50.反撃の刻
運営のアナウンスが場内に響き渡る。
「続いて第二種目、魔法壁耐久試験を開始します」
アリーナの中央に新たな競技エリアが設営された。直径約十メートルの円形フィールドが複数並び、それぞれに防御魔法の示す計測装置が設置されている。
「本競技では参加者自身の防御魔法の強度と耐久性を測定します。参加者は一人ずつ円形フィールドに立ち、自らの魔法壁を展開。運営側からの段階的な攻撃に対し、どれだけ耐えられるかを競います」
今度は俺の番だった。静奈が軽く背中を押してくれる。
「行ってこい透真!」
「ああ」
俺は自信ありげに頷くが日向丸頼りなのが情けない。
俺はそっと胸ポケットをなでると、中から微かな温もりが伝わってくる。
指定された円形フィールドに立ち、深呼吸した。周囲では他の参加者がすでに見事な魔法壁を展開し始めている。
「どうした、早く始めろ」
審判の一人が苛立ちを隠さずに言った。彼の目には「どうせすぐ破れる」という侮蔑が浮かんでいる。
俺はこっそりと日向丸に「頼むぞ」というとポケットのなかでもぞもぞと動いているのがわかった。おそらくいつものサムズアップをしているのだろう。
透明な金色の膜が形成され、俺の前方に魔法壁が張られる。それは見た目は薄く脆そうだったが、不思議な暖かさを感じさせた。
「おい、あいつ研修時代は魔法が使えなかったのに…」
「どうせ今日のために少し練習した程度だろ」
周囲からそんな声が聞こえてきたが、俺は気にしないようにした。
「それでは第一段階の攻撃を開始します」
アナウンスと同時に、全てのフィールドに向けて同じ強さの魔力弾が発射された。それは赤い光の矢のようなもので、各参加者の防御壁に命中する。
多くの参加者の壁はその攻撃を易々と跳ね返していた。俺の日向丸の魔法壁にも魔力弾が当たったが、問題なく防いでいた。
「第二段階、出力2倍」
今度はより強力な魔力弾が発射される。いくつかの参加者の壁にヒビが入り始めたが、多くはまだ持ちこたえていた。日向丸の作った魔法壁はまだ崩れる気配はない。
第三段階、第四段階と攻撃の強度が上がるにつれ、脱落者が出始めた。彼らの魔法壁が砕け散り、警告ブザーが鳴る。第五段階では残りの参加者も半数以下になってしまった。
しかし、驚いたことに、俺と日向丸の魔法壁はまだ健在だった。確かに膜は薄くなり、金色の輝きも弱まっているが、それでも耐えている。
「第六段階、出力8倍」
激しい衝撃が金色の膜を襲った。膜が大きく揺らめき、一瞬崩れかけたように見えた。俺はポケットの中で小さくなっている日向丸を感じ取った。
「もう少しだけ頑張れ」と俺は祈るように言った。
金色の魔法壁が急に明るく輝き、強化されたように見えた。日向丸が最後の力を振り絞っているのだ。
第七段階、第八段階と進むにつれ、残っているのはわずか数人。この時点で隊員側の観客先からは俺の不正を疑う声や、罵声などが聞こえ始める。
「第九段階、出力16倍」
この攻撃で、部隊のほとんどが脱落した。残ったのは最強の防御魔法使いだと言われている一人と、信じられないことに、俺だけになった。
「最終段階、出力32倍」
強烈な魔力の波が襲いかかる。エリート部隊の最後の一人が、歯を食いしばりながらも防御を維持していた。
俺の周りの金色の防御壁は、まるでガラスのようにヒビが入り始め…そして、壁は崩れた。
「脱落、特異災害制圧部隊」
アナウンスが鳴り響き、俺は膝をつく。日向丸の入った胸ポケットを優しく撫でる。
「よく頑張ったな、日向丸」
しかし、会場は静まり返っていた。最後の一人も、ほぼ同時に壁が崩れていたのだ。
「…結果確認中です」
運営側がデータを確認した後、驚きの声明が発表された。
「僅差ですが、出雲基地隊隊員の壁崩壊が零.二三秒後でした。よって今回の勝者は出雲基地隊!」
惜しくも負けてしまったが、結果は上々だ。
控え室に戻ると静奈が俺の肩を叩いた。
「やるじゃん日向丸!」
「あぁ、本当によく頑張ってくれたよ」
俺は疲れ切った日向丸を優しく撫でてから召喚を解く。
「次が最後だな」
「あぁ、人数的には不利な競技だけど、要は全員ぶっ倒しちゃいいんだろ?」
「そゆこと。一番シンプルで、きっと俺たちが一番得意な競技だ」
数分後、第三種目のトーナメント形式模擬戦について、場内にアナウンスが流れる。
「最終種目はトーナメント形式の模擬戦を行います。各部隊から選抜されたメンバーによる実戦形式の魔法戦闘です。勝ち残ったチームが優勝となります」
俺たちは控室のモニターで進行状況を確認していた。大型スクリーンには対戦表が映し出されている。魔法科学部の対戦相手は陸前駐屯地。彼らは実戦経験豊富な部隊として知られていた。
「陸前か…」と静奈が眉をひそめる。
「陸前は確か十人編成だったよね?」
「ああそうだぜ」
「こっちは二人かぁ。参加する人数に対しての制限とかあっても良さそうなのかなぁ」
静奈がにやりと微笑む。
「数じゃないだろ?」
俺たちの番はまだ少し先だった。モニターでは他のチーム同士の激しい戦いが映し出されている。火と水の魔法がぶつかり合い、風の刃が飛び交う様子に、観客は熱狂している。
「準備はいいか?」と俺は日向丸をなでながら聞くと、いつも通りサムズアップの形になる。
静奈は少し距離を取り、軽くストレッチを始めた。
「透真は幻術で敵を混乱させて。あたしが一気に片付ける。単純にいこう」
「作戦は分かってる」と答え、俺は日向丸を再び胸ポケットにしまった。
モニターの時計を見ると、俺たちの出番まであと三十分ほど。隣の練習場で軽く身体を動かしておくことにした。
ちょうどその時、陸前駐屯地のメンバーが通りかかった。
十人全員が揃って歩いており、彼らの腕には栄誉ある実戦経験を示す徽章が輝いていた。
「おい、あれが特異災害制圧部隊か?」と一人が指差して言った。
「たった二人で参加させられて可哀想にな」
「でも、早く終わらせられるから楽でいいぜ」
彼らは高笑いしながら通り過ぎていった。静奈は彼らを睨みつけたが、俺は軽く彼女の肩に手を置いた。
「戦場で見せつけよう」
静奈はゆっくりと頷く。
「ああ、絶対にな」
時間が経ち、ついに俺たちの番がやってきた。
「第四試合、陸前駐屯地対特異災害制圧部隊の入場です!」
大きな競技場に一歩踏み出すと、観客席から様々な声が聞こえてきた。大半は陸前駐屯地への声援だったが、一般観客席からは、俺たちを応援する声も混じっていた。
対面には陸前駐屯地の十人が整然と並んでいる。全員が自信に満ちた表情で、中には軽蔑の眼差しを向ける者もいた。
「開始まであと十秒」
審判のカウントダウンが始まる。静奈が俺の隣に立ち、小声で言った。
「あたしはすぐに雷装を使う」
「了解。自由にやっちゃって」
「三、二、一、始め!!」
号砲が鳴り響くと同時に、静奈の体が青白い雷光に包まれた。
「雷装・殲閃!」
彼女の全身から放電し、まるで雷を纏ったように見える。速度が劇的に上昇し、一瞬で陸前駐屯地の最前列に到達した。
敵は明らかに驚いた様子だった。彼らは慌てて防御陣形を組もうとする。
だが、静奈はそれすらも待たなかった。
稲妻のような動きで、防御の隙間を抜け、雷を纏った掌底を敵兵の腹部に打ち込む。
「ぐっ……!」
たった一撃で、男は膝をつき、戦線から脱落した。
続いて静奈は、火を纏う。
「火装・焔牙!」
拳から立ち上る紅蓮の火炎が、彼女の存在をさらに際立たせる。雷と火、二重の属性を纏った静奈は、猛るように陸前駐屯地の兵たちへ飛び込んだ。
だが、ただ単に速いだけではない。既に俺が「仕掛けて」いた。
「影に溶けよ、意識を乱せ、幽欺」
小規模な幻術。だが静奈と俺自身の実際の位置を、敵の目にだけ十数センチズラして錯覚させる。
本当にわずかなズレ。だが、戦闘では数センチの違いが、生死を分ける。
槍を突き出してきた敵兵が、確かに静奈の肩を捉えたはずの突きが、わずかに空を切る。
「なにっ…!?」
「おせぇ!!」
静奈はすかさずカウンター。火装を纏った掌底が、敵兵の腹部を穿ち、彼を無力化する。
陸前の隊員たちは必死に陣形を組み直そうとするが、見えている静奈の位置が正確ではない。だから防御も、攻撃も、噛み合わない。
「包囲しろ!挟め!」
フィールドの外から指揮官が叫ぶが、静奈の動きは止まらない。
雷装の加速に、微細なズレの錯覚が加われば、もはやほとんど回避不能だ。
俺も、ただサポートに回るだけじゃない。
敵の後衛が集団で魔力を溜めるのを見て、手をかざす。
「祟り宿りし蒼火よ、我が怒りに応えよ。穿て、藍焔穿!」
指先から一直線に伸びる、蒼藍の炎。相手の陣形を裂くように放った。
当然、直撃はさせない。だが、真っ直ぐ伸びる炎の脅威は十分だった。
「くっ、避けろ!!」
「こっちにも来るぞ!」
バラバラに崩れる敵陣。
足元を見誤り、避けたつもりが、微妙なズレのせいで静奈の間合いに飛び込んでしまう者もいた。
そこに、容赦のない雷撃と火拳が叩き込まれる。
一撃。
二撃。
三撃。
気絶する者、膝をつく者が次々に出た。
幻術と、超高速の肉弾戦。このコンビネーションに、陸前駐屯地の十人は、誰一人まともに対応できなかった。
俺は再び幽欺を展開しつつ、前線に立つ静奈を援護する。
この幻術は、派手じゃない。だけど、地味に、確実に、戦場を制圧していく。
やがて最後の一人が、静奈の蹴りを受けて、地面に沈んだ。
場内が静まり返る。
そして。
「試合終了!勝者、特異災害制圧部隊!!」
審判の声と同時に、観客席から歓声とブーイングが爆発した。
静奈は雷火を纏ったまま、ゆっくりと振り返り、最高の笑顔を見せる。
「ナイスだ!静奈!」
「透真の幻術も最高だったぜ!」
静奈は火装と雷装を順番に解きながら、満足そうに息を吐いた後、ハイタッチをする。
勝利を手にした俺たちは、堂々と、競技場を後にするのだった。




