002-水鬼を呼ぶ
井上は続けた。
「うちの街は内陸だから、半径百キロ圏内に自然の砂なんてほとんどない。あの砂の出所は一つだけ、工業用の砂だ。」
私は眉をひそめた。
「工業用の砂?つまり、死者は建設現場の作業員じゃないかってことか?手がかりがあるなら、そこから調べればいいだろ。なんで俺に頼むんだ?」
井上は苦笑した。
「殺人の可能性が高いから、こちらが直接動くと犯人に気づかれて逃げられる恐れがある。だから、各工事現場をよく知っている人物に出てもらいたいんだ……」
「わかったわかった、そういうことか」と私は手を振った。
「そういう人間なら知ってる。本市最大の建材業者で、どの工事現場にも必ず顔を出す男だ。かなり前にインタビューもしたことがある。よし、連れて行こう。」
井上に私服に着替えさせ、私たちは市の中心部へ向かった。夕暮れ時の屋台を見つけると、店主は箸を持ったまま通り過ぎる女性たちをぼんやり眺めていた。
「店長、生ビールと唐揚げを一つ。」私は声をかけた。
「お前の分も飲めよ、ちょっと話そうぜ。」
店主はにやりと笑い、テーブルの下から枝豆を出して言った。
「鳴海が来たんだ、唐揚げなんて食うな。ビール二杯でいい。」
店主が座ると、私は井上に紹介した。
「こいつが店長だ。市内の建材の八割はこいつの取り仕切りで、資産は億単位。唐揚げは趣味みたいなものだ。」
店主は井上をじっと見て、日焼けした肌を見て笑った。
「鳴海、今日はどうしたんだ?警察連れてきて?俺は真面目な市民だぞ。」
井上は鼻で笑った。
「俺が私服警官だってすぐわかるなら、大したものじゃないな。」
私は頭を抱えつつたしなめた。
「出会ってすぐに喧嘩すんなよ、まだ話も始まってないだろ。」
隠せそうになかったので、私は正直に話した。
「店長、今回は協力をお願いしたい。こいつは井上長官。今、水鬼に関わる事件があって、現場に詳しい人間が必要なんだ……」
ところが、「水鬼」という言葉を口にした途端、店主の笑顔がぱっと消え、体が固まった。
彼は「なんでも聞かないでくれ!何も知らない!」と叫び、慌てて立ち上がってそのまま唐揚げの屋台を飛び出して行った。
これはまずい!
躊躇なく井上は飛び出し、背後から店主を倒し、抱きついて押さえつけた。
店主は顔をしかめて痛がっているが、私は井上に放すよう合図し、驚いて尋ねた。
「店長、一体何を知ってるんだ?そんなに慌てるなんて。」
店主は言い訳しようとしたが、井上の鋭い目つきにたじろぎ、
「今話さなければ、署まで連れて行くぞ!」
店主は諦めたようにため息をつき、
「わかった、話すよ……知ってるのは、あの建設中のリゾート施設のことだ。」
リゾート施設?
確かに2ヶ月前に着工したプロジェクトで、私もメディア発表会に参加した。ダムから1キロも離れていない場所だ。
店主は私の頷きを見て満足そうに笑った。
「工事請負の丸井建設が、数日前に『水鬼』を呼び入れたんだ。」
「水鬼を呼ぶ?」井上と私は目を合わせ、胸が高鳴った。
しかし、水鬼を呼べるものなのか?しかも建設現場で……水鬼を何に使うというのか?