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53.見下された誇り

 勝利の余韻も束の間だった。


 閉会式の準備が整い、会場中央に設置された大型スクリーンに、三競技の総合得点が表示される。数字が切り替わっていき、ついに最終順位が発表された。


『総合成績、第一位…特異災害制圧部隊!』


 場内が再び大きなどよめきに包まれる。観客たちは歓声を上げ、静奈が小さく「やったな」と笑ったそのとき。


『…ですが、ここで一点、審判団より通達がございます』


 甲高いアナウンスが割り込んできた。


『第三競技における特異災害制圧部隊の行動に、不正行為の可能性が確認されたとの報告がありました』


「…は?」


 俺は思わず声を漏らした。


『よって、第三競技の得点は一時保留とし、現時点での順位は第一競技・第二競技の合算による暫定順位とさせていただきます』


 スクリーンが再び切り替わる。得点表から、第三競技の項目が削除され、そして。


『総合最下位:特異災害制圧部隊』


 表示された数字に、観客席からも戸惑いの声が漏れた。


「待て、なんだそれ……!」


 静奈が一歩前に出て叫ぶ。しかし、アナウンスは続けた。


『現在、審査団により映像記録と術式の痕跡解析が進められております。結果が出るまでの間、本大会の最終順位は暫定扱いといたします』


 どこかで、冷笑が聞こえた。振り返ると、防衛隊員の観客席にいる数人が、肩をすくめてこちらを見ている。


「やっぱりな」

「あれはどう見ても普通じゃなかったよ」

「何か仕込んでたに違いねぇ」


 まるで、最初からそうなると決まっていたかのように。


 喉の奥が焼けるようだった。


「どこまでも俺たちを認めたくねぇってか…ふざけやがって!」


 拳が震える。俺たちは正々堂々、全力で戦った。勝ったのは事実だ。それを何の証拠もなく不正だと決めつけた。


 だが、俺たちの声が届くかもなく閉会式が始まり、どこか気まずい空気のまま進行していった。


 予定されていた表彰の数々が形式的に行われる中、俺たち特異災害制圧部隊は呼ばれることもなく、ただ立たされているだけだった。静奈も何も言わなかった。ただじっと、前を睨むように見つめていた。


 そして最後、代表者挨拶すら運営上の都合とやらで省略され、閉会のアナウンスが機械的に鳴り響く。


『本大会は、これにて全ての競技を終了いたします。ご参加いただいたすべての隊員の皆様に、心より感謝申し上げます』


 薄っぺらな言葉だけが、冷たく響いた。


 俺たちは荷物をまとめ、足早に会場を後にした。出口のゲートに向かう途中、周囲の部隊の視線が突き刺さる。わざとらしく声を潜めている連中もいた。


「なあ、見たか?あいつら結局、最後は不正扱いだとよ」

「勝てるわけねえもんな。最初から怪しかったぜ」

「掃き溜め部隊が本気で勝てるような大会なら、誰も苦労しねぇんだよ」


 くすくすと笑い、わざと聞こえるように呟いてくる連中。あからさまな侮蔑の目。


「チッ……」


 今、ここで怒りを爆発させたところで、敵は何も痛まない。ただ俺たちが「扱いにくい隊員」として記録され、さらに遠ざけられるだけだ。


 俺たちの勝利は、なかったことにされた。


 基地に戻る輸送車に乗り込む頃には、会場の喧騒も遠ざかっていた。車内は沈黙に包まれていたが、それでも俺は、静奈の隣に座って外を見つめた。


灰色の空の下、基地のゲートが見えてくる。錆びた鉄扉と無機質な警備塔。ここは、俺たちの「帰る場所」のはずだった。


「…あぁ、帰ってきたか」


 ゲート前に立っていた門衛が、だるそうに背伸びをしてから俺たちを見やった。初老の男。名札には〈三輪〉とある。普段は無関心で挨拶すらしない男だったが、今日に限って妙に饒舌だった。


「すごかったな、テレビで見てたよ。あんなにド派手にやって…それで最後に不正ってさ。笑えるよな」


 俺は黙って通り過ぎようとした。が、三輪はわざとらしく大きな声を張り上げる。


「ま、見せ物としては最高だったぜ? うちみたいな負け犬部隊にしちゃ、上出来なんじゃねぇの?」

「……ッ」


 静奈の肩がわずかに震えた。だが、彼女も俺と同じく足を止めなかった。


 言い返しても意味はない。俺たちの言葉には、もう何の重みもない。


 基地の中も、妙に静かだった。出迎えは一人もいない。帰還報告を出しても、返事は通信端末からの自動応答だけ。まるで、存在ごと無視されているようだった。


 無言のまま自室に戻り、荷物を置いた瞬間。無機質な電子音が部屋に鳴り響いた。


 〈緊急任務指令 発令〉


 目の前の端末に、赤い警告が瞬いた。


 開いたデータには、信じがたい内容が並んでいた。


【任務指令】


発令元:幕僚部第三作戦局

対象部隊:特異災害制圧部隊

任務名:市街地エリアVにおける特異反応源の調査・制圧

制圧対象:正体不明の高出力魔力反応体(危険度:不明)

支援部隊:なし

補給支援:なし

作戦開始予定時刻:指令受信から三時間以内

備考:現地の地形データおよび敵勢情報は未解析。敵性魔力の詳細不明。


「…は?」


 静奈が呆れたように声を漏らした。


 支援もなし、情報も不明。しかも相手は高出力反応体、危険度は不明だ。もはや、それは任務じゃない。ただの使い捨てだ。


 まるで、「お前らがどんなに勝とうと、黙って死ね」と言われているかのようだった。


「わざとだな」


 静奈が吐き捨てるように言った。俺は何も言わず、ただ静かに拳を握る。


 何も言わなかった。いや、言えなかった。


 俺の中で、感情が噴き上がりすぎて、言葉にならなかった。喉の奥が熱を持ち、心臓が痛いほど脈打っている。


 拳が、音を立てて震えた。指の関節が白くなるほど力を込めても、怒りは収まらなかった。


「ふざけるなよ……!」


 俺は机を思いきり叩いた。金属製の端末が跳ね、ディスプレイに亀裂が走る。けれど、それでも足りなかった。


「なんでだよ……俺たちは、やれることは全部やった!正々堂々戦って勝った!それを不正扱いして、また支援もなしで死地に放り込むってか!?」


 声が割れるほど叫んでいた。怒りが、自分の内側から身体を喰らっているような感覚。


「どこまで見下げりゃ気が済むんだ…!あいつらは安全地帯で指示出すだけのくせに、こっちの命を…ただの使い捨てみたいに扱いやがって!」


 壁に拳を叩きつける。重い衝撃。手の甲が裂けて血が滲んでも、痛みすら感じなかった。


 静奈が何も言わずに見ていた。驚いたわけじゃない。ただ、黙ってその怒りを、受け止めるように。


「…悪い、取り乱した」


 俺は息を乱しながらそう言ったが、怒りの火はまだ胸の奥でくすぶっていた。


 やるしかない。


 こんな理不尽、正面から叩き潰すしかない。


「見てろよ、幕僚部のクソども…俺たちが、誰よりも強くて、正しいってことを証明してやる」


 血が滴る拳をゆっくりと握り直す。


 この命令を無視すれば、今度は命令違反で本当に処分されるかもしれない。


 口の中に残る悔しさを、怒りに変えて飲み込む。


 静奈がニヤッと笑った。


「なら派手にやってやろうぜ。市街地Vといえば、埼玉の、今日本で一番ヤベェ地域だ。それをあたしら二人で、鳥取に続いて奪還してやろう。そしたら今度こそ、誰も文句は言えねぇはずだ」


 決意を胸に行動に移す。


 準備時間は限られていた。俺と静奈は最低限の装備をまとめ、詰所から滑走路へと急いだ。チャーターされた軍用機が一機、滑走路脇に待機していたが、周囲には誰一人として見送りの姿もなかった。


 まるで、今から死地に向かう隊員に対して、黙って消えろと言わんばかりに。


 鳥取から埼玉へ。移動経路は制限され、軍用機からバス、さらに簡易装甲車へと乗り継ぐ形となった。何度も検問があり、そのたびに身分確認が行われた。俺たちは外へ出るたびに、無言の敵意を背負っているような錯覚に陥る。


 簡易装甲車の窓から見える景色は、どこまでも瓦礫と焼け焦げたアスファルトの連続だった。崩れたビル、立ち枯れた街路樹。すべてが死んだまま、風に晒されている。


 埼玉全域は、いまや高さ五メートルを超える強化防壁に囲まれ、出入りは中央の封鎖ゲート一か所に限定されていた。そこに至る道には、銃を構えた警戒兵が並び、監視ドローンが空を旋回していた。


 装甲車を降りた瞬間、腐敗した空気が肌にまとわりつく。生き物の匂いじゃない。魔物が棲みついた街特有の、世界そのものが壊れかけているような異臭。


 腐臭と硝煙の入り混じる空気の中、俺と静奈はゲート前の検問所を通過した。正門近くには、仮設の医療テントと救護エリアが設けられていた。瓦礫の中から戻ってきたばかりの部隊らしく、泥と血にまみれた兵士たちが、次々とタンカに乗せられ、担ぎ込まれていく。


「…っ」


 片脚を失った隊員。焼けただれた腕を抱え、呻き声を上げる女兵。動かぬまま、無言で搬送される者もいた。タンカに乗せる手が震えている。もはや戦いではなく、これはただの生還、命を拾ってきただけ。


 俺たちの前を通り過ぎた男が、ふと足を止め、こちらを見た。ボロボロの装備、左肩から血を滲ませた男。額には包帯が巻かれ、足取りはふらついていた。


「お前らだけか?」


 男の目が、俺と静奈を交互に見比べた。


「……マジで二人だけかよ。はは、そりゃあキツいな。可哀想に。せめて三日持つといいが」


 そう言って、男は苦笑した。だがその笑みには、冗談の色すらなかった。現実を見て、なお笑うしかない。そんな、諦めの色。


 俺は何も返さず、ただ前を向いた。


 静奈が横で小さく吐息をつく。


「同情される立場になったか、私たちも」

「…言わせておけ。俺たちはやるべきことをやるだけだ」


 この地に送られる者たちに、勝者などいない。ただ、生き延びた者と、そうでなかった者がいるだけだ。


 正門前で俺たちを出迎えたのは、防衛庁の現地連絡員の真鍋と言う男だった。現地連絡員と言っても、成人したての新米隊員だった。


 俺も変なものに手を出さなければ、この隊員のように比較的平和に暮らせていたのだろうか。


「本当に行くんですか? あそこ、マジで戻ってきた部隊、半分以下で…」


 言葉の最後が震えていた。だが俺は何も答えず、ただ一歩前へ出る。


「指令が出てるんでな」


 静奈の言葉に、彼はそれ以上何も言えなかった。ただ、正門のロックを解除し、俺たちを中へと送り出す。


 巨大な扉が軋みながら開き、その先に広がるのは、死の街だった。


 建物は骨組みだけを残し、地面には黒い染みと化した血痕が無数に残る。異常なほどの静寂。風さえ、声を失ったかのように吹かない。


「目標地点、エリアVはこの先だな」


 地図データに基づいて、俺たちは慎重に進む。

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