第29話 私の戦支度
翌朝の作戦会議。
ヴィンセント様の執務室には、ギルバート執事、ダリウス団長をはじめとする城の重臣たちが集まり、重苦しい空気が漂っていた。
国境付近での不穏な動き、そして王都からの経済的圧力。来るべき冬を前に、領地はかつてない危機に瀕している。
「いずれにせよ、備えが必要だ。各村にも通達し、備蓄の確認と……」
ヴィンセント様が厳しい声で指示を飛ばしている、その時だった。
「失礼いたします!」
凛とした声と共に、会議室の扉を開け、私が入室した。
突然のことに、その場にいた全員が驚いて私を見る。ダリウス団長などは、「エリアーナ殿!? なぜここに……」と目を丸くしていた。
本来、私が立ち入るべき場でないことは、重々承知している。けれど、もう黙って守られているだけの私ではいたくなかった。
私は皆の前に進み出ると、ヴィンセント様に向かって深々と頭を下げた。
「皆様のお話の最中、大変申し訳ありません。ですが、この危機に際し、料理番として、私にもご提案したいことがございます」
私のその真剣な眼差しに、ヴィンセント様は何も言わず、ただ静かに先を促すように頷いてくれた。
私は昨夜一晩かけて書き上げた羊皮紙を、大きなテーブルの上に広げた。
そこに書かれていたのは、単なる料理の献立ではない。
『冬を乗り越えるための保存食計画』と題された、詳細なリストと、その製造計画だった。
「王都が穀物を止めるというのなら、私たちは、自分たちの手で食料を蓄えるしかありません」
私は羊皮紙を指し示しながら、はっきりと告げた。
「幸い、この領地には豊かな実りがあります。収穫期を迎える秋の恵みを、無駄なく、長期保存できる形に変えるのです」
リストには前世の知識を元にした、様々な保存食の製法が記されていた。
肉は塩漬けや燻製に。
魚はオイル漬けや干物に。
野菜はピクルスや乾燥野菜に。
果物はジャムや果実酒に。
そして、豊富に採れるきのこ類は、乾燥させて出汁の素に。
「これらを領民にも指導し、領地全体で計画的に製造します。そうすれば、たとえ王都からの物流が完全に止まっても、春まで十分に耐え抜けるだけの食料を確保できるはずです」
私の説明が終わると、部屋は驚きと感嘆の入り混じった、静寂に包まれた。
最初に口を開いたのは、ギルバート執事だった。
「……素晴らしい。これほど体系的で、具体的な食料備蓄計画は、見たことがございません」
「うむ……」
ダリウス団長も唸る。
「これだけの備えがあれば、騎士団も安心して防衛任務に集中できる」
重臣たちが次々と賛同の声を上げる中、ヴィンセント様は、ただ黙って、私の書いた計画書と、私の顔を、交互に見つめていた。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「……エリアナ。これは、お前が一人で考えたのか」
「はい。前世……いえ、私の故郷での知識を元に、この領地の食材で実現可能なものを考えました」
私の答えに、彼はふっと、かすかに笑みを浮かべた。それは、愛しいものを見るような優しい笑みだった。
彼は立ち上がると、重臣たちに向かって、力強く宣言した。
「聞いた通りだ。これより、アシュフォード公爵領は、エリアナを総指揮官とする『冬ごもり計画』を開始する!」
「「「ははっ!!」」」
力強い返事が部屋に響き渡る。
それは、私が初めて「公爵様の料理番」としてではなく、「エリアーナ・ハワード」という一人の人間として、この領地の未来を背負う戦いに正式に参戦した瞬間だった。
私の戦支度は、もう整っている。




