007-墓穴
現場を封鎖したあと、警官たちは丸井建設の人間を警察署へと連行していった。
その時になって、ようやく井上さんが私の肩を軽く小突く。
「やるじゃねえか、お前。どうやってあの老い狐の尻尾を掴んだ?」
私は得意げに笑い、仁野を諦めきれずに追い詰め、家まで押しかけ、ついには秘密を吐かせた一連の経緯を、身振り手振りを交えて語ってみせた。
「お前がいなきゃ、仁野の線は見逃してたかもな」
井上さんはしみじみと頷く。
「だがな……聞き出した内容はまだ浅い。足りねぇんだよ」
そう言うと、部下の刑事に仁野を連行するよう指示した――が、しばらくして戻ってきた報告は、予想もしないものだった。
……仁野が、いなくなっていたのだ。
井上さんが立ち上がり、私と視線を交わす。
その一瞬で、お互いに理解する。この事件の裏にある闇は、俺たちの想像よりもずっと深い。
井上さんは自ら精鋭刑事を率いて、仁野の自宅へ向かった。
殺されたのか、それとも犯人として逃げたのか――。
どちらにしても、私は外部の人間。そんな捜索には同行できず、ただ署内で焦りを噛み締めながら待つしかなかった。
数時間後。
井上さんが、険しい顔のまま戻ってきた。
「何か見つかったのか?」
私は身を乗り出して問う。
「……仁野の部屋は整然としていた。荒らされた形跡はない。つまり、自分の意思で出て行ったんだ。ただ、急いでいたのか、持ち出せなかった物もあった。その中に――」
井上さんは言葉を区切り、机を拳で叩いた。
「倉庫に、簡易潜水装備が何セットもあった。鑑定の結果、それは“水鬼”専用のものだ。その中の一つは仁野が使っていた形跡があり、状態も良好。他の数セットは破損があってな……水中での作業に支障をきたすレベルだ」
私は、以前聞いた噂を思い出す。
「そういえば……仁野って、業界で一番の古株で信用もあって、潜水装備の貸し出しもしてたって……」
「その通りだ!」
井上さんは苛立ちを隠さず続ける。
「丸井建設が使っていた装備も仁野から借りたものだ。本来なら、水鬼と一緒にコンクリートに埋まっているはずなのに、ダム湖で見つかった死体は裸だった。そして今日、仁野の家でその装備を発見……酸素ホースには、細かい亀裂が入っていた」
……本来なら死体と共に埋まっているはずの装備が、なぜ仁野の家に?
それはつまり――死体を水庫へ運ぶ前に、仁野がそれを回収していた証拠ではないか。
だが丸井建設の供述では、仁野はドリルを引き上げた後、ひとりで帰ったはずだ。工事現場は厳重に見張られていたのに、どうやって一晩で死体を移動させたのか?
しかも、そんなことをする必要があったのか?
コンクリートを流し込めば、丸井が勝手に真実を隠してくれたはずだ。
なぜ危険を冒してまで……?
そして、もうひとつの疑問が頭をよぎる。
「……でも、仁野はなんで私に死体の話をわざわざしたんだ? 自分から墓穴を掘るようなもんじゃないか」
その言葉に、井上さんは一瞬だけ固まり――すぐに理解したように低く唸った。
「……あいつ、もう逃げる覚悟を決めてたんだ。お前の口から、警察が工事現場を調べると聞いた。丸井なんざ一発でアウトだ。なら、その前に話をすり替え、俺たちの注意を逸らしておいて、自分は逃げる……そういうことだ。破損した装備なんて氷山の一角だ。もっとデカい“何か”を隠してやがる」
井上さんはすぐに指揮を執り、警官たちを動かした。
逃走経験のない一般人が、そう遠くへ行けるはずもない。
――そして数時間後。
仁野は、新幹線のホームであっけなく捕まった。