小さな棺桶
とある葬儀場。薄暗い照明の中、故人の高校生時代の同級生である男が、腕を組み、壁にもたれていた。そこへ、もう一人の同級生が静かに歩み寄ってきた。
「よお」
「ん、おお……」
「まさか、あいつが死ぬなんてな」
「ああ……」
「あいつ、高校の頃、皆勤賞だったろ。俺たちの中じゃ、一番長生きすると思ってたのにな」
「あー……」
「さっき、おふくろさんと話したけど、憔悴っぷりにこっちも胸が痛くなっちまったよ。たしか、旦那さんも早くに亡くなったらしいし、つらいよなあ……」
「ああ……」
「お前、大丈夫か?」
「え?」
「さっきから生返事でさ。まあ、わかるけどな。結構ショックだよな……」
「いや……ちょっと気になることがあって」
「ん? 気になること?」
「ああ……あいつの棺桶、小さくなかったか?」
「小さい?」
「いや、小さかっただろ!」
「おい、落ち着けよ。葬儀場だぞ。それに俺、まだ棺桶見てないし」
「ああ、すまん……でもさ、子供用弁当箱の箸ケースくらいのサイズだったんだよ」
「は? そんなわけないだろ」
「マジなんだって。もう気になって、悲しい顔なんてできねえよ。次見たら確実に笑うと思う」
「耐えろよ。不謹慎だな」
「いや、無理だって。なんで、あんなに小さいんだ? ふふっ、しかもさ、あいつ高校時代太ってただろ。それが余計にさあ、ははは」
「もう笑ってんじゃねえか。やめろよ。お前の勘違いか、何か理由があるんだろ……」
「理由? ああ、そうかもな……」
「ん、なんだよ、急にしおらしくなって」
「いや、あいつの死因、まだ聞いてないんだけどさ……もしかして、海か山で遭難して遺体が見つかってないのかもな。あの棺桶、中身はへその緒だったりしてさ……。おれ、ダメだな……」
そう言って、男は少しうつむいた。そのとき、もう一人、同級生が近づいてきた。
「やあ、久しぶり」
「おおー」
「よお……」
「まさか彼が死ぬなんてね……あとで声かけてあげてって、お母さんが言ってたよ」
「声かけてあげてって……あいつ、あの中にいるのか!?」
「うおっ、急になに?」
「あの小さい棺桶に? 嘘だろ!?」
「だから、騒ぐなって」
「小さい? いや、まだ棺桶を見てないけど、お母さんはそう言ってたよ」
「いや、入るわけないって! あいつ、高校の頃太ってたし!」
「なんだ、全然会ってないの? 彼、かなり痩せたんだよ。サウナが趣味らしくてさ」
「あー、だからか……いや、そんなわけないだろ!」
「いや、どうしたの? どういう状況?」
「さあ、俺もよくわからん」
「だから、棺桶が小さすぎるんだって!」
「あー、そういえば、ヨガも始めたって言ってたよ」
「おー……いや、ヨガやってる程度じゃありえないって! ミイラにでもなんないとさ。ん? いや待てよ、サウナか……? サウナで倒れて死んで、水分が抜けて……いや、そんなわけあるかよ!」
「一人で騒ぐなよ。だから、お前の勘違いだろ。もう一回ちゃんと見てこいよ」
「ああ、わかったよ!」
一人が席を外し、残った二人は顔を見合わせた。
「ねえ、そもそも、どういう話?」
「いや、あいつが棺桶が小さすぎるって、ずっと騒いでるんだよ。俺も来たばっかで、まだ見てないからわかんないけど、あいつ昔からそそっかしいし、絶対なんか勘違いしてるわ」
「あー、ははは。確かにそういうとこあったよね」
「ああ。てか、お前、あいつと死ぬ前に会ったんだ」
「うん、街で偶然ね。ちょっと話してすぐ別れたけどさ。ジムのトレーナーを予約してるとかで」
「へえ、ああ痩せたって言ってたもんな。しかし、ダイエットねえ。意外だな。高校の頃は全然気にしてなかったのに」
「ああ、なんでも彼女に笑われたとかで、それで、痩せれば相対的にどうのこうのって言ってたけど、まあよくわかんないや」
「え、あいつ、彼女ができたのか」
「らしいよ。まあ、そのときやけに暗い顔してたし、もしかすると別れたばかりだったのかも」
「ふーん、それで見返したくてダイエットを……。で、無理がたたったのか、それとも病気か……」
「ん? 死因の話?」
「ん、ああ」
「仕事中、プレス機に挟まれたらしいよ」
「プレス機!? じゃあ、小さい棺桶って勘違いじゃなかったのか……いや、でもそんなに小さくなるか?」
「さあ……無傷だった部分だけ入れたとか? あ、戻ってきた。何震えてんの?」
「い、いや、こっそり棺桶を開けたんだけどさ……入ってた」
「そりゃ入ってんだろ」
「勝手に開けちゃダメでしょ」
「い、いいから来て、直接見てみろよ。ほら!」
「あ、おい」
「もー」
三人は棺桶の前へゆっくりと歩み寄り、蓋を開けた。その直後、ゲラゲラと笑った。
中にはペニスが入っていた。