第1話:白亜の都の創世
みゆきの幻想魔法が生み出した都市は、まるで蜃気楼のように、朝日にきらめき、夕焼けに染まる、どこまでも広がる白亜の都だった。建物は現実にはありえない曲線を描き、空中に浮かぶ庭園では、見たこともない花々が咲き乱れていた。
「この都市は、ただの隠れ家じゃない。みんなの、理想郷なんだから」
みゆきは、魔法を持たない人々をかくまい、彼らが安心して暮らせる場所を創り上げたのだ。都市の中央には巨大なクリスタルが輝き、そこから発せられる柔らかな光が、都市全体を温かく包み込んでいた。
ここでは、魔法の力に頼ることなく、人々は互いに協力し合い、穏やかに暮らしていた。
朝、共同の井戸には水を汲みに来た女性たちが集まり、楽しそうにおしゃべりをしている。パン屋の竈からは香ばしい煙が立ち上り、焼き立てのパンを求める人々の列ができていた。子供たちは親に手伝ってもらいながら、早く遊びに行こうと支度を急いでいる。
「おはよう、おじさん。今日もいい天気だね?」
みゆきが笑顔で声をかけると、井戸端にいた男がにこやかに答えた。
「ああ、みゆきちゃん。おはよう。今日も、みゆきちゃんは本当にきれいだね」
みゆきの周りには、いつも笑顔が溢れていた。彼女の創ったこの都市は、人々にとって、まさに希望そのものだった。彼らはみゆきに感謝し、彼女を家族のように慕った。
「そんなお礼を言われるほどのことじゃないよ。みんな、私の家族みたいなものなんだから」
彼女の言葉には、嘘偽りのない真実の優しさが満ちていた。
しかし、その穏やかな日々は、突如として現れた一人の男によって、少しずつ、しかし確実に歪み始めていく。
彼は物憂げな表情で井戸端に佇む女に、低い声で囁いた。
「あなた方は、本来もっと強い魔法力を持っていたはずだ。それが、あの娘の幻想魔法によって奪われたのだとしたら……?」
男の言葉は、日々の生活の中で漠然とした不満を抱えていた人々の心に、小さな火種を灯した。魔法が使えないことへの不満、自分たちの無力さ。そうした負の感情が、彼の言葉と結びつき、不穏な噂となって広がっていく。
「あの娘の魔法は、私たちの力を奪っている」
最初は小さな囁きだった。しかし、それはまるで乾いた薪に火をつけるように、人々の心に燃え広がっていった。
「そうだ、最近、調子が悪い気がする」
「もしかしたら、本当にあの娘のせいなのかもしれない」
人々は次第に、みゆきを避けるようになった。かつて向けられた温かい眼差しは、疑念と憎悪の目に変わっていく。
「みんな、どうしたんだろう?私を避けてるみたい」
寂しそうに呟くみゆきに、誰も答えようとはしなかった。
そして、男はさらに毒を撒き散らす。
「あの白髪の娘が使う幻想魔法には、他者の魔法力だけでなく、その時の記憶までも奪い取るという恐ろしい力があるのです!我々が彼女に友好的なのは、彼女の魔法で操られているからだ!」
男の言葉は、彼らが長年抱えてきた「魔法が使えない」というコンプレックスに、都合よく結びついた。
「あの娘を排除すれば、あなた方の魔法力は戻るはずだ」
そう囁きながら、男は群衆の憎悪の炎が燃え上がるのを、冷たい目で観察していた。彼の正体は、魔法都市の非魔法使い取り締まり官。しかし、彼の目的は、みゆきを排除することで、人々の不満を一点に集中させ、都市の支配体制を強固にすることだったのだ。
「道理で、あんな小娘に、こんな巨大な都市を創れるわけないんだ!」
「そうだ!あの娘をどうにかしなければ!」
人々は、もはや冷静な判断力を失っていた。長年の抑圧が生んだ彼らの絶望が、憎悪という名の暴力に変わっていく。
そして、夕暮れ時。みゆきが広場に入ると、どこからともなく険しい表情の群衆が彼女を取り囲んだ。
「おい……女……」
次の瞬間、みゆきの耳に、これまで聞いたことのない罵声が突き刺さる。そして、彼女の体を、無数の手が掴んだ。
「いや〜あ〜!やめて!やめて!やめてよ!みんな!やめてよ!」
信じていた人々の裏切り。かつて笑顔を交わした彼らの冷たい視線。
「やめてください……。おねがいします……。お願いですから……」
彼女の悲痛な叫びは、誰にも届かなかった。