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8.もう、どこにも帰れない

 大岩を突いたような衝撃が刀を持つ腕を走り抜ける。見ればオーガの首元には一つの傷もなく唯一の武器である刀は、刀身の中ほどからぽっきりと折れ、それと同時に俺の心も折れていた。


 絶望。


 俺の人生において最もいい動き、最もいい選択をし続けたこの戦闘は、生物としての圧倒的な格の違いを前に叩きのめされた。


 戦意喪失した俺を見たオーガはにたりと笑い、その巨大な手のひらで俺を包み、ギリギリと締め付ける。まるで殺すことを楽しむように少しづつ力を加えてくる。


「ぐぅぅ……ごほっ!」


 外側から圧迫され徐々に呼吸をするのすら苦しくなり、すでに限界を迎えていた骨は悲鳴をあげる。


「くそ……」


 俺は大切な家族すら守れずにここで死ぬのか。


「主殿!!」


 すべてを諦めた時、燈華さんの声が聞こえた。


  声に緊張を孕ませオーガの頭上に燈華さんが降り立ち、そのままの勢いで持っていた刀を突きさす。ぶつぶつと何かをつぶやいたかと思えば青白い炎が刀の突き刺さった頭頂部から徐々にオーガの全身を包み込む。


「ふおぉぉぉぉぉ!!!!」


 おちついた雰囲気の燈華さんからは想像もつかないほど活気迫る咆哮。


「グオオオオオオォッ!!!」


 青白い炎がオーガの体を伝い、握られている俺のもとまで迫り、ついには俺ごと包み込む。


 しかし、いつまでたっても炎の熱さは感じられなかったが、オーガはいまだにもだえ苦しみ俺を拘束していた手を放す。


「主殿。これは狐の祟りにございます。対象以外に害はございません。とはいえ何の説明もなしに使用してしまい申し訳ございません」

「ごほっごほっ…。大丈夫です…。燈華さんがいなければ今頃死んでいました…」


 クラッグ・オーガは苦痛に吠え炎を振り払おうと地面を転がったり手で払ったりしていたがそれでもまたったく炎は消えず、ついにはそのまま肺になって消えていく。


「わたくしも最初からこうしておけばよかったのですが、如何せん力の消費が激しく温存せざるを得ませんでした…」


 そういうと燈華さんはガクッと地面に膝をつく。


「立てますか?」

「…!申し訳ありません…。わたくしもっと精進いたします…」


 申し訳なさそうな顔で俺の手を取るも光の粒子となって消えていく。おそらく俺の魔力切れだろう。急激に脱力感に襲われながら今も座り込んだまま尚俯き続ける沙羅のもとへ向かう。


 足を引きずりながら近づくにつれ、沙羅の足元に何かが倒れているのがわかった。


「嘘だ…!」


 今見えている者がただの見間違いであることを確認するため、躓きながらも早足で沙羅のもとへ向かう。ただの見間違いであってほしかったがそれは徐々に確信に変わっていく。


「か、母さん…!」


 倒れこむように、寝ている母さんのもとへ近寄る。その頬を触ればすでに生きた人間の体温は感じられなかった。もっと早く来ていればと後悔の念がおしよせる。


「………今頃来ても遅いよ……お母さん、死んじゃったよ」


 キッと俺を睨みつける目には涙がたまっていた。


「もっと早く来てよ…あんな怖いの倒せるなら。もっと早く来てよ…!私たち、たった3人しかいない家族だったのに……。ねぇ、なんで?お母さん死んじゃったのに、なんでちっとも悲しそうじゃないの?なんで涙の一つも出ないの!?あんたにとって家族ってその程度なの!?………意味わかんない。もうどっか行って!!二度と私の前に現れないで……」

 

 沙羅の悲痛の叫びが心をえぐる。悲しみは沸いてこないが、魔物に対する怒りは沸々と煮えたぎっていた。


 俺のことなど見たくもないだろうが、この場所に沙羅を置いていくことはできない。


「………ごめん。でもそれはできない。まずは母さんを安全な場所に移さないと」

「…っ!」


 俺の意見も間違いではないことを理解しているのか、こちらを見ながら口をぱくぱくさせ何か言いたげな表情をする。


「その後俺たちも避難所に行こう」


 沙羅は今怒りや悲しみで感情がぐちゃぐちゃだろうにすべての感情を押さえつけ、すっと立ち上がる。


「早く安全な場所探そ…」

「うん」


 そうして俺は悲鳴を上げる体に鞭を打ち、母さんを持ち上げ歩き出す。瓦礫の隙間に丁度人が一人入れるくらいの空間を見つけ、そこに母さんを置いた。これで魔物にも見つからないだろう。


「すぐ迎えに来るからね」


 俺のすぐ後ろでは沙羅が今も嗚咽を漏らしながら涙を流している。


「避難所に行こうか」

「ん…」


 魔物たちの暴虐によって家々は無残に破壊された街並みを足を止めることなく、息を潜めながら瓦礫の間を駆け抜けた。


 倒れた街灯が道を塞ぎ、誰かの落としたぬいぐるみが血に濡れて転がっているのを見つけ、胸が締めつけられた。


 突然、背後で建物が崩れる音が響き、振り返ると遠くで巨大な影が瓦礫の上に立っていた。


 恐怖に駆られながら、俺は細い路地へと身を投じた。


 この道の先には避難所があるはずだ。だが、たどり着くまでに何が待ち受けているのか分からない。握りしめた拳が震える。けれど、立ち止まるわけにはいかなかった。


 魔物とエンカウントしそうになりながら走ること数分。数m先に避難所を発見し、数人の大人が辺りを見回しながら立っているのが見えた。


 近づいていくと厳格そうな見た目のおじさんがこちらに気づく。


「君たち早くこちらへ!」


 彼はこちらに駆け寄ると、辺りを警戒しながら避難所へと案内してくれた。


「ボロボロだな。回復魔法を使える者が1人いるが、あいにく彼女も限界ギリギリまで魔法を行使したようでな…」


 回復魔法は命を助けた経験のあるものに発現しやすい傾向にあるらしく、ほとんどの医者は回復魔法を使えるようだ。


 ただ扱いが難しいらしく医学に精通し「どういう原因でどうなって、何をしたら治るか」ということを理解していないと発動しても効果が現れないらしい


「大丈夫です。身を置ける場所があるだけでありがたいですから」

「そうか…。確実に安全な場所なんて今はどこにもないが、子供達が少しでも安心できるように俺たちも精一杯頑張るよ」


 そう言うと白い歯を見せ、大きな手で俺の頭を撫でた。沙羅にも手を伸ばそうとしていたが時代的にまずいと思ったのか慌てて手を引っ込めていた。


「そういえば君たち、食料は持っているか?魔法のおかげで生活を送る分にも支障ないが食料は魔法でもどうにもならなくてな」

「すいません。慌てて家から出てきたもので」

「そうか。ならこれをやろう。自衛隊が来たら配給もあるはずだ。それまでなんとか耐えてほしい」


 ポケットから長方形のぱさぱさカロリー爆弾を2箱取り出し申し訳なさそうな顔で手渡してくる。


「でも、これはあなたにとっても大事な食糧なんじゃ…」

「いや問題ない。俺は災害に備えて色々準備だけはしていたからこれくらいは大丈夫なんだ。遠慮しないでくれ」

「…ありがとうございます」

「おうよ。じゃ、俺は見張りに戻るとするよ。布団やらシートやらはあそこでまだ配布してるはずだ」


 体育館のステージ側を指さし、おじさんは外へと向かう。


 こんな緊迫した状態だというのにどうしてあんなにも人にやさしくできるのだろうか。大人になればあれだけ心に余裕をもって人に接することができるのだろうか?


 どれだけ考えても今の俺にはわからないだろう。


 気を取り直し、夜に備えて布団やシートの配給を受け空いている場所にシートを広げた。


 沙羅との間には、いまだに気まずい空気が流れているが大人しく隣に座ってはくれるようだ。まだまだ中学生の子供だと思っていたが、自分の感情と折り合いをつけることができるならきっともう立派な大人なのだろう。


 やることもなく呆然と体育館の天井を眺めていたらいつの間にか夜がきて皆不安を抱えたまま眠りにつく。方々からすすり泣く声が体育館に響き渡っていた。

次回投稿予定:20日朝8時頃

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