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柩を抱きながら  作者:
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001

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 とある静かな住宅街にお城かと見まごうような白亜の豪邸がありました。


 森のような庭の遥か奥にある、まるでお城のような建物。

 白亜の屋敷は建物の全貌が見渡せないような規模で、幼い少女ならお姫様が住んでいるお城と表現してもおかしくない佇まい。

 錆びひとつ浮いていない大きな黒いアームの門扉。

 そこから覗く森のような園庭に生える木々は兎や子供や猫や卵の形。

 その奥に微かに見える両開きの重厚な木製の扉。

 曇りひとつない窓硝子、フリルがふんだんに使われた白いカーテン。

 昼間は窓が開いていることもあれば、夕方になると多くの窓には暖かな色合いの光が灯り、

今にも楽しげな笑い声が聞こえてきそう。


 だが、その豪邸は佇まいと正反対に不気味な『幽霊屋敷』と古風な呼び名で呼ばれていました。


 幽霊が出現する噂があるわけでもなく、過去に墓地や沼や怪しげな建物が建っていた

跡地でもないのに・・・。


 そして、その窓から一瞬覗くカーテンよりも純白のスカート姿で踊るように駆け回る少女。

 そして、その窓から更に一瞬だけ覗く折り目の美しい漆黒のズボンを履いた青年。

 そして、そして、更に慌しく何かに追い立てられる様にかけるようにパタパタと駆けている

濃紺のスカートに白いエプロンをした少女らしき姿。


 驚くほど広い屋敷の中で姿を確認できるのはその3人の姿だけなのです。

 ご近所の噂好きの奥様が耳を澄ましても、夢見がちな少女たちが覗き見ても、それ以外の人影を

見た人はいないのです。


 更にそれらの3人が外へ出るところを見た人もいない。

 人が尋ねてくるところさえも・・・。

 それらが噂を呼んで、誰が言い出したのか『幽霊屋敷』。

 ただ、その屋敷の中にはオフェーリアが住んでいるわけでも白雪姫が住んでいるわけでもありません。

 そのお屋敷の中には・・・・・・・・・。



「本当に申し訳ありません」


 か細い少女の声が申し訳なさそうに聞こえてきた。

 濃紺の襟高の膝丈のスカートのメイド服に、白いフリルをふんだんに使ったエプロンと、

頭に大きなリボンを乗せ(られ)た少女だ。今にも泣き出しそうにイジイジとエプロン端を

握り締めている。

 前髪が完全に目を隠していて、表情が読み取れない。


「どうして謝るの・・・、時子さん」

 不満というよりも、困惑した声が返ってきた。

 場所は大きなテーブルが真ん中に置かれた、大きな部屋の中だ。

 やたらとパステルカラーのレースが多用されたドールハウスのようロココ調の少女趣味な内装。

 ベットには天蓋が付き、ドレッサーからはワンピースや時子の頭に乗っているのと同じ形のリボンが

はみ出ている。

「10段は10段だもの。」

 目の前の10段に積まれたホットケーキらしきものを満足げに見上げて、ナイフとフォークを持った

少女がにこやかに微笑んだ。


 黒い髪はゆるく波打って、その艶やかな髪が包み込むのは小さく端整な顔。

 黒目がちな大きな瞳は長い睫毛に縁取られ、うるうると潤んでいる。

 大理石から削りだしたような滑らかな肌に、淡く口紅が引かれた小さな唇。決して派手なメイクを

している訳でもないのに、人目を引く顔立ち。

 年の頃は16、7歳。

 まるで作られた人形のように見える。

「・・・お召し上がりになる・・・おつもりですか?」

「・・・駄目?」

 くるりとした大きな瞳で見詰められて二の句が継げなくなってしまった。

「く・・・黒焦げですよ・・・?炭ですよ?」

 つっかえながら、ようやくそれだけ言うと、

「時子さんが作ってくれたんですもの!」

 満面の笑顔を返されて時子は罪悪感で一杯になってしまった。

 お嬢様と呼ばれた少女の目の前に鎮座しているのはあくまで、ホットケーキらしきものの

10段重ねなのだ。


 本来のこんがりとしたきつね色のホットケーキではなく、ほぼ炭の大きな塊と化しているのだ。

「10段のホットケーキが食べたいと言ったのは私だもの」

 時子はこの時ほど、自分の不器用さ、料理音痴なことを後悔したことは無かった。

「あの、あの・・・私が自分で食べますので、お嬢様は椿山さんがお作りになったお食事を召し

上がってくださった方が・・・」

 そう涙目で訴えかけると、お嬢様はナイフとフォークを持った手を胸元に寄せほんのりと頬を桃色に

染め背中まである髪を大きく揺らし、両目を強く瞑りながら小刻みに震えだした。

「はぁぁぁ、こんな可愛らしい時子さんが悪戦苦闘して作ってくれた『作品』が食べられないなんて、

わたくしにとって拷問ですわ!」

「そ、それは、召し上がっていただいた方が、私にとっては拷問です・・・」

 そもそも、料理などしたこともない時子を捕まえて、絵本の中の10段重ねのホットケーキを食べたいと言い出したのは、お嬢様こと三宮桜子なのだ。

 しかし・・・、しかしなのだ。


 時子と呼ばているメイド姿の少女が本格的に泣き出しそうになった時、テーブルからはるか離れた

扉からノックの音が響いた。

「椿山です。失礼いたします」

 時子が救われたように顔を上げた。

 ノックの主は返事も聞かずに扉を開けた。

「時子君を困らせているのか、ご自分のM属性を満足させてらっしゃるのか分かりませんが、悪趣味な

ことには変わりませんね」


 聞こえよがしに呟きながら入ってきたのは、椿山と名乗った青年だ。

 時代遅れともいえる漆黒の燕尾服を着こなし、白い手袋の手には純白のチャイナボーンのボウルに

山盛りの生クリームを抱えている。


 髪を後ろに撫でつけ、つり上がり気味の目に冷めた光を湛え、形の良い唇を真一文字に結んでいる。

 時子は椿山が社交辞令と嘲る以外で笑っているのを見たことがない。

 長い足を素早く動かし、あっという間に桜子と時この前まで歩いてきた。

「時子君も10枚焼いて上達しないとは・・・、桜子様と似ているのは外見だけではないのですね」

「す・・・すみません」

 丁寧な言葉に誤魔化されそうになったが、何やら皮肉を言われたらしい。

「椿山?そんなに誉めても何も出ませんよ?」

 時子は慌てて頭を下げ、桜子が何故か嬉しそうに見当違いの返事をする。

「どうして時子さんが謝るの?時子さんは悪くないわ」

「ええ、そうですね。悪いのは桜子様です」

 そう言いながら、ボウルの中のデザートスプーンでクリームを多量に取るとホットケーキらしきものにどっさりと塗りつけた。

 これで少しはマシに食べれるだろうと言わんばかりだ。


「時子君が心身共に鈍いのは、ここ1ヶ月で十二分にわかっているはず。それを敢えてこのようなこと・・・失敗して恥じ入る姿を見たかっただけでしょう」

「えぇ?!」

 時子が頭を下げたまま、目を見開いたまま(いろんな意味で)驚きの声を上げると、桜子は

心底嬉しそうに、

「だって、可愛いんだもの!」

そう言ってのけた。


しかも笑顔で。


「クリームはここに置いておきます。桜子様、時子君をお借りいたします」

 椿山が顔の筋肉をぴくりともさせないまま言い切ると、桜子はクリームを指で掬いながら、

きょとんと椿山青年を見上げた。

「どうして?」

「少々手伝ってもらいたいことが・・・・」

「やだ」

一瞬にして場の空気が凍りついた。


 椿山はゆっくりと眼を瞑り、ゆっくりと開いた。

 感情を抑えたのだろう。

 時子は心臓が縮こまる気がした。


「時子君には桜子様のお相手もお願いしていますが、それよりもメイドとしての仕事を

優先してもらいます」

 少し声の調子を強めて椿山が言い聞かすように口を開いた。

「やだ」

「ですから・・・」

「椿山、この屋敷の主は誰?」

 時子がどきりとするくらい冷たい声。

「三宮桜子様です」

「じゃぁ、私の命令を聞いて。時子さんはわたくしとお茶の時間を楽しむの」

「そのホットケーキで、ですか?」

「そうよ?何か文句でもあるのかしら?」


 椿山は大きく溜め息をつくと、頭を下げたままの時子の方を向いて、

「桜子様のお相手が済んだら、厨房へ来て下さい」

と、一言言うと、来た時と同じように颯爽と出て行った。


「あ、あの桜子様・・・」

 時子がわたわたとしゃべりかけると、桜子がその言葉を遮った。

「心配しないで、時子さん。私たちにはアレが普通なのよ?」



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