003-お前は誰だ?
店長の話を聞くうちに、井上と私はようやく合点がいった。私たちが言っていた「水鬼」は、まったくの別物だったのだ。
土木工事の第一歩は、たいてい杭打ちや穴掘りから始まる。しかし地盤が緩いため、掘った穴は崩れやすい。そこで泥水を注入し、壁面を支える。ところが、掘削機のドリルヘッドが引っかかったり落ちたりすると、高価な部品が無駄になるだけでなく、設計した穴も台無しになり、莫大な損害が出る。
そんな時、専門の潜水作業員が泥水の中に潜り、ドリルを引き上げる。この職業の正式名称は「工事潜水士」だが、業界では「水鬼」と呼ばれている。難易度と危険度が高いため、事故も多い。報酬は高額で、一度潜れば50万円、もし上がって来られなければ300万円の賠償が支払われるという。
こうした仕事は、水鬼自身も雇う側も、法のグレーゾーンを歩いている。店長は業界の暗黙のルールを知っており、警察に話したがらなかったのも納得だ。
つまり、「水鬼」とは名前は同じでも別物だった。丸井建設の件はグレーな違反の可能性があるものの、私たちが調査している事件とは関係なかった。ああ、期待が空振りに終わった。
落胆している私をよそに、井上が突然店長をじっと見つめ、何か思いついたように言った。
「その水鬼は、最後に上がって来たのか?」
私は一瞬戸惑ったが、すぐに理解した。遺体は溺死しているが、指の間や鼻の奥に泥が混じっている。まるで泥の中で閉じ込められて死んだ水鬼のようだ。
しかし店長の一言で私たちは肩を落とした。
「あいつはベテランで腕が確かだ。時間はかかったが、ドリルはちゃんと引き上げられたよ。」
手がかりは途切れ、元の場所に戻ってしまった。計画通りなら、店長に頼んで工事現場で失踪した作業員がいないか調べ、死者の身元を割り出し、交友関係を辿って容疑者を絞るはずだった……
だが私はどうも引っかかる。死者の状況が店長の言う「水鬼」とあまりにも符合している。まさか本当に無関係だろうか?
井上は店長と連絡を取り合い、警察の私服隊員を各現場に潜入させることを取り決めた。これから数日かけて調査が進むだろう。市内には十数の工事現場があり、リゾート施設以外に三カ所もダムの近くにある。どこも数百人の労働者がいて、流動的な人員だ……警察の手腕なら迅速に進めるだろうが、私は小さな記者に過ぎず、その裏の詳細は想像もつかなかった。
そんな時、またしても好奇心が暴れだす。ああ、好奇心は猫を殺すと言うが、私はきっとこの探究心が仇になるのだろう……自分を叱りながら、こっそり店長に尋ねた。
「丸井建設が雇ったその水鬼、名前は?」
「仁野っていうんだ。七、八年も水鬼をやっている、業界でも長生きの方さ。」店長は感慨深げに言い、井上に連れ去られた。
名前を手に入れ、私は仲間の伝手を使い、一晩かけて調べ上げた。そして翌朝、とうとう仁野を捕まえた。
「お前は誰だ?」仁野は痩せた男で、坊主頭に疲れた表情。警戒心を露わにして私を見つめた。
私は笑顔で差し出した。
「私は記者です。話を聞かせてください。」