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第24話 勝者のいない夜と、温かいスープ

 マーカス侯爵が最後の一口を食べ終えた時、晩餐会のホールは、水を打ったような静寂に包まれていた。


 勝敗は、誰の目にも明らかだった。

 侯爵は、空になった皿を虚ろに見つめたまま、動かない。他の使節団の者たちも、あまりの衝撃に言葉を失い、ただ俯いている。

 彼らは、武力でも、財力でもなく、「文化」という、最も抗いがたい力によって、自分たちの傲慢な心をへし折られたのだ。


 やがて、玉座に座っていたヴィンセント様が、静かに立ち上がった。


「……マーカス侯爵。遠路、ご苦労だった」


 その声は、勝者の驕りも、敗者への憐れみもない、ただ静かで、絶対的な王者の響きを持っていた。


「答えは、得られたかな? 我がアシュフォードが、そして我が料理番が貴殿らの手に余る存在であるという、答えが」


 マーカス侯爵は、唇を噛み締め、屈辱に顔を歪ませたまま、何も言い返せない。


「客室は用意させてある。長旅の疲れを癒されるといい。……明日、日の出と共にご出発いただこう」


 それは、事実上の退去命令だった。

 もはや、この城に彼らの居場所はない。使節団は、まるで亡霊のように力なく立ち上がると、ギルバート執事に先導され、逃げるようにホールを後にしていく。


 嵐のような一夜が、終わった。

 彼らが去ったホールで、ヴィンセント様は深く、長い息を吐いた。その横顔には、勝利の喜びではなく、深い疲労の色が浮かんでいる。


 私も厨房の仲間たちと共に後片付けを終え、ほっと一息ついたところだった。皆で力を合わせ、大きな戦いを乗り越えた。その充実感と同時に、どっと疲れが押し寄せてくる。


(これで、よかったのかしら……)


 相手を完膚なきまでに打ちのめした。けれど、私の心に残ったのは、爽快感ではなく、どこか物悲しい、複雑な気持ちだった。


 深夜、私は厨房で、一人静かにスープを温めていた。

 疲れているであろう、ヴィンセント様のために。眠れない夜を少しでも癒せるように。


 野菜をことこと煮込んだ、ただの優しいコンソメスープ。

 そのスープを持って彼の執務室へ向かうと、彼は、一人で窓の外の闇を見つめていた。


「ヴィンセント様」

「……エリアーナか」


 彼は、私の姿を認めると、ほんの少しだけ表情を和らげた。


「お疲れ様でした。温かいものを、どうぞ」


 私がスープのカップを差し出すと、彼は「ああ」と短く答え、それを受け取った。

 ふう、ふう、と息を吹きかけながら、ゆっくりとスープを飲む姿は、恐ろしい『氷の悪魔』でも、冷徹な領主でもない。

 ただの、傷つき、疲れた一人の男性だった。


「……お前の勝ちだ」


 スープを半分ほど飲んだところで、彼がぽつりと言った。「いいえ」と私は首を横に振る。


「勝ち負けではありません。私はただ、ヴィンセント様と、この城の皆さんの誇りを、守りたかっただけです」


 私の言葉に、彼は少し驚いたように目を見開いた。

 そして、ふっと柔らかく笑った。


「……そうか。お前は、本当に」


 彼は言葉を続けず、ただ、愛おしいものを見るような目で、私を見つめた。

 その眼差しに、私の胸がきゅっと甘く痛む。


 王都からの脅威は、まだ完全には去っていないだろう。これから、もっと大きな困難が待ち受けているかもしれない。けれど、この人と一緒なら、きっと乗り越えられる。

 温かいスープの湯気が立ち上る静かな部屋で、私たちは、ただ黙って、同じ未来を見つめているような気がした。

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