006-「水鬼」の正体は……?
井上さんの表情が、一瞬にして硬くなった。
すぐさま無線を取り、増援を要請する。駆けつけた警官たちは現場を封鎖し、丸井建設の人間を制圧。さらに重機を手配し、コンクリートを掘り返して、あの「水鬼」と呼ばれた死者の遺体を掘り出す準備に取りかかった。
だが――。
私が横から手を突っ込んだせいで、仁野から辿った手掛かりは、そこで途切れてしまった。
丸井建設は、うなだれたまま法の裁きを受けることになるだろう。
それでも、私も井上さんも、胸の奥は晴れなかった。
そう、偶然とはいえ、埋もれるはずだった真実を一つ暴いた。だが、私たちが望んでいたのはこれじゃない。
リゾート建設地で起きた出来事は、ダム湖で見つかった水死体とは何の関係もない。新しい進展などなく、ただ大きく遠回りして、元の場所に戻ってきただけだ。
「……どうだ、警察の苦労ってやつが分かったか?」
井上さんが私の肩を軽く叩く。
「新聞であんまり叩くなよ。こんなの、俺はしょっちゅうだ」
私は口元だけ笑みを作ったが、心は重いままだった。
その時だった。
工事現場の方から――「ガンッ」という鋭い音。
コンクリートを砕く音だ。
掘削が進み、ついに穴を塞いでいたコンクリートが割れたのだ。
次の瞬間、丸井建設の男の、信じられないといった叫び声が響いた。
「そんなはずはない! あいつはここに……ここにいるはずなんだ!」
私たちは駆け寄り、状況を確認した。そして……息が止まった。
コンクリートの中に――遺体はなかった。
あの死んだはずの「水鬼」は、そこにはいなかったのだ。
丸井建設の男は、腰を抜かし、砕け散ったコンクリ片を呆然と見つめながら、意味不明の言葉をつぶやいていた。
井上さんが近づき、胸ぐらを掴んで引き起こす。
「本当に、こいつをコンクリートの中に埋めたのか?」
「間違いない! 目の前で見たんだ! 生きてても上がれなかった……死んで出られるわけがない……幽霊だ! 化けて出やがった!」
男は半狂乱で叫び続ける。
「誰かが遺体を運び出した可能性は?」
私は尋ねた。
店長が首を振る。
「さっきも聞いたが、この現場の資材は高価だから、入り口は全部厳重に見張ってた。一体の遺体なんて、通れば一発で分かるさ」
「全員がグルになって俺たちを騙すなら別だが……」
井上さんは苦笑する。
「そんなこと、あり得ると思うか?」
「水鬼の遺体……」
私は呟き、脳裏に、信じがたい考えが閃いた。
「井上さん、ダム湖の水死体の写真……丸井建設に見せてくれ」
井上さんも察したようで、スマホを取り出し、画面を差し出す。
「これは先日、ダム湖で発見された遺体だ。目撃者は『水鬼に殺された』と言っている」
丸井建設の男は、一瞥した途端、金切り声を上げた。
「間違いない! あいつだ! やっぱり化けやがった……水鬼だ……俺を殺しに来た!」
井上さんはスマホを仕舞い、私に小さく頷いた。
これで死者の身元は確認された。死因もはっきりした。
だが――。
一体どうやって、コンクリートの中の遺体が、一瞬にして一キロ先のダム湖へ移動したというのか?
そして、釣りをしていた老人が見たという「水鬼」の正体は……?
真実は、いまだ霧の中に沈んでいた。