005-証拠
皆の疑問の視線を背に、私は息を切らしながら工事現場へと駆け込んだ。
ここはまだ建設途中のリゾート施設で、高級なレジャースポットを目指している。現場は雑然としていたが、遠くには基礎工事を進める数棟の建物が見え、周囲には緑地の予定地もきちんと確保されていた。最も核心となる場所には、すでに掘り進められた人工の湖と、その湖畔に建つ水景を活かした大劇場がそびえている。
井上は何事もなかったかのように近づき、私の腕を軽く掴んで、足がもつれて転びそうになるのを防いでくれた。
群衆の中に、中年の男性が慈しむような笑みを浮かべて近づいてきた。
「店長、この方はどなたですか?」
突然の私の乱入に戸惑った店長は苦笑いしながらも、
「こちらは……あの、紹介しようか……」
と言いかけ、私のほうへ何度も目配せをする。どうやら本当のことを話すべきか、丸井建設を騙すために適当な肩書きを作るか迷っている様子だった。
私はそんな店長に気を遣わせまいと、手を振りながら話を引き取った。
「社長、私が誰かは問題ではありません。聞きたいことがあってここに来ました」
丸井建設の男は一瞬笑みを消し、私の態度に苛立ちを隠せずにいたが、周囲の視線を意識してか冷たく鼻を鳴らした。
「言ってみろよ、答えるとは限らないがな」
私は彼の目をじっと見据え、ゆっくりと、はっきりと口を開いた。
「あの日、泥の中に落ちたのは、本当にただのドリルだけだったんですか?」
丸井建設の顔色が急に青ざめた。
「何を言っている?聞き間違いか?」
その時、井上が鋭く違和感を察知し、すぐさま前に出て身分を明かした。
「私は重犯罪捜査班の井上です。調査にご協力をお願いします」
私はまだ工事中の現場を指差し、大声で告げた。
「仁野が来る前に、ここで一人の水鬼が亡くなっているんです!」
丸井建設は頑なに認めようとせず、
「証拠はあるのか?仁野の言うことを鵜呑みにするのか?あいつは水中の閉鎖空間に長くいるせいで精神がイカれてるんだ」
傍らで黙っていた店長が突然、膝を叩いた。
「分かったぞ!」と丸井建設の頭を指差しながら声を荒げる。
「丸井、お前は正気か……まさか、生け贄に手を染めるなんて!」
店長が話すには、彼は何度か建材を届けに現場に来て、作業員たちと話す中で聞いたことがある。
このリゾートは着工以来、常に何かしらのトラブルが絶えず、機械は頻繁に故障し、工員の怪我も後を絶たない。業界には迷信があり、そんな場合は風水が悪いとされ、一人の命を犠牲にして祀ることで工事の安全を祈る風習があるという。特殊な仕事をする「水鬼」は、最もその犠牲にされやすい存在だった。
「水鬼の装備にちょっと手を加えれば、死は確実だ」と店長はため息をつく。
「酷い話だ」
丸井は声を荒げて否定した。
「違う、あいつは自業自得だ」
話を聞けば、ドリルが落ちた際、丸井は最初に施工チームに自力での引き上げを命じたが失敗し、仕方なく水鬼を呼ぶことにしたという。だが決定したその夜、若い作業員がひそかに申し出てきたのだ。
「海辺で育ち、水に慣れている。三十万さえ払えばやってやる」と若者は言った。
丸井は苦い表情を浮かべた。
「数百万かけて水鬼を雇う気はなかった。機材も借りてこっそり任せたんだ……だが、あいつは二度と浮かび上がらなかった」
「遺体は?まさか水槽に沈めたとか?」私の呼吸は荒くなる。
しかし丸井は驚いたように首を振った。
「沈める?そんなことできるか。皆の目があるんだぞ。仁野がドリルを引き上げた翌日、すぐにコンクリートを流し込んで封印した」
ぞっとした。泥の中に死体があるのに、セメントを流し込むだなんて、人の道に反している。
想像してみてほしい。故郷を離れ、都会に出てきた若者。夢見て、稼いで家に仕送りしたいと願う。だが未熟な技術と知識しか持たず、ただの重労働の現場作業員に甘んじる日々。そんな彼に突然舞い込んだこのチャンス――命を賭けて数万円を得るしかない、唯一の運命を変える道。彼は水鬼になることを選んだのだ。
きっと彼はその金で、今まで叶えられなかった欲しいものを買い、あるいは家族に送るつもりだったのだろう。もしかしたら何度か挑戦してみて、その後はやめるつもりだったかもしれない。
だが、知らない濁った泥の中で緊張と未熟さから危機に陥り、全身が力尽き、呼吸もままならず、少しずつ体温を失いながら、暗黒の泥沼に閉じ込められた。
遺体は硬直し膨れ上がり、泥に揺られながら沈んでいく。
そしてその穴の上で、彼を奈落に送った者は指示を出し、コンクリートを流し込み、その体を永遠に閉じ込めたのだ――。