第20話 決戦の晩餐会へ
「……ありがとう」
私の手にヴィンセント様の大きな手が、そっと重ねられる。鎧越しの不器用で、けれど温かい感触。
そのつかの間の平穏を破ったのは、血相を変えて厨房に駆け込んできた、一人の若い騎士だった。
「申し上げます! 王都より、正式な使節団がこちらへ向かっているとの報せが!」
その一言で、厨房の空気は再び凍りついた。
使節団。その名目は「友好親善」であろうと、真の目的が何であるかは、誰の目にも明らかだった。
私という存在を口実にした、あからさまな圧力。
ヴィンセント様の表情から、瞬時に安らぎの色が消え、冷徹な領主の顔へと戻る。
「……来たか」
彼は静かに立ち上がると、騎士に指示を飛ばし始めた。城は、歓迎のためではなく、敵を迎え撃つための準備で、にわかに活気づいていく。
その慌ただしさの中で、私は一人、立ち尽くしていた。
(私の、せいだ……)
私がこの城に来たから、ヴィンセント様に、この領地の皆に迷惑をかけてしまう。
罪悪感と恐怖で、胸が押しつぶされそうだった。その日から、私は自分の部屋に閉じこもりがちになってしまった。食欲もなく、大好きだった料理のことさえ、考えられない。
そんな私の部屋の扉を、遠慮がちにノックする音があった。
「嬢ちゃん、入るぜ」
入ってきたのは、料理長だった。
その後ろから、心配そうな顔をした厨房の仲間たちや、メイドたちまでついてきている。
「一人で抱え込むんじゃねえよ。嬢ちゃんのせいじゃねえことくらい、みんな分かってる」
「そうですよ、エリアナ様! 私たちがついてます!」
「そもそも、あんな理不尽な王子が悪いんです!」
皆が、口々に私を励ましてくれる。
最後に、そっと入室したギルバート執事が、私の前に静かに膝をついた。
「エリアナ様。貴女様は、ただ貴女様の成すべきことを。――すなわち、最高の料理で旦那様と、この城をお支えくだされば……それでよろしいのです」
そうだ。私は、一人じゃなかった。
ここで出会った大切な人たちがいる。そして、私を守ろうと、たった一人で矢面に立とうとしてくれている、ヴィンセント様がいる。
私がすべきことは、怯えることじゃない。
「……皆さん、ありがとうございます」
私は涙を拭い顔を上げた。
「私、戦います。私のやり方で」
その日の午後、私は厨房に立っていた。
目の前の大きな紙には、王都からの使節団を「もてなす」ための、特別な晩餐会の献立が、びっしりと書きつけられている。
それは、ただ豪華なだけのメニューではない。
前菜には、この領地の厳しい冬を越した野菜の力強さを伝えるピクルスを。
スープには、領内を流れる清流でしか育たない魚を使った滋味深いポタージュを。
メインには、アシュフォードの騎士団でさえ、仕留めるのに苦労するという、森の奥深くに住む猪の、野趣あふれるローストを。
一つ一つの皿に、このアシュフォード公爵領の豊かさと、気高さと、そして何人にも屈しないという、誇りを込める。
これは私の料理で示す、ヴィンセント様の力そのもの。
「みんな、手伝ってくれる?」
私の問いに厨房の仲間たちは力強く頷いた。
「「「おう!!」」」
その瞳には、私と同じ戦士の光が宿っていた。




