香を含め仲間の方向を体ごと向けた。
『ヒューーーーー・・・・ベターンッ!・・・・・』
俺が振り向いてコンマ数秒後、俺の目に映ったのは、上空から降ってきたボールが、それを見つめていた冬香のおでこに直撃するシーンであった。
そのまま固まる冬香、俺の体もしかり。
・・・・・なんてこった。
こんなミラクルが起こるのか、最悪だ。
よりによって冬香のおでこに当てちまうとは・・・・。
「あ・・・・あの、ごめん」
足を動かすことも出来ず、その場で謝罪する俺。
たぶん表情は引きつっている。
「続けて」
当たった箇所が腫れているが、冬香は無表情でそう言った。
いや、無表情ではあるけど、怒ってる、ゼッタイオコッテル!!
打たないといけない、死んでも打たねばっ!!
冬香の言葉にピッチャーもびびっているのか、直ぐに第三球が飛んできた。
「うおおぉぉぉ・・・!!!!!!!」
『ブンッ・・・・・・パシッ』
30秒後。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なんだろう。
この俺と冬香との間に広がる異空間は、なんか冬香の瞳に吸い込まれそうな、吸収されて地獄へ落ちんじゃないか。
気まずいとか、そんなレベルじゃないっす、はい。
「見てて」
「は、はい」
見る、ってのは冬香のバッティングを?
いやいやまさか、冬香は零奈より小柄だしそんなホームランだなんて・・・・。
『カキーーーーン!!!!』
打ってるし。
てくてく、と無表情で歩いて帰ってくる冬香。
「・・・二回も見てたのに何で打てないの、グズ」
あ・・・・あぁ、今俺の中で・・・・ハートとか色々なものが、粉々に砕ける音がした。
・・・・ま、まぁ俺はともかく。
その後の結果は予想通り、最後に俊一が普通にホームランを打ってお終い。
あいつ曰く「ロシアは無理だったが、香港くらいなら飛ばせる」だそうだ。
え?詳しく話せって?
俊一の魅せるシーンなんて、これ以上は御免だ。
いつもみたいに冷めた顔で戻ってきたよ。
何はともあれ、野球部員も終わった後、燃えてたし、良かったろ。
いい事したのかは分からないけど。
ただあの後、、、俊一は野球部の顧問と何やら話をしていた。
ちょっと気になる、しかし、それより俺はこの後、冬香に何を言われるかの方が心配な訳で。
「・・・・あれ、零奈。
冬香は?」」
野球部員達が、練習を再開し始めた頃。
ボールを当ててしまった事を一言謝ろうと、冬香を探したが見当たらなかったので、
近くにいた、零奈に聞いてみる。
「ん?
もうとっくに帰っちゃったわよ?俊一がホームラン打つのと同時くらいにね。
どうして?」
いつの間に。
本当に音も無く去って行ったな。。。
「さっきの事、もう一回ちゃんと謝ろうと思ってさ」
「あ、駄目な奴~、冬香のおでこ赤くなってたのに。
でも、どうしよ~、家までは知らないのよね、私・・・」
い、いや、俺が悪いのは重々承知です。
ですから、そのわざとらしい言い方と蔑む様な目を止め下さい、俺にMッ気は無いですっ!
「そ、そうか、明日から週末だし、早めに謝りたいしな。
どうすっかな・・・」
ホント困った。
「アドレスは知ってるんだけどね、ちゃんと謝った方がいいわよね~・・・・あ、そうだ」
少し考え込んだ後に零奈は何か思いついたのか、手の平にぽんっと相槌を打った。
「明日さ、せっかく休みなんだし、皆で一緒に遊びに行こうよ。
俊一とか涼とか、ニーナも誘ってさ、楽しく過ごしたらきっと冬香も喜んでくれるかもよ」
確かに。
流石と言うか何と言うか。
・・・ただ、零奈自身が遊びに行きたいだけかもしれないけど。。。。
「そうだな。
そうしよう」
「やったぁ。
それじゃ決定ね!
じゃ、明日っ、冬香以外には知樹が連絡しておいてね~」
やったぁ、て。
やっぱり、遊びに行きたいだけじゃないのか・・・・・。
次話へ続く~。
新キャラ登場です。
こういうクールなキャラは俊一と被りそうですが、ご心配なく。
俊一は唯一無二の存在です。(キリッ
この後も冬香は色々活躍できそうなので頻繁に出てくるかと。
うん、面白そうだし。
ではでは。