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5.恐怖と刀と召喚術

 魔物の巨大な赤黒い瞳が不気味な光を放っている。体育館には血と腐臭の入り混じった臭気が漂う。対峙するのは人の形をしていながら、もはや人ではない。異形の肉体に、魔法を封じると思われる瞳を持つ怪物。それとほぼ同じ形をした小型の魔物。


 右足をわずかに引き刀を構えた。6年間の授業で身に着けた剣術。魔法が使えない俺にとって唯一の己の身を護るための術。今もカタカタと震える腕に力を込める。


 小型の魔物が躊躇なく踏み込んできた。パーツのない顔をこちらに向け鋭い爪が斜めに振るわれる。


 一歩前へ。間合いを詰め、爪の軌道を逸らすように左へ躱した。足運びは確実に無駄なく。体ごと敵の懐に入り込む。


「ふんっ!」


 掛け声とともに、斬撃。刃が魔物の腹を斜めに裂く。骨を砕く鈍い嫌な音が響き、黒い血が噴き出した。次に備えて即座に左手を添え、柄を固く握り直す。


 打ち込みが弱ければ、次真っ二つになるのは俺のほうだ。


 魔物が再び襲いかかる。


 俺は正眼に構え次の一手を放った。一足一刀の間合いから一気に踏み込む。気合とともに刀が振り下ろす。狙いは頭頂、真一文字の一撃。


 今まで何の苦も無く蹂躙していた対象から予想外の反撃を食らったのか、不気味な人型の軍勢は動きを停めた。いまだ。


「こ、この!人間のでき損ないのくそ雑魚共め!悔しかったら俺を殺してみろ!!」


 複数の小型がこちらに近づこうとしてきた瞬間全力で走りだし、俺は体育館の重い扉を必死に開ける。背後では異形の魔物が這いずる音と走り出すどたどたとした音が響いている。近い、近すぎる。


 足を踏み出した瞬間膝が笑いそうになった。筋肉が張りつめ呼吸が荒くなる。だが立ち止まる余裕などない。ここで止まれば、確実に殺される。


 「走れ、走れ……!」


 自分に言い聞かせるように地面を蹴る。体育館から飛び出し廊下を駆ける。グラウンドは広いが逆に遮蔽物がない。目を凝らす。校舎の裏か、倉庫か、それともフェンスを乗り越えて外に逃げるか――選択肢を考えながらも足を止めるわけにはいかない。呼吸が荒くなり喉が焼けるように痛む。


 「どこか…どこか安全な場所…!」


 ふと、視界の端に用具倉庫の影が映った。


 (そこなら……!)


 だが、背後からは砂利を蹴る音何かが地面を這う音がまだ俺の後ろに続いていたが、グラウンドの端を通り、防風林や障害物を使って何とか異形たちを撒く。


 倉庫の扉に手をかける。鍵が開いている!一気に飛び込んで扉を閉め内側から鍵をかけた。


 ドンッ!!


 すぐに扉が外側から叩かれる。


「っ……!」


 息を潜め鼓動を押し殺す。倉庫の中は暗闇。乱れた呼吸が異様なほど大きく聞こえる。


 外の音がしばらく続き、やがて…静寂が訪れたと思われた瞬間。


  ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!


 今度は複数方向から倉庫をたたく音。


 「……もう、無理だ」


 諦めと恐怖で感情がぐちゃぐちゃになる。


 膝が崩れ地面に座り込む。足はもう限界で肺も焼けるように痛む。全身が鉛のように重く呼吸さえまともにできない。心臓の鼓動が耳の奥でガンガンと響き、喉がひりつく。


 じわじわと倉庫を叩く音の数が増える。背後にいる"それ"の気配が肌にまとわりつく。逃げられない。戦えない。終わる。


 怖い。怖い。怖い。


 胃がひっくり返りそうになる。指先が震え歯がカチカチと鳴る。視界がぼやける。頭の中で何かがぐちゃぐちゃに混ざり合い、何も考えられなくなる。


 ――それなのに、なぜか突然、妹と母の顔が浮かんだ。


 沙羅と母さんは無事なのか?俺が死んだら母さんは絶対号泣するだろうな。沙羅も、なんだかんだ良い奴だから俺に文句言いながらも泣いちゃうんだろうな…。


 それでいいのか?もうあきらめていいのか?できることはすべてやったのか?


「できることっ、俺にできること…!」


 まだ召喚術を試していない。せっかくご先祖様に教えてもらったのに、ここでただ諦めて試さずに終わってしまうなんてもったいない。


 俺は静かに手近な石を取り地面に傷をつけていく。

 

「外側の円は召喚された存在をこの世界に固定する役割、その内側は魔力の流れを安定させる中円、そして召喚対象の情報を確定する内円。中央には五芒星。五つの頂点には「火・水・風・雷・氷」の古代ルーン。さらにその中心には螺旋を描く紋様を描く」


 ぼそぼそと呟きながらご先祖様の言ったことを思い出していく。その間にも倉庫を叩く音は増え、壁はひしゃげ、今にも崩壊しそうな音を立てている。


「外周には古代の文字で「我が名を持ちて汝を呼ぶ、今ここに現れよ」。あとは俺の情報を書き込む。

四隅にはえーっと…。「天・地・冥・虚」の封印紋だ」


 そして中央に未完成の星のようなマークを描いた。あとは祝詞を唱えるだけだ。呼び出す対象は何でもいい!とにかく家族を守りたい。俺の生を諦めたくない!


「偉大なる理の名のもとに、時空の彼方へ呼びかけん。

 天地の狭間に座し、星の導きを受けし存在よ

 汝の名を識り、汝の力を望む者ここにあり。

 我が声を契約の鎖となし、我が魔を道標とし、今こそこの地へと顕現せよ。

 開け、時空の門。響け、運命の鐘かね

 交わる世界の境界にて、我が召喚に応じよ。

 刹那の契約は久遠の絆。汝の力、我が手のもとに!!」


 俺が祝詞をすべて唱え終わった時、倉庫の窓からはあの大きな異形は俺を叩き潰すべくこちらめがけて手を振り下ろしていた。

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