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第12話 お願いです、私に"お弁当"を作らせてください

 公爵専属の料理番としての日々が始まった。

 私は毎朝、ヴィンセント様のために趣向を凝らした「お弁当」を作る。


 ある日は、前世の記憶を頼りに、塩味のついた穀物を三角形に握り、表面を少し焼いて香ばしさを出した「焼きおにぎり」。


 またある日は、薄焼き卵で鶏肉の混ぜご飯を包んだ「オムライス弁当」。


 ヴィンセント様は感想こそ口にしないけれど、毎日空っぽになって返ってくる木箱が何よりの答えだった。

 厨房の仲間たちとの関係もすっかり打ち解け、私の周りはいつも温かい活気に満ちていた。


 そんな穏やかな日々の中で、私の心から離れないものが一つだけあった。


 窓から見える『聖獣の森』。

 そして、時折夜のしじまに響く、あの物悲しい遠吠え。


(あそこにいる聖獣様は、お腹が空いているのかしら……)


 料理人としての性なのか、あの声を聞くたびに、そんな考えが頭をよぎってしまうのだ。



 そんなある日、城の中が少しざわついていることに、私は気づいた。

 厨房で料理長に尋ねると、彼は大きなため息をついて教えてくれた。


「聖獣様の世話をしとる専門の者が、病で倒れちまってな。特に、この地をお守りくださっている長のフェンリル様は、ひどく気難しくていらっしゃる。心を許した者からしか、餌を受け取らんのだ」


 他の料理人たちも心配そうに口を挟む。


「公爵様が自ら餌を運んでも、ほとんど口にされないらしい」


「このままでは、フェンリル様が弱ってしまう……」


 その話を聞いて、私の胸はきゅっと締め付けられた。

 ヴィンセント様も、きっと心を痛めているに違いない。いつも民や領地のことを第一に考えている、あの人が。


 何か、私にできることはないだろうか。

 恩返しがしたい。そして何より、弱っているという聖獣を放ってはおけない。


 私はその日から、仕事の合間を縫って、図書館で聖獣の生態について調べ始めた。

 前世で、病気になった愛犬のために栄養のあるご飯を作ってあげた記憶を頼りに、特別な献立を考える。



 そして数日後、私は一つの覚悟を決めた。

 夕食後、ヴィンセント様の執務室の扉を、私は震える手でノックした。


 「入れ」という声に促され、中へ入る。

 彼はいつものように書類の山に向かっていたが、私のあまりに真剣な様子に気づき、訝しげに顔を上げた。


「どうした」

「お、お願いがございます!」


 私は深々と頭を下げ、一気に続けた。


「聖獣様のために……フェンリル様のために、私に食事を、お弁当を作らせていただけないでしょうか!」


 その言葉に執務室の空気が一瞬で凍りついた。

 ヴィンセント様の深い青の瞳が、氷のように冷たい光を宿す。


「……断る。危険すぎる。フェンリルは人間など容易く引き裂く力を持つ。お前は料理番だ。出過ぎた真似はするな」

「ですが!」


 私は顔を上げ、彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「このままでは、フェンリル様が弱ってしまうと聞きました! ヴィンセント様も、心を痛めていらっしゃるのではありませんか?」


 私の言葉に彼が息を呑む。


「食べてもらえないかもしれません。危険なことも、覚悟の上です。でも、何もしないままではいられません……! どうか、一度だけ、チャンスをください!」


 私の瞳の奥に、ただの同情ではない、揺るぎない光が灯っているのを、ヴィンセント様は見たのだろう。

 彼はしばらくの間、私を射抜くように見つめていたが、やがて、その視線から険しさが少しだけ消えた。で、重々しく、長い溜息を一つ。


「……分かった。一度だけだ」


 その言葉に、私の顔がぱっと輝く。


「ただし、条件がある」


 彼は強い光を宿した瞳で、私に告げた。


「俺が必ず同行する。少しでも危険だと判断したら、お前を担いででも引き返す。……それでも、いいな?」


 それは、私の覚悟を問う言葉であり、同時に、私を守ろうとする彼の意志の表れでもあった。


「はいっ!」


 私は力強く頷いた。

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