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第16話 騎士団の胃袋と、女神の誕生

 私の新しい日常は、とても規則正しく、充実していた。


 早朝、日の出と共に起きてフェンリルのための朝食を作り、森で彼と少しだけ触れ合う。厨房に戻り、ヴィンセント様のための、その日の趣向を凝らしたお弁当をこしらえる。


 そして日中は、厨房の仲間たちと共に、城で働く人々全ての食事の準備を手伝う。

 私の加入がきっかけになったのか、料理長や他の料理人たちも新しい料理に挑戦するようになり、「最近、城の飯が格段に美味くなった」と、もっぱらの評判だった。


 特に、その恩恵を一番に受けていたのが、日々厳しい訓練に明け暮れる騎士団だった。


 そんなある日の昼下がり。

 一人の巨漢が厨房に足音も荒く乗り込んできた。燃えるような赤毛に、顔にはいくつもの古傷。アシュフォード公爵騎士団を率いる、豪胆な騎士団長、ダリウスその人だった。


「公爵閣下はいらっしゃるか! 話がある!」


 ちょうど厨房の様子を見に来ていたヴィンセント様を見つけると、ダリウス団長はずかずかと彼に詰め寄った。


「閣下! 毎日毎日、あなた様だけが美味そうな『弁当』なるものを独占するのは、あまりにずるい! 我ら騎士団は、訓練で腹を空かせた狼も同然! どうか、我々にもあの奇跡の料理を……!」


 そのあまりに切実な訴えに、厨房の誰もが苦笑する。


 ヴィンセント様は心底面倒くさそうに眉を寄せたが、騎士団の士気が領地の力に直結することは、誰よりも理解していた。

 彼はやれやれとため息をつくと、私に視線を向けた。


「エリアーナ」

「は、はい!」

「騎士団のための食事を考えろ。条件は、訓練で疲れた体を癒し、腹の底から力がみなぎるようなもの。……それと、大人数分を一度に作れるものだ」


 それは、今までの一対一の「お弁当」とは全く違う、新しい挑戦だった。

 私の料理人としての血が騒ぎ出す。 


(大人数で、お腹いっぱいになって、元気が出る料理……!)


 私の頭に前世の記憶が閃いた。

 部活動の合宿で食べた、あのメニューだ。 


 私は厨房の仲間たちと協力し、城で一番大きな寸胴鍋を二つ、用意してもらった。


 一つの鍋では、たっぷりの野菜とゴロゴロに切った肉を時間をかけてじっくりと煮込んでいく。もう一つの鍋では、この地で手に入る数種類の香辛料を丁寧に炒め、複雑で、食欲を猛烈に刺激する香りを引き出していく。

 やがて二つの鍋が合わさった時、厨房中に、そして城中に、今まで誰も嗅いだことのない、スパイシーで、抗いがたいほど美味しそうな香りが満ちた。


 その日の夕食。

 騎士団の食堂に、巨大な鍋に入った茶色い煮込み料理――私特製の「カレーライス」が運び込まれた。 


「なんだ、この料理は?」

「すげえ匂いだ……!」


 騎士たちは初めて見る料理に戸惑いながらも、その香りに誘われるように、次々とスプーンを口に運ぶ。


 次の瞬間。

 食堂は爆発したような歓声に包まれた。


「う、うおおおおお美味いぃぃぃぃっ!!」

「なんだこの複雑な味は!? 口の中でスパイスが踊るようだ!」

「腹の底から力が湧いてくる……! これならドラゴンだって倒せるぞ!」


 騎士たちは我を忘れ、一心不乱にカレーをかきこむ。おかわりを求める声が食堂中に響き渡り、あれだけ大量に作ったカレーは、あっという間に空っぽになってしまった。


 食事が終わると、ダリウス団長が私の前に進み出て、その巨体を折り曲げ、深々と頭を下げた。


「エリアーナ殿、心から感謝する! 君は、我らアシュフォード騎士団の『女神』だ!」


 その言葉を皮切りに、食堂のあちこちから「女神!」「女神!」という力強いコールが巻き起こる。

 屈強な騎士たちにもみくちゃにされ、私はただ顔を真っ赤にしてうろたえるばかりだった。


 その光景を、食堂の入り口から、ヴィンセント様が腕を組んで、じっと見ていた。

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