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79.

 呼吸より早く、静奈は身体をひねる。雷光が一瞬、視界を白く染めた。間一髪、拳を外すが、衝撃波だけで峡谷の岩肌が崩落する。雷纏う大剣を盾のように構えた静奈が吹き飛ばされ、地面を滑った。


 ゼルヴァンの拳が地に触れ、冷気が爆ぜた。


 凍てつく白が地面から広がり、辺り一帯が瞬時に氷原と化す。俺の足が凍りに縫い止められる寸前、蒼火を踵に爆ぜさせ、跳ぶ。


 空中で体勢を整える暇もなく、ゼルヴァンの視線がこちらを捉え口元から、氷の光線が奔った。


 蒼の直線。瞬きする間に距離を詰めてくる冷気の奔流。


「日向丸っ!」


 俺の声と同時、日向丸が現れ魔法壁を展開する。けれど、左腕に焼けるような冷気が走る。皮膚が凍りついた。感覚が抜ける。


 それでも刀を離さない。


 ゼルヴァンの目が、こちらを見据えたまま輝きを増す。氷杭がまた形成され、今度は俺と燈火の間に同時多発的に落ちる。


 燈火が幻術で動きを撹乱するが、ゼルヴァンの知性はそれを見抜いていた。幻影を無視して、確実に俺の位置を狙っている。


「こいつっ!!」


 だが、その時。雷が轟く。


 空を裂くような雷が、ゼルヴァンの背へと直撃する。そこにいたのは、静奈だ。全身に雷を纏い、暴風のような気迫を放っていた。


「やっぱおめぇ、重すぎんだろッ!」


 突進と共に、極限まで圧縮された雷刃がゼルヴァンの背を貫く。氷の外殻が砕け、内部の魔核が微かに露出した。


 見逃さない。


「祟り宿りし蒼火よ、我が怒りに応えよ。穿て!蒼火一閃!」


 至近距離で俺が詠唱を終えると、炎が蒼く収束し、光の槍のようにまっすぐ伸びる。


 ゼルヴァンが振り返る。今度は、腕を大きく振りかぶった。直撃すれば、俺の身体は霜ごと砕けるだろう。


 その一瞬――燈火がゼルヴァンの首元へ跳び、口元に狐火を叩き込んだ。視界を奪う閃光。ゼルヴァンの拳が空を切る。


 俺の刀が、魔核に届く。


 突き刺さる感触と同時に、蒼火が爆ぜる。氷が内側から弾け、ゼルヴァンが膝をついた。


 それでも終わりではない。地響きと共に、ゼルヴァンの背が隆起する。再び氷柱が生え、嵐のような冷気が峡谷を呑み込もうとする。


 だが、俺たちはもう動いている。


 静奈が右から、燈火が左から、同時に駆ける。ゼルヴァンの核に、残された最後の一撃を叩き込むべく。


 三位一体。


 静奈の大剣が雷を纏い、閃光を帯びて唸りを上げる。燈火は、狐面の奥で静かに気配を溶かしながら、幻術と共に地を滑るように疾走した。俺は刀を構え、蒼火を刀身に込めて走る。


 呼吸すら、揃っていた。


 ゼルヴァンの核を守るように、氷柱が螺旋状に隆起していく。その中心で、氷の巨影が咆哮と共に氷気を爆ぜさせた。まるで世界そのものを拒絶するような絶対零度の防壁。


「ぶち抜くぞッ!」


 俺が叫ぶより早く、静奈の雷が地を裂いた。電撃を圧縮した突進で氷柱の一角を粉砕し、道を拓く。


 燈火が淡く光る焔の鎖でゼルヴァンを拘束し、その身を焦がしていく。


 その中心へ、俺が駆ける。


 刀が燃え上がり、蒼い尾を引いた光刃が、まっすぐ魔核を貫いた。


 ゼルヴァンの巨体が一瞬、硬直する。


 静奈の雷刃が魔核の隙間へ斬り込み、燈火の狐火がそれを爆ぜさせるように魔力を流し込む。


 蒼火と雷撃、狐火が交わる閃光の中心で、ゼルヴァンの核が崩壊した。


 全身の氷殻が爆ぜ、ゼルヴァンの巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。氷の山のようだった外殻が風化するように砕け、白い霧と共に空へ溶けていく。


 誰も声を出さない。ただ、静かに立ち尽くす。


 そして息を吐いた瞬間。


「すっっごいですっ!!」


 突如、峡谷に明るい声が響いた。


 ひまりだった。


 隊服の袖を振りながら、岩場の影から駆けてくる。全力で走ったのか、顔を真っ赤にして息を切らし、それでも満面の笑みだった。


「透真さん、静奈さん、それと燈火さん?も……!もう、もう、あれ…あのゼルヴァン?ぜんぶ見てました!一撃一撃が!なんかもう、映画みたいで…いや映画でも無理っていうか…!」


 次々に言葉がこぼれ落ちる。興奮と賞賛と尊敬の入り混じった声。


「三人とも、完璧に連携してて、魔法も、斬撃も、もう、かっこよすぎて……すごいです!本当にすごかったです!!」


 手をバンザイして何度も跳ねるひまりの姿に、思わず静奈が吹き出した。


「そっか。あたしたち、そんなすごかった?」

「すごかったです!私、感動して震えました……」


 燈火がふわりと笑い、面を外さぬまま「他の方から誉められるのも、悪くないですね」と呟く。


 俺は刀を納めながら、ひまりに尋ねた。


「他に敵性反応は?」


 「ありませんっ!」とひまりは胸を張る。


「先ほどまでの高濃度魔力は、ゼルヴァンの魔核が崩壊したことで完全に消失しました!」


 頼もしい返答に、俺たちは短く頷き合う。


 「ですが…」と続けるひまりの眼には不安が宿っていた。


 黒い花が咲き乱れる方角。地を這うように濃密な魔力が立ち込め、空気が重くなる。ひまりの索敵によれば、この先に新たな群れがいるという。


 ひまりの言葉に従い、俺たちは黒い花の咲き乱れる小道を慎重に進んだ。足元の草がざわめき、どこかで低く唸るような音が響く。やがて視界が開けたとき、それを見た。


「……なんだ、こりゃ……」


 黒い花畑の中心に、そいつはいた。全身を禍々しい甲殻で覆った異形の魔物。

 頭部には複眼と、角のように伸びた骨質の触角。そして周囲には、数百を超える魔物たちが、整然と列を成していた。


 まるで、軍勢。


 その中心にいた一際目立つ魔物が一声、異形の咆哮を上げた。それはただの鳴き声というよりは、「号令」のように聞こえた。


 事実、その鳴き声に反応するように無数の魔物が動き出す。


 牙を剥き、四足で走り、翼を拡げ、魔法を詠唱する者すらいる。地を這う者、空を裂く者達が一斉に襲いかかってきた。


 咆哮が響いた瞬間、全身の毛穴が総立ちになった。


「全隊、迎撃態勢!第一から第三班は前衛展開 第四、第五班は後方支援、魔法陣を展開しろ!」


 俺の声が、ざわめく空気を断ち割るように響いた。黒い花が揺れ、土を蹴る音と武器を構える音が重なり合う。


 魔物は数百。こっちは、俺と静奈、それに第一から第五班からなる総勢百名。圧倒的に数は不利だが、訓練された部隊を舐められちゃ困る。


「静奈、左翼を頼む!飛行型を落とせ!」

「雷穿・加具土ノ鎖!!!!」


 静奈の詠唱が終わると同時に、雷が上空の一体に直撃したかと思うと、翼をもつ魔物どもに次々と連鎖していく。一体、二体……花畑に墜ちるたび、土煙が舞った。


 地上では、第一から第三班が盾を構えて前線を形成。咆哮に従って突撃してくる魔物の群れに正面からぶつかっていく。槍が突き立ち、剣が閃き、甲殻が砕ける音が響いた。


 だが、敵も手ごわい。一際大きな魔物が突っ込んできて、第一班の隊員が一人、吹き飛ばされた。黒い花の中に沈む彼の姿が、俺の網膜に焼きつく。


「後衛、回復急げ!前衛、踏みとどまれ!ここまで来て手ぶらで帰るわけにはいかない!!」

「「了解!」」


 俺は叫びながら、全体の布陣を頭の中で組み直す。地中から這い出すタイプが多い。このままじゃ前線が崩れる。


 また一人、また一人と隊員が吹き飛ばされる。


「第一班、被害甚大!三名戦死、五名重傷!」

「敵、まだ半数以上残ってます!」

「ここで食い止める!全隊、再配置!」


 俺は剣を抜いた。刀身に蒼火を纏わせ、前線へ躍り出る。敵の前脚が振り下ろされる瞬間、踏み込み、斬る。肉と甲殻を断ち割る感触が手に伝わる。


「一、二、三班は鶴翼の陣を組め!後衛の魔法隊は支援射撃と負傷者の回復を急げ!」


 今まで、自分がどう動くかだけで精いっぱいだったのに、現場の指揮まで加わると、思考がパンクしそうになる。敵は俺の事情を察して攻撃をやめてくれるわけでもないので、弱音を吐いている暇もない。


「日向丸!悪いが飛びまわって隊員を守ってくれ!ラーヴェン!負傷者の回復を頼む!ノワ!俺についてきてくれ!」


 次々と仲間を召喚し、役割を与える。今まで俺の近くから離したことがないだけに、不安が襲い掛かる。それでも、まだ燈華とノワが近くにいてくれるだけで心強かった。


 そしてついに、ひと際でかい、漆黒の甲殻を持ち、赤黒い瘴気をまき散らす異形が、咆哮とともに突進してきた。


「静奈!こいつは俺たちで止めるぞ!」

「おうよ!!」

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