第6話 浸透する恐怖
エルダリア王国の王宮で、レオナールがマントを羽織ると、外に出た。
「どこに行くんだ?」
スカルドが口から血を垂らしながら質問する。
「……誰の血を吸った?」
「あぁ……庭の掃除をしていたメイドだよ。殺しはしてないから安心しろ」
そう言うとレオナールの服装をじっと見つめる。
「どこに行くんだ?」
「クリボリオ王国に向かう。そこにジュリエッタがいるかもしれない」
「まだ諦めてなかったのか」
「諦めるわけないだろ。ジュリエッタは僕が見つけた……」
ジュリエッタとの日々を思い出すと、涎が垂れる。
「はぁ……はぁ……早く吸いたい……結婚してから吸ってないから……」
「おいおい吸ってねぇのかよ……そんなの人間でいう水分を摂取していない状態じゃねぇか」
「だって……最高の状態で飲みたいじゃないか……はぁ……はぁ……」
(こいつ……)
涎が止まらないレオナールを見て呆れつつ、ジュリエッタへの執着にゾッとする。
「スカルドはどうする?」
「……俺も同行しよう。久々にあいつに会いたいしな」
そう言うと、ラビルの姿を思い浮かべた。
一方、ラビルはクリボリオ王国の王宮内を歩いていた。
(今日はいい天気だ……だが日差しが強すぎる……)
太陽に向かって手を伸ばすと、手のひらからシューと煙が出始めた。
(人間の血を吸い続けて耐性がついてきたとはいえ……まだ完全には克服できていない……)
克服するにはもっと人間の血を吸わないといけない。
(さて……王は何をしているだろうか……)
王室のドアをノックする。
「ラビルです。入ってもよろしいでしょうか?」
「入れ」
ドアを開けると、タバコを吸う巨漢の老人が上半身裸で下をタオルで巻いた状態で座っていた。
「……随分楽しまれたようですね。レンズ王」
ラビルの視線の先には裸で倒れている女性が何人かいた。
「ラビル。他の女を持ってこい」
「昨日連れてきた女性はこの人たち以外にもいたはずですが?」
「反抗的な態度だったから殺した」
レンズはフゥーっと煙を吐き出す。
「他国から選りすぐりの美女を連れてこい」
「わざわざ他国に行く必要はございません」
「どういうことだ?」
「現在、ホテルにエルダリアから来た人間たちが宿泊しています。その中でも彼女は一級品……きっとレンズ王も満足できると思われます」
「ほぉ……」
レンズが興味を持ったようにラビルを見つめる。
「そんなに素晴らしいのか……なら妃にしよう。夜は血を吸いながら欲望を満たし、子を孕ませよう。人数はそうだな……5人はほしい」
立ち上がると、タバコを灰皿に捨てる。
「今すぐ連れてこい。我慢の限界だ」
「……はっ」
ラビルは頭を下げると部屋を出てドアを閉めた。
(全く……どういう教育を受けたらあんなクズになる。まぁ貴族の家系だからまともに育つ方がおかしいか……)
王室から女性の叫び声が聞こえる。レンズの欲望の餌食にされ続けるのだろう。
(ふぅ……とりあえず仕事が見つかってよかった……)
ロイズがホッとしていると、路地裏でフードを被った誰かが地面に座っていた。
(大丈夫か?)
声をかけようとすると誰かの手が肩に触れる。
「……!」
「やめておけ。恨まれるだけだぞ」
話しかけてきたのは小太りの商人だった。
「どういうことですか?」
「彼はな……妻と娘がレンズ王に奪われたんだよ。妻は散々、奴の欲望の相手にさせられてそれを苦に自殺。娘も結婚相手がいたにも関わらず、奴の子供を妊娠。
それが耐えきれず自殺して今は一人だ」
「!!!」
話していると顔が見えた。男はこの世に絶望したような表情をしており、その表情を見てゾッとした。
「彼は騎士に何度も反抗したが……力及ばず王宮に連れて行かれたからな」
「……誰も助けなかったのか?」
「助けてみろ。殺される運命しかない。それどころか連帯責任で家族は全員奴隷にされる」
「なんだよそれ……」
「彼みたいになりたくないなら大人しくしておけ」
そう言い残し、店に戻って行った。
(この国……エルダリアよりもまずい。すぐにミナとジュリエッタを連れて……)
ホテルに向かおうとすると、男性が大声で叫ぶ。
「騎士だ!騎士が来た!」
それを聞き、国民がゾッとする。
「早く!娘を隠せ!」
「中に入るんだ!」
「ここから絶対離れるなよ」
焦る国民たちを見て、ロイズは妻と娘を思い浮かべる。
(ミナ……ジュリエッタ……)
ホテルに向かって走り出すと、男性は驚きながらロイズに向かって叫ぶ。
「何やってるんだ!そっちに行ったら騎士がいるんだぞ!」
「はぁ……はぁ……」
頼む……頼むから無事でいてくれ……
そう願いながらホテルにたどり着くと、捕縛されたミナとジュリエッタが馬車の中に入れられた。
「ミナ!ジュリエッタ!」
ロイズは馬車に向かって走りだした。
「ミスミ様!男がこちらに!」
「一家の大黒柱か……」
ミスミは親指を嚙みちぎり、出血させると剣の刃に垂らす。
すると、刃が赤く変色した。
「王に逆らう奴は誰であろうと殺す」
剣を振るうと、斬撃がロイズの胸を斬り裂く。
「ぐはっ……!」
口から血を吐き出し、前に倒れると、ミスミは部下たちに指示を出す。
「お前たちは王宮に彼女らを連れていけ」
「かしこまりました」
馬車は王宮に向かって走っていく。
「ミ……ナ……ジュリ……エッタ……」
ロイズは手を伸ばすが、馬車はどんどん遠ざかっていく。
「選べ。奴隷になるか。私に殺されるか」
ミスミは剣を構える。ロイズはジュリエッタが産まれた日を思い出す。
気持ちよさそうにミナの腕の中で眠る、天使のような寝顔を。
「くっ……!」
ロイズはフラフラになりながらも立ち上がる。
「俺は……」
前に向かう度に胸から血が落ちていく。
「地面を血で汚すな。王に怒られる」
ミスミが斬撃を放つと、ロイズはそれがゆっくりした動きに見える。
(ミナ……ジュリエッタ……俺は……家族ができて……幸せだった……)
もうすぐ死ぬ。そう思い、目を閉じる。すると、誰かがロイズの襟を引っ張った。
「!!!」
斬撃は近くにあった銅像を斬り裂き、崩壊させた。
(あれ……?なぜ生きている……?)
疑問に思っていると、若い男がポケットからナイフを取り出す。
「俺はあんたみたいに力が無くても勇敢に立ち向かう男……好きだぞ」
ロイズに向かってニコッと微笑むと、ミスミの方を見る。
「そこで休んでおけ。もうすぐ仲間が来る。そいつが治療してくれるはずだから」
「あんたは……?」
名前を聞かれて、男はナイフをペン回しのように振り回す。
「俺はダイゴ・ランダール。吸血鬼狩りだ」
そして、刃先をミスミに向ける。
「さ~て……狩りの始まりだ」




