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すいき  作者: 京惠须神護
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001-水鬼

水の豊かな田舎には、たいてい「水鬼すいき」の伝説がある。年寄りたちは断言する。溺れて亡くなった怨霊が水底を彷徨い、他の泳者を殺して「身代わり」にしなければ、永遠に成仏できないのだと。

子供の頃、そういった話は長老たちが私を水辺から遠ざけるための脅し文句だった。しかし大人になって、警察の事件ファイルの中でその話を再び耳にするとは思わなかった。

警察官の同期である井上は、私が多種多様な人脈を持っていることを知っていて、厄介な事件にぶつかるとたまに助けを求めてくる。もちろん、その見返りは事件解決後の独占取材権だ。しかし、今回の電話は予想外だった。

「鳴海、水鬼って知ってるか?」井上の第一声は、私を驚かせた。

「井上、どうしたんだ?お前はベテランの刑事だろ。いつからそんな話を信じるようになったんだ?」と疑いの目で聞く。

井上は一瞬言葉に詰まり、苦笑いしながら答えた。

「いや、何を言ってるんだ?今手がかりが『水鬼』に繋がってるんだよ。お前のようないろんな連中に聞いてみたいんだ。」

「いろんな連中って……三教九流ってやつだろ!」電話越しに私は吐き捨てた。「手伝うなら、ちゃんと事情を話せよ。この取材権は俺にあるんだからな。すぐ行く。」

私はタクシーを飛ばし警察署へ向かった。井上の案内で彼のオフィスに入り、淹れてもらったお茶を飲みながら事件の概要を聞く。

昨夜、小雲山ダムに釣りに来た老人がいた。彼は相当な腕前で、「岸まで泳いで来る魚は大したことない」と言い、夜はゴムボートで湖の中央まで行って釣りをする変わり者だった。

だが竿を下ろしてすぐ、水底が激しく揺れ、浮きが上下に暴れ、魚群は散り散りになり、特製の餌も全く効かなかった。疑問に思っていると、突然水音が響き、湖底から巨大な黒い影が浮かび上がり、彼のボートに「ドン」とぶつかった。

老人はよろけながら何とか立ち直り、下を覗くと、白く膨れ上がった溺死体が仰向けに浮いていた。目は飛び出しそうで、じっと彼を見つめている。

その傍らにもう一つの黒い影があった。老人が反応する間もなく、その影は素早く水中に沈み、深みに消えた。しかし消える直前、その姿は明らかに人間のように手足があったと。

井上はため息をつき、

「死者は20代の男性と推定。遺体は膨張がひどく顔認識は不可能だ。だがこの市内で最近若い男性の行方不明者は確認されていない。」

目撃した老人は断言した。

「見たんだ。あれは人の形をした水鬼だ。何時間も潜って息もせずに泳ぐ。あれが水鬼でなければ何だ?死んだ男は身代わりにされたんだ!」

私は少し考え、

「水鬼の話は聞いたことがある。事故の多い田舎の川には、人間とも違う姿の水鬼がいて、泳ぐ者の足を掴んで溺れさせるという。彼らもまた溺死者で、生まれ変わるために代わりの者を捕まえなければならないらしい。」

井上は首を振った。

「俺は警察を何十年もやってきたが、幽霊なんて見たことも信じたこともない。だが、この事件は疑問だらけだ。」

彼は続けた。

普通、溺死体は2〜3日で膨張して水面に浮かぶ。検死でも死亡推定は3日前と出た。しかしダムの入り口には監視カメラがあり、狭い通路で車の侵入も不可能。映像には3日間で不審な人物の出入りはない。自殺や事故なら死者はどうやって水庫に入ったのか?殺人なら犯人はどうやって遺体を運び込んだのか?

また、水鬼という話は荒唐無稽だが、水庫に大型肉食動物がいる可能性は捨てきれない。ただ、警察は餌を使った罠を仕掛けたが何も見つからなかったし、水庫は市の重要な水源で、排水調査もできない。

そして何より井上が私に助けを求めた決め手は、法医学者の見つけた異常点だった。

「死者は確かに溺死だが、爪の間や鼻の奥に少量の砂が混じっていた。これは絶対に『水鬼』によるものじゃない。」


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