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すいき  作者: 京惠须神護
8/8

008-七年目の水鬼

取り調べが始まった。

経験豊富な店長は、業界の専門アドバイザーとして同席し、俺はその店長と井上刑事の間にちゃっかり入り込んで傍聴していた。

「お前の家から見つかった装備には、すべて損傷の痕跡があった。何か言い訳はあるか?」

井上刑事の声は低く、鋭かった。

仁野は、精神力が異様に強いのか、まるで取り乱す様子もなく、口元に薄い笑みを浮かべた。

「長く使えば、多少の傷や破損は当たり前だろう?」

「だがその損傷は全部、人為的なものだ。それも酸素ホースや減圧器といった命綱にだ!」

井上刑事が机を叩く音が響く。

「正直に話せ!」

仁野は、うつむいたまま沈黙。

その時、店長が口を開いた。

「……身代わり、だな?」

うつむいた仁野の肩が、わずかに揺れた。

店長は続ける。

水鬼すいきの仕事は命懸けだ。誰も“生涯安全”なんて保証できない。だがあんたは贅沢な暮らしをやめられず、水中作業の金も手放せなかった……。この業界には“鬼は七年を越えられない”って言葉がある。七年を無事に越えるには、誰かがあんたの代わりに死ぬ必要があるってな」

「だからお前は、わざと欠陥のある装備を新人に貸し出して、事故を誘発させてきた……そうだろう?」

店長の声には、怒気が混じっていた。

「証拠は?」

仁野は表情ひとつ変えずに、淡々と返す。

「迷信と推測で俺を有罪にできる時代じゃない」

店長は、言葉を詰まらせた。

確かに、それは理屈の上ではただの推測だ。

仁野は、便所の石のように頑固で臭い。びくともしない。

井上刑事は、苛立ちを抑えきれずに取り調べ室を出て、拳を強く握りしめた。

「……証拠だ。奴を崩す証拠が必要だ」

俺は、憤りを隠さない店長の腕を掴んだ。

「店長の経験から見て、あいつはどうやって遺体を移動させたんです? 何か痕跡は残らないんですか?」

店長は眉間に深い皺を寄せる。

「……現場をもう一度確認しなきゃわからん」

そうして俺たちは、井上刑事と共にリゾート工事現場へ向かった。

何人かで掘削孔の周囲を調べ、店長はついには穴の底に降りてまで手探りで確認したが、何も出てこない。

「当直の作業員にはもう聞いた。その夜は誰もここに入ってないそうだ。仁野が気づかれずにここへ入り、しかも遺体を運び出すなんて……空でも飛べなきゃ不可能だ」

井上刑事が溜息をつく。

「……空じゃなくても、地下なら?」

店長の目が、突然鋭く光った。

「地下を通れるのは土遁だけじゃない……水遁だってある!」

彼は近くの人工湖を指差す。

「工事では大量の水が必要だ。郊外で水を運ぶのは不便だから、まず人工湖を掘って、水路で一キロ先の貯水池と繋げているんだ。そして“水鬼”とは――潜水士だ!」

店長の指示で作業員が人工湖の取水口を塞ぎ、水を抜くと、湖底から錘の鉛ブロックが見つかった。

潜水時に使うあれだ。きっと遺体を運ぶ際、動きが鈍くなった仁野が捨てたのだろう。

その証拠を見せられたとき、仁野の表情に初めて焦りが浮かんだ。

わずかな綻びを逃さず、質問を重ねると――真実が、ようやく口から零れた。

実は、身代わりが事故死した場合、丸井建設から多額の補償金が支払われるはずだった。

だが、事故当時は他に人がいなかったため、丸井はその金を惜しみ、遺体ごとコンクリで塞ぐつもりだった。

「コンクリに遺体なんか入れたら、密度が偏って一年や二年で建物が崩れる。そんなの、すぐにバレる」

だから仁野はその夜、潜水装備を着けて貯水池から地下水路を通り、人工湖へ入り、遺体を運び出したのだ。

その時、釣り人に“水鬼”と勘違いされて目撃されたが、それも予想外だったらしい。

それからずっと心中穏やかでなく、既に逃亡の準備を進めていた――だからこそ、俺に遺体の情報を漏らして警察を工事現場へ誘導し、時間稼ぎをしようとしたのだ。

井上刑事が、無言で俺を睨む。

「……お前、余計なことして逃げられそうになっただろうが」

視線だけでそう言われた気がして、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

事件は解決した。だが店長の表情は晴れない。

「今回の件は尻尾を掴めたが、奴が過去にやったことは証明できない。俺は納得できん」

その背中を見送る俺も、胸の奥に重いものが残った。

――過去の水鬼たちの死は、本当に事故だったのだろうか。


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