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48.訓練区画の夜は長い

「じゃあ俺が魔法壁耐久試験に出るよ」

「え、でも透真、魔法使えないだろ?」

「日向丸を胸ポケットに入れて出場する」


 「ずるいやつだ」と言われたがこれも俺の実力のうちだ。


「射撃の方を頼むよ。そういえば、砂丘の一撃目の雷魔法は当たってたよね?」

「そりゃぁ群れの中に撃ち込めば誰かには当たるだろ?」


 何言ってんだお前、みたいな顔でこっち見ないでくれ。


「そうか…。じゃあ射撃の方はどでかい火球でも撃って的に当たることだけを考えよう。完全に外れるよりはポイント加算されるはずだし」

「それもそうだな!」


 笑いながらも、どこか本気の空気が混じり始めていた。


「話し合っても結局、机上の空論になるだけだ」

「よし、だったらやるか!」

「実戦形式で?」

「うん、実戦形式で」


 無言のまま、お互い後ろに数歩下がる。足元の小石がぱらぱらと転がり、夜気が少し震える。静奈がごくりと喉を鳴らし、大剣の柄に手を添えた。


 俺は刀を抜きながら、胸ポケットの中に仕込んだ日向丸にそっと触れる。


「今日のルールは?」

「なんでもあり。結局実戦で使えなければ意味ないからな」

「それもそうだな!」


 その言葉と同時に、静奈の体が電光に包まれる。雷鳴のような鼓動が彼女の周囲で脈打ち、足元の小石が跳ね上がる。


 俺も刀を構え、静かに息を吸った。幻術を展開しながら、足の角度、重心、敵の視線。すべてを一手先に計算して動く。


 静奈が雷の軌道を引いて駆け出す。それに合わせて、右へ跳びながら霧のように幻影をばらまいた。


(先に視界を制した方が有利だ)


 俺の分身が一斉に駆ける。静奈の目が素早く左右を泳ぎ、次の瞬間、空気が焼けるような音が響いた。


「火装・焔牙!」


 静奈が雷を解除し、瞬時に火装へと切り替える。大剣を軸に回転しながら炎を撒き散らす。刹那、三体の幻影が燃えて弾け飛んだ。


(見えてる……!)


 その感覚に背筋が震える。でも止まらない。止まれない。視界の外へ滑り込み、静奈の背後は回る。


「ここだッ!」


 藍焔穿。抜刀の一閃とともに、青い炎が静奈の背を狙う。


「バレてるよ」


 静奈の足元に稲妻が走る。電磁反応による強制転位。瞬間的なサイドステップで炎の直線をかわし、さらに反動を利用して横殴りの大剣を振るう!


「ッ!!?」


 紙一重。刀で受け流すが、衝撃でバランスを崩す。その直後、大剣が地を削るようにして迫ってきた。踏み込みは重く、速い。


「幽欺ッ!」


 右手を一閃。淡い光のような軌跡を残して斬り払うと、身体ごとふわりと視界から消える。瞬間、静奈の大剣が幻影を叩き斬り、残響のように空を割った。


「そっちかっ!」


 だが静奈の反応も早い。雷の加速を生かして方向転換、俺が現れる直前の位置を読んで、剣を振り返す。風を裂く音が背後から迫る。


 ギリギリの間合い。透真は地を蹴って半身をひねり、大剣を紙一重で避けながら―


「…《蒼火一閃》」


 低く呟いた。刀の切っ先から青い炎が噴き出す。一条の直線が、夜を裂いて雷光の只中にいる静奈へと突き進んだ。


「《火装・焔牙》!」


 瞬時に雷光が炎へと切り替わる。爆ぜるような熱風が周囲を巻き込み、静奈の全身が真紅の炎を纏った。そのまま大剣を前にかざし、藍焔穿を受け止める。


 炎と炎がぶつかり合い、轟音が訓練区画に響く。地面が焼け焦げ、薄く煙が立ち込めた。


(駄目だ、撃ち合いじゃ分が悪い……!)


 透真は足元を滑らせるように後退し、煙の中に紛れ込む。幻術で視界を歪ませ、あえて気配を散らす。心臓が早鐘のように打つ。次の瞬間、わずかに空気がうねった。


「上か!」


 咄嗟に反応。刀を振り上げた瞬間、静奈が空中から火柱のように舞い降りてきた。全身を炎に包みながら振り下ろされる大剣。


 重い衝撃が刀越しに腕に伝わる。足元が抉れ、膝が沈む。


 それを、力を抜くようにして滑らせる。力を逃がし、静奈の動きをわずかに外す。その隙間。


「《幽欺》」


 視界の一部が崩れ、もう一人の俺が真横から静奈へ刀を突き立てるように迫った。もちろん幻影だ。けれど、彼女がその一瞬、そちらに注意を逸らすだけでいい。


「もらった!」


 本物の俺が、背後から刀を突き出す。


 ……が、次の瞬間、静奈の右肘が炸裂するように後方へ跳ねた。炎を纏った肘打ちが、透真の腹を掠める。


「うぐっ……!」


 受け身を取りながら転がり、距離を取る。


「くっそー、もう幽欺程度じゃぁ効かなくなってきたな…」

「もう見切ったぜぇ…多分」


 再び構え合う。息が白く、火照る体温と冷気が交錯する。


 静かに刀を構え、もう一度、意識を集中させる。刀の刃先がわずかに揺れる。


(次は幻覚で追い詰めて、藍焔で仕留める……)


 静奈が笑う。


「来いよ、相棒。手加減なしで勝負だ」


 その一言に、透真はわずかに口元を緩めた。


「言われなくても。静奈こそ撃ってこいよ、どでかい火球!」

「死ぬんじゃねぇぞ!?」


 静奈が大剣を肩に担ぎ、腕を後ろに引くと、掌に火球が生まれた。ごうごうと唸りを上げるそれは、訓練場の壁まで照らすような光量を放っている。


「おら!くらえぇぇ!!」


 冷や汗をかきながら呟く。


「いやちょっと待て、今のノリで撃っていい火力じゃな――」


 ドンッ!!


 轟音とともに、炎の球体が夜空を切り裂いた。デカすぎる火球を前に全力の身体強化で命からがら、その場所から飛び退く。


「生きてるか!やるな…て、おいそれはまずい…」

「いま一度、真実の皮を剥ぎ

 知覚の王座を我が手に取り戻す

 我は紡ぐ、欺きの地平」


 爆風から抜け出しながら詠唱を終わらせる。


「《幻域・無垢の帳》」


 詠唱が終わると同時に、世界が一変した。


 静奈の動きが、途端に鈍る。いや、止まったわけじゃない。けれど、あからさまに変わったのが分かった。


 重心の取り方がおかしい。視線が定まらず、手の動きもわずかにズレてる。


 《幻域・無垢の帳》。対象の五感を乱し、偽の知覚で塗り潰す拡張幻術。視覚も聴覚も、平衡感覚すらも錯乱させる。


 その中に、今、静奈はいる。


「……っ、く……」


 彼女が唇を噛みしめるのが見えた。炎の気配が不安定に揺れてる。焦点が合わないまま、大剣を握りしめた手が、わずかに震えた。


 それでも、前に出ようとする。ぐらり、と身体が傾いた。まるで地面の角度が突然変わったような、そんな歩き方だった。重さのある大剣を持っているせいで、バランスがさらに崩れている。


「はっ、は……っ」


 呼吸も浅い。耳に入る音が歪んでいるせいだろう。たぶん、俺の足音も複数に聞こえてるはずだ。幻術で作った偽の俺が、無数に周囲を駆けているように感じてる。


 でも静奈は、止まらなかった。


 足をもつれさせながらも、ふらつきながらも、前に出てくる。視界が狂っていようが、耳が騒がしかろうが、気迫だけは、いつも通りだった。


 俺の幻影に、振り向きざま大剣を振るう。でも、その一撃はわずかに空を切る。間合いが合ってない。タイミングがずれてる。


「ちくしょう……!」


 呻きが漏れた。彼女の背がぐらりと揺れる。踏み込みが空回りし、その場で膝を突いた。


 もう、勝負は決まってた。


「……悪いな、静奈」


 背後に回り込み、刀を首筋に突きつける。さっきと同じ位置。彼女が見失った瞬間を、逃さずに突いた。


 静奈は、それでも俺を睨もうとした。虚ろな視線のまま、歯を食いしばって。


 そのまま、ぐっ……と、大剣を地面に突き立てた。


「……っ、負けた」


 かすれた声でそう言って、膝をつく。その身体は、まだふらついていた。


 俺は、そっと刀を下ろし、無垢の帳を解いた。


「だぁぁぁぁちくしょぉ!!!それ反則だろ?」

「手加減なしの勝負だって言われたんでね」

「幻術にもっと慣れないとな」

「いやいや、ここまでついてこれるだけで相当おかしいと思うよ?幻術って最強格の魔術だと思ってたけど、そんなこともないんだなぁって痛感させられたよ」


  そうしてその日の訓練は、へたりこんだ静奈と、幻術で魔力を使い切った俺が、ただ夜風に晒されるだけで終わった。


 それから数日。


 俺たちは、ほとんど同じような訓練を繰り返した。


 夜の訓練区画に集合して、幻術と雷火の応酬。俺が《無垢の帳》で静奈をふらつかせれば、静奈は身体感覚を鍛えるためにわざと負荷をかけた修行を重ねる。雷撃で脚を強制的に刺激して、バランスを取ろうとする静奈の姿は、はたから見ればもう完全に自傷行為だった。


「そんなやり方して大丈夫か?」

「鍛えたら平気になるって…多分!」


 毎晩、ふらふらになりながらも、彼女は立った。


 俺も俺で、幻術を掛け続けるための魔力の制御をより精緻に行ったら、《幽欺》の精度を高めたりと、やることは山積みだった。


 訓練は、地味だった。勝ったり負けたりを繰り返して、お互いボロボロになりながら、それでも次の日にはまた立って、剣を交える。


 火球の精度を上げるため、静奈が火の玉を投げる訓練に付き合ったりもした。日向丸を胸ポケットに仕込んで、バリア耐久の練習もした。俺はもっぱら回避とバリア展開を繰り返すだけだったけど、それだって立派な実戦訓練だ。


 時間だけが、ひたすらに過ぎていった。


 傷だらけの夜を積み重ねるうちに、俺たちの呼吸は自然と揃っていった。合図も、目線だけで足りるようになった。


 ふとした瞬間、静奈が笑う。


「なんかさ」


 ぼんやり夜空を見上げながら、彼女はぽつりとこぼす。


「年甲斐もなくこの日常が楽しく思えてくるぜ」


 俺も、へたり込みながら小さく笑った。


「日常のありがたみを知れたのも、あの地獄のおかげだな」

「だからと言ってあの命令はいまだに腹立つけどな!」


 そうして、また黙って立ち上がる。訓練はまだ終わっちゃいない。


 そしていよいよ、大会当日がやってきた。


 朝、空はどこまでも高く澄み、少しだけ、秋の気配を含んだ風が吹いていた。俺は制服の胸ポケットに日向丸を押し込み、静奈はピカピカに研いだ大剣を担いで、並んで基地を出た。


「準備いいか??」

「おう。全力でぶっ倒してやる」


 ニッと笑った静奈に、俺も応えるように軽く拳を合わせた。

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