最終話 未来へ続く、私たちの『お弁当』
あの夜から数ヶ月後。
アシュフォード公爵領に長く厳しい冬が終わりを告げ、柔らかな日差しと共に、待ちわびた春が訪れた。
そして今日、この城は、今までで一番の喜びに満ち溢れている。
私とヴィンセント様の結婚式の日だからだ。
城の中庭には、領内の村々からたくさんの人々がお祝いに駆けつけ、手作りの料理や歌、踊りで、新しい公爵妃の誕生を祝福してくれていた。
私が身にまとったのは、王都から取り寄せた豪華なウェディングドレスではなく、城のメイドたちが、私のために一針一針、心を込めて縫ってくれた、シンプルで、けれど温かみに満ちた生成り色のドレス。
髪には、城の菜園で子供たちが育てた可憐な春の花が飾られている。
「……綺麗だ」
隣に立つヴィンセント様が、普段は決して口にしないような言葉を、照れくさそうに呟いてくれた。
今日の彼は漆黒の鎧ではなく、アシュフォード公爵家に代々伝わる、美しい銀刺繍の入った礼服に身を包んでいる。
その姿は、ため息が出るほど素敵だった。
式の後の祝宴は、もちろん私が指揮を執った。
厨房の仲間たちや、領地の料理自慢の夫人たちも手伝ってくれ、テーブルには、このアシュフォードの豊かな恵みをふんだんに使った、色とりどりの料理が、まるで花畑のように並んでいる。
騎士団の皆は、目を輝かせながら骨付き肉のローストに目が行き、子供たちはデザートのフルーツパイを頬張って、クリームだらけの顔で笑っていた。
宴も盛り上がってきた頃。
私とヴィンセント様は、そっと喧騒を抜け出し、二人きりで思い出の湖畔を訪れていた。
「……なんだか、夢のようです」
きらきらと輝く湖面を眺めながら、私が言うと、彼は私の肩を優しく抱き寄せた。
「夢じゃない。これが、俺たちの現実だ」
「私が初めてここに来た日には、こんな未来、想像もできませんでした」
「俺もだ」
彼が笑いながら言った。
「まさか、一人の腹ペコ娘に胃袋も、心も、領地ごと掴まれてしまうとはな」
その言葉に、私たちは顔を見合わせて、声を出して笑った。彼の腕の中で、私は安心しきって、その胸に頭を預ける。
「ヴィンセント様」
「ん?」
「私、世界一、幸せです」
「……ああ。俺もだ」
彼の手が、私の頬を優しく撫でる。
そして、交わされる永遠を誓う口づけ。
遠くの森から、また、あの祝福の遠吠えが聞こえる。
王都では私を追放したアルフォンス王太子が、度重なる失政と浪費の末、廃嫡されたという噂を耳にした。
自業自得、というものだろう。
けれど、もう彼のことも、私を蔑んだ人々のことも、どうでもよかった。
私の居場所は、ここにある。
「ねえ、ヴィンセント様」
「なんだ?」
「明日のお弁当、何がいいですか?」
私のその問いに、彼は最高の笑顔で答えた。
「お前の作るものなら、なんだっていいさ」
地味だと虐げられた私は、美味しいお弁当で、最強の騎士と、最強のもふもふと、そして最高の仲間たちの胃袋を掴み、世界で一番の幸せを手に入れたのだ。
私の作る、温かくて愛情たっぷりのお弁当。
それは、これからもずっと愛する人との未来を優しく、美味しく、彩っていくのだろう。




