49.最弱の部隊
基地から少し離れた場所に設営された大会会場は壮観だった。普段は訓練場として使われる広大な敷地に、巨大な円形アリーナが築かれている。周囲には観客席が設けられ、すでに多くの人々が詰めかけていた。
入場ゲートには警備の隊員が立ち、参加者と観客を厳重にチェックしている。俺たちが身分証を見せると、すぐに参加者用の入口へ案内された。
「すげぇな…」
静奈が息を呑む。会場内に一歩踏み入れると、そこには別世界が広がっていた。
天井は高く、見たことない結晶の照明が空間全体を明るく照らしている。床は特殊な素材で覆われ、魔術の衝撃を吸収できるよう設計されているらしい。アリーナの中央には、巨大な魔法陣が刻まれている。試合中は結界が張られ、観客への被害を防ぐ仕組みだ。
会場内は活気に満ち溢れていた。参加者たちは思い思いの場所で最後の調整を行い、緊張した面持ちで互いを観察している。
「おいあそこの二人って」
「特異災害制圧部隊だな。名前は一丁前だが実際は除け者の溜まり場らしいぞ」
「二人しか居ない部隊で強制参加か」
「一チームは無いものとみなして良いだろうな」
小声で交わされる会話が、俺たちの耳に入ってくる。振り返ると、魔法使い用の隊服を着た数名のグループがこちらを見ていた。
「あれ、あたし達のことだよな?」
静奈が低い声で呟く。その目が険しくなる。
「うん、間違いなくね」
俺は小さく頷いた。こういうことは予想していた。特異災害制圧部隊。その名前だけ聞けば格好いいかもしれないが、現実は「厄介者の集まり」「無能の吹き溜まり」と陰口を叩かれる存在だ。そして今、俺たちはたった二人だけの参加。
「見ろよ、あれが噂の特異災害制圧部隊だぞ」
別の一団からも声が上がる。
「本当に二人きりで参加するつもりなのか?笑わせるな」
「どうせ最下位なのに参加させられて可哀想にな」
嘲笑が会場に広がる。周りの参加者たちも好奇の目を向けている。どの部隊も最低でも五人、多いところは十人のチームで参加しているのに対し、俺たちはたった二人。それだけで十分な嘲笑の的になる。
静奈の手が拳を握りしめ、青筋が浮かび上がるのが見えた。
「落ち着け」
俺は静かに彼女の肩に手を置いた。
「…わかってる」
静奈は深呼吸して、肩の力を抜いた。
そこへ、さらに大きな部隊が近づき、その中から明らかにリーダー格の男が一歩前に出た。鋭い目つきと、顎に走る一筋の傷が印象的だ。
「特異災害制圧部隊か。お前らが全部隊の恥だと聞いていたが、間違いでもなさそうだな」
男は俺たちを上から下まで見渡して、鼻で笑った。
「試合で当たったら、少しは見せ場を作れよ。あまりにも情けない試合だと、観客も退屈するからな」
周囲からどっと笑い声が上がる。俺は表情を変えず、ただ男の目をまっすぐ見返した。
俺はゆっくりと口を開く。
「特異災害制圧部隊は『全部隊の恥』なんかじゃない」
一瞬、場が静まり返る。
「俺たちは普通の部隊とは違う。お前らが想像もつかないような地獄を見てきた。そんな俺たちを甘く見るなよ」
リーダー格の男の顔が嘲るような顔に歪む。
「調子に乗るなよ、クズども」
男が一歩踏み出した瞬間、大会のアナウンスが響き渡った。
「全参加者は、ただちに開会式の列に並んでください。開会式を始めます」
にらみ合いはここまでだ。各部隊がそれぞれの持ち場へと散っていく。
「行くぞ、静奈」
「ああ…」
静奈の目は炎のように燃えていた。
「あいつら、絶対に見返してやる」
俺は小さく頷いた。嘲笑、侮蔑。それらは俺たちにとって新しいものじゃないが、気持ちのいいものではなかった。
開会式の会場へ向かうと、すでに各部隊が整然と列を作っていた。俺たちは指定された場所、最後尾に並んだ。参加者全員がアリーナに集結すると、場内のライトが一斉に暗くなり、中央のステージだけが明るく照らし出された。
煌びやかな照明の中、幕僚長の姿が現れる。厳格な表情で壇上に立ち、会場全体を見渡した。一瞬の静寂の後、その声が響き渡った。
「諸君、本日の魔法技術競技大会に参加する精鋭たちよ。我々の任務は世界の秩序を守ること。そのために必要なのは、常に己の限界を超える努力と、仲間との連携だ」
幕僚長の声は力強く、会場全体に響き渡る。
「この大会は単なる腕試しではない。実戦さながらの環境で、諸君の真価を問うものだ。ここで示される力と知恵こそが、我々の未来を守る礎となる」
静奈が小さく「ふん」と鼻を鳴らした。あの地獄を見た後では、このありがたいお言葉も空々しく聞こえる。
幕僚長の冗長な開会の辞が終わり、競技開始の号砲が鳴り響く。
「第一種目、魔力制御競技を開始する」
アナウンスとともに、アリーナの一角に特設された射撃場が明るく照らし出された。各チームからの代表者が前に出て、横一列に並んでいく。こちらからは静奈が一歩前に出た。
「大丈夫か?」と俺は小声で問いかけると「ま、大丈夫だろ」とあっけらかんに答えるが、彼女の強みは圧倒的な魔力量だが、繊細な制御を要する競技は苦手だった。
競技説明員の声が響く。
「参加者は前方五十メートルに設置された魔力反応標的に対し、なにかしらの魔法を命中させてください。命中精度と魔力出力の制御精度が採点対象となります」
最初の参加者が手を掲げ、集中した表情で魔力を凝縮させる。彼の指先から放たれた青白い光条がまっすぐ標的へと飛んでいった。的の中心を正確に捉え、標的が適度に輝く。
「見事な制御です。精度九十八点、出力制御九十七点」
観客から拍手が湧き起こる。続く参加者たちも、それぞれに工夫を凝らした魔法を放ち、高得点を叩き出していく。
やがて静奈の番が来た。彼女は緊張した面持ちで前に立ち、深呼吸をする。
気づけば「頑張れ」と俺は囁いていた。
静奈は目を閉じ、両手を前に出して魔力を集中させ始めた。通常なら指先や掌から放つ程度の魔力を、彼女は両腕全体に集めている。
観客席からざわめきが起こった。
「あいつ、何をやってるんだ?」
「制御競技なのに、あんな魔力量…」
静奈の周囲に渦巻き始めた魔力は、赤く輝きながら急速に膨張していった。それは他の参加者が放った魔弾の何倍もの大きさになっている。
「お、おい…」隣の参加者が数歩後ずさった。
静奈は目を開け、標的に向かって両手を突き出した。
「はぁっ!」
轟音とともに、巨大な火球が彼女の手から放たれた。それは閃光のように射出され、一瞬で標的を包み込んだ。煙が晴れると、標的は激しく点滅しながらも、確かに反応していた。
会場は静まり返った。
「え、えーと…命中確認。精度…八十五点」
アナウンサーが困惑した声で告げる。「出力制御は…」と画面を確認して絶句する。
「…三十五点」
静奈は小さく舌打ちし、次の標的に向き直った。
「次!」
再び彼女の周りに魔力が渦巻き、今度はさらに大きな火球が形成される。
「待って、制御を…」審判が制止しようとしたが、
「うおりゃぁっ!」
二発目の火球が放たれ、標的を直撃。爆発的な閃光が会場を包む。
競技は続き、静奈は毎回同じように巨大な火球で標的を攻撃した。精度はなんとか保たれているものの、制御点はことごとく低かった。最終的に彼女は全ての標的に命中させたが、その方法は明らかに競技の意図とはかけ離れていた。
静奈が戻ってくると、俺は苦笑いを浮かべた。
「全部当てたぞ!」
「うん、作戦通りだね…?」
「細かい制御なんて、あたしに求める方が間違ってんだよ」
しかし審判団の表情は厳しく、明らかに彼女の荒技を良く思っていない様子だった。




