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第7話 おかわり、という名の最高の賛辞

 老執事のギルバートに先導され、私は城の長い廊下を歩いていた。

 手にした木の皿から漂う、焼きたてのパンと香草の匂いが、私の不安な心を少しだけ落ち着かせてくれる。


(ヴィンセント様、気に入ってくださるかしら……)


 やがて重厚な扉の前でギルバートが足を止める。


「旦那様、エリアーナ様をお連れいたしました」

「……入れ」


 中から聞こえてきたのは、低く、少し疲れたような声だった。

 そっと中へ入ると、そこは天井まで届きそうな本棚と、膨大な量の書類の山に埋もれた執務室だった。


 ヴィンセント公爵は、その書類の山の向こうで、眉間に深い皺を寄せながらペンを走らせている。

 私が来たことにも気づいていないようだ。


 『氷の悪魔』と呼ばれる彼の、公爵としての顔。その激務を垣間見て、私は息を呑んだ。


「あ、あの……お食事を、お持ちいたしました」


 私が声をかけると、彼はようやく顔を上げた。そして、その視線は私を通り越し、私が持つ皿の上にある「サンドイッチ」に釘付けになった。


「……それは、なんだ」

「サンドイッチ、と申します。パンに具材を挟んだ、手軽に召し上がれるお料理です」


 私がおずおずと皿を机の空いたスペースに置くと、彼は興味深そうにそれを手に取った。書類を持ったままでも食べられる、その形にまず少し驚いたようだった。 

 そして、大きな口で、塩漬け肉のサンドイッチをがぶりと一口。

 サクッ、という軽やかな音。


 次の瞬間、彼の動きがぴたりと止まった。

 その深い青の瞳が、驚きに見開かれている。

何かを確かめるように、ゆっくりと咀嚼し、ごくりと飲み込むと、今度は迷うことなく、もっと大きな一口でサンドイッチを頬張った。


 私はただ、彼の反応を固唾をのんで見守っていた。あっという間に、二つのサンドイッチが彼の胃の中に消えていく。


 そして、訪れる沈黙。

 皿の上は空っぽだ。ヴィンセント公爵は、難しい顔で何かを考え込んでいる。


(だ、駄目だったのかしら……。やっぱり、こんな庶民的なものは、お口に合わなかった……?)


 私の顔から、さっと血の気が引いていく。

 どのくらいの時間が経っただろうか。沈黙を破り、ヴィンセント公爵が低い声でぽつりと呟いた。


「……もう一つ、ないのか」

「えっ?」


 予想外の言葉に、私は思わず聞き返す。

 すると彼は、少しだけバツが悪そうに、視線を逸らしながら、もう一度、今度ははっきりと言った。 


「……おかわりだ」


 その瞬間、私の心の中に、ぱあっと温かい光が広がった。


「おかわり」


 それは、どんな賛辞よりも嬉しい、最高の褒め言葉だった。 


「はいっ! ただいま、すぐに!」


 自然と笑みがこぼれる。

 私が嬉しそうに頷くと、ヴィンセント公爵の氷のような表情が、ほんのわずかに、本当にごくわずかに和らいだ気がした。


 私は急いで皿を手に取り、くるりと踵を返す。早く、もっとたくさん作って差し上げたい。その一心で扉に向かった。


「待て」


 しかし、背後から呼び止められ、私はびくりと振り返る。


「明日から、毎朝これを作れ。朝食は執務室でとる」


 それは命令だった。

 けれど、私を正式に、この城の料理番として認めてくれた、何より嬉しい命令だった。


「はい、喜んで!」


 私が力強く返事をすると、彼は満足そうに頷き、そして続けた。


「それと……明日は朝から領内の視察に出る。そのための『弁当』も用意しろ」


『弁当』。

 初めて、はっきりと頼まれた、私のための仕事。

 私の新しい人生が、本当にここから始まる。

胸の高鳴りを抑えながら、私は力強く頷いた。


「お任せください!」


 私の心は、明日作る初めての「お弁当」への期待で、いっぱいに膨らんでいた。

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