018
ガシェクラーの監視端末、略称ガシェに連れられて森を出る。外から見ると、森の木々の隙間からマシュマロ質の何かが見えている。
「あの巨体は、シュブ=ニグラスです。関わらないのが身の為ですよ」
「森の黒山羊かぁ」
森を抜けたことで、臭気も幾らか薄らいでいる。息をしただけで襲う吐き気からは逃れられた。だがまだ臭いことは臭い。
「ケセドってことは、しぇれの同位体がいるかな?」
ガシェにこの地域の有力な玄獣について尋ねる。
「そうですね…カラーやアディシェスでしょうか。カラーでしたら庁舎に。アディシェスは気儘なので…」
庁舎は臭くないとのことなので、急ぎ向かうことにした。
「鼻の奥に残ってる気がする…」
匂いが染み込んでしまった気分だ。実際にどうかはもうaとKには判らない。
「おやー!キミたちがヒューマンか〜。近う近う!」
「お?」
騏雲さんに似た雰囲気のある女性が手招いている。
「あちらがカラーです」
「こんにちわ」
「おうこんにちわ。あー、森に行ったのか。良くないね」
やはり臭うのか。自分で腕や服を嗅ぎ直してみるがどうにも判らない。
「キミたち、界を渡ってるのかい」
aは答えに詰まった。代わりにKが「そうだよ」と返事をする。トリプルミーニングだ。
「へぇ。どんな世界を創るんだ?」
「もっと簡単に行き来出来るといいなと思うよ」
「そりゃあいい。いや本当に。そうしたら蝙蝠は皮を剥がずに済むかもしれない。…いや、どうかな。変わらないか」
「???」
カラーの言は半ばからは盛大な独り言だった。
「カラーさんは一緒に来る気ない?」
「私はダメだ。私たちは、それぞれの世界に愛し子がいる。転位なんて不幸になるだけさ」
そう言われればこれ以上言い募ることは出来ない。
「中々いないね、半身がいない子は」
「だろうな。虚海生まれの玄獣は滅び難い。同位体が滅びたなんて奴は同化を果たした奴よりも稀だろうよ」
「同化しててもいいんだよ。同位体がいなければ」
「そうかい。同化した奴は大概そっちにいる。こっちではあまり見ないね」
「…こっちにだけ生まれる玄獣はいないの?皆同位体持ち?」
セフィロートでは唯一個体が同位体持ちだと聞いた。つまり、青龍ちゃんやフェニックスくんの同位体はいないわけだ。では、クリフォトにはコルードやファイアードレイクのような種族的な玄獣はいないのだろうか。
「いないだろうよ。そりゃ厳密には知らないが、こちらでは同位体を持つのが普通だ」
「そうなんだ」
仲間探しは中々難しそうだ。
「カルキスト?」
「へ」
背後から声が掛かり、自然と振り返る。考えてみれば、その呼ばれ方はここに来て初めてだ。
「へぇ」
朱色の仮面を着けた黒髪の女性が興味津々といった様子でこちらを見ていた。
「アディシェス、珍しいですね」
ガシェがそう声を掛けるが、アディシェスと呼ばれた女性は反応を返さない。
「ケセドの守護獣の同位体か」
「えっ、しぇれの…」
タクリタンの言葉を思わず疑う。あの儚げな少女とは似ても似つかない。
「あの死にかけは、どうだった」
「ええと」
質問がザックリし過ぎていて答え辛い。
「同位体は、お互いの事はどのくらい解るの」
Kの問にアディシェスは嗤った。
「殆ど解らないさ!別モノだからね。でも縁と力だけは、何となく感じている。あとは想像さ。それは簡単。素が同じなんだから」
グランチェスカは「シェリダーは同期してくれない」みたいなことを言っていなかっただろうか。てっきり情報共有はできるものだと思っていた。
「まあしぇれは新しいご主人見付けて後四十年は安泰かなってカンジ?」
セフィロートの平均寿命は知らないが、シェレスキアが傍に居る限り多分事故死は無いだろう。
「フ。一瞬だな」
とはいえ、彼に子が出来れば引き継がれていくだろう。そんなに心配はしていない。アディシェスも当分は『カタワレが滅びた珍しい玄獣』にはならない筈だ。
「て、まぁ。縁を感知出来るならそれは解ってたよな。そうだな…うんまあ、儚げだったよ」
それもまた、力を感知出来るのなら解っていることだろう。つまり結局、殆ど解るということだ。
「予想通りみたいだな」
もう興味はないと言わんばかりに、アディシェスはフワリと身を翻した。
「行っちゃった」
「アディシェスは気儘ですからね」
「同位体だからって姿が似てるわけじゃないんだね」
aの言葉にKは僅かに首を傾げた。
「いやどうだろう。顔見えなかったしな」
そういえば、タウちゃんが「同位体は大体顔が似ている」と言っていた気もする。例え同じ身体でも育ちが違えば見た目や雰囲気も変わるものだ。
「ぐらんちぇは似てる?」
「どうでしょう」
その質問自体不快だったようだ。どうにも気難しい。
「まぁじゃあ、次行くかぁ」
「次は?」
ここまでケテル、ビナー、ティフェレト、コクマ、ケセドに対応する界を渡ってきた。もう半分だ。
「ネツァク…は何だっけ?」
「オレブ・ザラク」
教えてくれたのは意外にもグランチェスカだった。セフィロートとクリフォト、どちらの知識もあるグランチェスカはこの旅では頼もしい。
「あー、ここから直でオレブ・ザラクを目指すのはオススメしないぞ。回り道をした方がいい。特にキミたちは」
カラーの忠告に足を止める。
「目的がある奴は、あの経路は潜らない方が身の為だ。忘れた処で、折れた心はそうそう直らん」
「──………ぁー、ありがとうカラーさん。じゃ、一旦タゲちゃんとこ戻るわ」




