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第10話 胃袋を掴む、ということ

「こ、これは……一体……」


 護衛騎士の一人が、信じられないものを見るような目で呟いた。


 無理もない。彼らが普段口にしているのは、日持ちはするが味は二の次の、無骨な軍用食なのだから。

 そんな彼らの視線を一身に受けながら、ヴィンセント公爵は、木箱の中の宝石のような料理たちを、ただ黙って見つめていた。


(綺麗だ……)


 それが彼の最初の感想だった。

 食べるのが、もったいない。

 生まれて初めて抱いたその感情に、彼自身が一番戸惑っていた。


 しかし、食欲はいつだって本能に忠実だ。ふわりと鼻腔をくすぐる甘辛い匂いと、香ばしい魚の香りに、彼のお腹はぐぅ、と静かな抗議の声を上げた。


 彼は意を決したように、付属の木製フォークを手に取る。

 まず、箸休めのように見えた、オレンジ色の煮物に手を伸ばした。


(なんだ、この優しい甘さは……)


 口に入れた瞬間、蜂蜜と野菜本来の甘みがじゅわっと広がる。丁寧に煮込まれたカボチャは、舌の上でとろけるように柔らかい。

 旅の疲れが、すっと癒やされていくような感覚だった。


 次に、黄金色の炒り卵と、茶色い鶏そぼろが乗った「二色ごはん」。


(……っ!)


 甘い卵と、生姜の風味が効いた甘辛いそぼろ。そして、それらをしっかりと受け止める、少し硬めに炊かれたペルカ米の食感。

 口の中で三つの味が混ざり合い、完璧なハーモニーを奏でる。夢中になって、次から次へと口に運んでしまう。


 そして、主役である銀マスのハーブ焼き。

 パリッと焼かれた皮の香ばしさ。ふっくらとした白身に染み込んだ、ハーブの爽やかな風味と、絶妙な塩加減。


(美味い……)


 言葉を失うほどの衝撃。

 今まで彼が口にしてきた食事は、ただ空腹を満たし、生命を維持するためだけの「燃料」だった。


 けれど、これは違う。

 一口食べるごとに、心が満たされていく。温かくなる。作り手の顔が、自然と目に浮かぶような……そんな食事だった。



 ヴィンセント公爵が無我夢中で弁当を平らげていくその間、周りの護衛騎士たちは、自分たちの干し肉を虚しくかじりながら、羨望の眼差しでそれを見守るしかなかった。


 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が、やけに大きく聞こえる。


 やがて、米粒一つ残さず綺麗に食べ終えたヴィンセント公爵は、静かに木箱の蓋を閉じた。

 そして、その深い青の瞳で、少し離れた場所で馬の世話をしていた私を、じっと見つめる。 

 その視線に気づいた私は、びくりと肩を揺らし、恐る恐る彼の方を見た。


(お口に、合っただろうか……)


 不安げな表情の私に、彼は何も言わない。

 ただ、ほんの少しだけ、本当にごくわずかだけ、その厳しい口元を緩めると、満足そうに小さく頷いてみせた。


 そのたった一つの仕草が、私にとっては最高の賛辞だった。


「……よかった」


 私はほっと胸を撫で下ろし、満面の笑みを浮かべた。

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