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第37話 世界で一番温かいプロポーズ

 その夜、アシュフォードの城は、温かい湯気と、人々の穏やかな笑顔に包まれた。


 私が提案したのは、堅苦しい祝勝の晩餐会ではなく、誰もが気兼ねなく楽しめる、大皿料理の宴だった。


 テーブルには、大鍋で煮込んだ熱々のビーフシチュー、山と積まれた焼きたてのパン、こんがりと焼かれた骨付き肉やソーセージが並ぶ。  

 騎士たちは鎧を脱ぎ、傷の手当てを済ませると、思い思いに好きなものを皿に取り、仲間たちと肩を組んで勝利の美酒を酌み交わしていた。


「女神様! このシチュー、最高です!」

「エリアーナ殿のおかげで、生きて帰ってこれた!」


 私は食堂と厨房を行き来しながら、皆に声をかけ、空になった大皿に次々と料理を補充していく。その顔には、心地よい疲労感と、心の底からの充実感が浮かんでいるだろう。


 宴の喧騒から少し離れたテラスで、ヴィンセント様が一人、静かに夜空を見上げているのを見つけ、私は彼のために特別に取っておいたスープを持って、その隣に立った。


「ヴィンセント様」

「……ああ」


 彼は、私の姿を認めると穏やかに微笑んだ。

 二人きりの静かな時間。彼は、私が差し出したスープを、一口、また一口と味わうようにゆっくりと飲んでいく。

 戦いの興奮と緊張が、その温かさの中に溶けていくようだった。


「……捕虜にした傭兵たちだが」


 彼は、ぽつりと戦後処理について話し始めた。私をただ守るべき存在としてではなく、共に未来を考えるパートナーとして、信頼してくれているのが伝わってくる。


「王太子に雇われた、ただの捨て駒だ。尋問の後、改心の見込みがある者は、開拓民として領地で働かせることにした。……この領地の飯の美味さを知れば、二度と敵に回る気も起きんだろう」


 その彼らしい采配に、私は思わずくすりと笑ってしまった。

 スープを飲み干した彼は、カップを置くと、私の手をそっと取った。


「エリアーナ。お前がいなければ、勝てなかった。城も、俺の心も、お前が守ってくれた」


 彼の真剣な眼差しに、私の胸が高鳴る。


「以前、言いかけたことがあるのを覚えているか。『冬が明けたら』と……」

「……はい」

「訂正する。冬が明けるまでなど待てない」


 次の瞬間、彼は、その場にすっと片膝をついた。

 私が息を呑む前で、彼は、私の冷えた手を両手で優しく包み込む。


「エリアナ・ハワード。俺だけの料理番でいると誓ってくれたな。ならば、その誓いを生涯のものとしてほしい」


 見上げた彼の深い青の瞳には、夜空の星々が映り込み、きらきらと輝いている。


「俺と結婚してくれ」


 それは飾り気のない、けれど世界で一番誠実で温かいプロポーズだった。

 婚約を破棄され、全てを失ったと思っていた、あの夜が嘘のようだ。


 私の瞳から大粒の涙が、後から後から溢れ出してくる。


「はい……っ」


 私は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも最高の笑顔で力強く頷いた。


「喜んで……! あなただけの料理番として、一生、あなたのそばで、ご飯を作らせてください……!」


 彼が立ち上がり、その腕の中に私を抱き寄せた、その時だった。


「「「ヒューヒュー! おめでとうございますっ!!」」」


 物陰からダリウス団長やギルバート執事、料理長にメイドたちまで、城の仲間たちが、わっと姿を現したのだ。

 皆、にやにやと最高の笑顔で私たちを見ている。


「み、見てたんですか!?」

「当たり前だろう! 我らが女神の晴れ舞台だからな!」


 真っ赤になってうろたえる私と、バツが悪そうに眉間を揉むヴィンセント様。その姿を見て、皆がどっと温かい笑い声を上げた。


 遠くの森から、まるで祝福するかのように、フェンリルの高く美しい遠吠えが響き渡る。


 こうして、私の新しい人生は、最高の幸せと共に本当の意味で始まった。

 たくさんの愛する仲間に囲まれて、そして世界で一番愛しい人のために、明日も、とびきり美味しいお弁当を作るのだ。

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