47.静かな日々
それからの数日は、拍子抜けするほど静かだった。
臨時任務の通達もなければ、訓練の強制もない。もちろん、厳密には定められた日課や報告義務は存在しているのだが、誰も急かさず、誰も怒鳴らない。それだけで、ずいぶんと空気がやわらかく感じられた。
「透真ー!今日も中庭でやろうぜ!」
昼下がりの廊下に静奈の元気な声が響く。木剣を片手に走ってくる彼女に苦笑しながら、俺は資料室の戸を閉めた。
「また?昨日は筋肉痛だぁーって騒いでたろ」
「それとこれとは別だろ!それに、お前の本気の幻術を看破するまで辞めるわけにはいかないんでね!」
そんな調子で、俺たちは毎日のように中庭で訓練を重ねた。
幻術の強度は少しずつ上げていきつつ、俺自身も実体の動きに幻を絡める技術を試行錯誤していた。
「ねえ透真、あたしさ、訓練してるとき以外ヒマで死にそうなんだけど」
「贅沢な悩みだな…俺は静奈が今までやってこなかった書類整理が山ほどあるんだけど」
休憩中、木陰に腰かけながら、静奈が頭を後ろに倒して空を見上げる。
「あーそれは仕方ない。どうせあたしも死ぬと思ってたし!」
「だとしてもだなぁ…」
静奈の言い訳に笑いながら、俺は水筒の蓋を外し、一口飲んだ。
こんな日々が、ずっと続くわけじゃないことは分かってる。
いつまた、急報が鳴り響き、前線へ向かわされるかもわからない。それでも、今この瞬間だけは。幻でもなく、現実として確かにある。
陽が傾き、風が少し涼しくなってくると、俺たちは訓練を切り上げる。
「じゃ、また明日な!朝イチから叩き起こすから覚悟しとけよー!」
そう言って駆けていく静奈の背を見送りながら、俺は木剣を背に背負い直した。
風が揺らした木々の隙間から、夕陽が射している。
今日も、何事もなかった。それが、どれだけ貴重なことか。
俺は静かに歩き出した。明日も、また幻と現実の狭間で、あいつと剣を交わせるように。
資料室に向かっていると、ポケットに入れた携帯が震える。見ると沙羅から連絡が来ていた。
「死んだの?」という辛辣な内容に「生きてるよ」と返信すると、すぐに電話がかかってきた。
「もしもし」
『全然連絡くれないから死んだかと思った。次はいつくるの?』
「ごめんごめん、任務で忙しくて。次はいつ行けるかなぁ?正直わからないんだ」
『ふぅん。顔見せに来るって約束したのに』
「ごめん、連休の目処が立ったら必ずいくから!」
『…ま、生きてんならいいよっ。じゃあね』
「うん、またね」
プツリと電話が切れる。その画面を見たまま、なんやかんや心配してくれる沙羅が可愛く思えて、自然と笑みが溢れる。
「うわきも」
「っ!なんだよ!妹からの電話だったんだよ!」
「へぇ〜」
ニヤニヤとしながら部屋に戻る静奈を見送ると、恥ずかしさで顔が発熱するのを感じながら資料室に戻った。
沙羅にメッセージを返しながら椅子に座ると、廊下からパタパタと足音が聞こえ、ドアに注目すると静奈が現れる。
また馬鹿にしに来たと思ったが、その顔を見るにどうやら違うようだ。
「おい見ろ透真!幕僚の広報部から変な文書届いてんぞ」
ものすごい勢いで一枚の紙を渡してくる。胸元に押し込むように渡された紙にはこう書かれていた。
「魔法技術競技大会?ふぅん。変なことやるんだね。でも俺ら関係ないよね、まともな部隊じゃないし」
「違うんだよよく見ろ透真」
静奈が指差す文章を読む。
「各部隊から二名以上十名以下の強制参加!?」
「そうなんだよ、しかも優勝報酬見てみろよ」
「優勝チームは待遇改善、優勝手当に評価α(あるふぁ)の確約?」
「やばいだろ?こんな条件出されたらどこの部隊もこぞって参加するぞ」
「魔法適性ない俺が出ても、恥をかくだけだろうし出たくないなぁ」
と言いつつ内容を確認する。
競技概要
本競技会においては、下記の四種目を実施する。参加者は各競技において、魔法技術の熟練度、隊員間における連携能力、持続的戦闘能力および魔力制御精度等を発揮し、その総合的戦闘技能をもって評価の対象とする。
第一種目:魔力制御競技
所定の距離より標的に対し、魔力を用いた遠距離攻撃(魔弾・射出術等)を実施する。命中精度ならびに魔力出力の制御能力を評価対象とし、精密射撃技能を確認する目的で行う。
第ニ種目:魔法壁耐久試験
参加者は各自の防御魔法または結界技術を用い、段階的に増加する模擬攻撃に対して防御行動を行う。本試験では、対象者の防御技術、耐久力ならびに魔力維持能力を評価する。
第三種目:連携模擬戦闘訓練
複数名による模擬戦闘を他チームとの対抗形式にて実施する。本競技では、実戦を想定した応用的戦術運用および隊員間の連携行動能力を重点的に評価する。
表彰
総合優勝チームには、以下の待遇が与えられます。
・待遇の改善
・優勝報奨金の支給
・評価ランク「α」の付与
注意事項
本競技会は、対外的広報活動の一環として実施されるものであり、一般来場者の観戦が許可されている。ついては、防衛隊員としての自覚を持ち、常に品位ある態度および節度ある行動をもって参加されたい。
なお、著しく不適切な言動等が確認された場合は、所属部隊を通じて指導が行われることがあるため、十分に留意すること。
とある。
文面の最後には「不参加の場合は正当な理由を添えて提出のこと」とあり、暗に逃げ道はほとんどないと告げられている。どこか悪意を感じるような文体が腹立たしい。
「はあ…気乗りしないなぁ」
「全種目相当不利だぜ。あたしは魔法壁苦手だし、透真も魔法が使えない」
「三種目の連携模擬戦闘訓練も、チーム戦ってことは俺たち二人と他部隊の主戦力約十人と戦うってことだろ?俺たちに恥がかす気満々だな」
天を仰いで椅子に沈み込んだ。静奈が腕を組み、むっとした表情で言う。
「何者かの悪意が見えますなぁ」
「ま、文句言っても始まんないよな。どうせ強制参加だし」
「だな。なぁんか、理不尽な命令に慣れちゃって、あたし悲しいよ」
よよよと泣く演技をする静奈を尻目に椅子の背を蹴るようにして立ち上がった。気乗りはしない。それでも、やらされるなら少しでもマシな形にしたいという、どこか諦めと現実的な思考が背中を押す。
「じゃ、訓練する?」
「やるしかないか。でも仕事が終わってからだ!今日こそしっかり仕事してもらうからな?」
にこにこと笑顔を貼り付けて言うと、観念したのか、しおらしく「はい…」と答え、俺がここに着任以来初めて静奈が実戦以外の仕事をしてる風景を見ることになった。
夜、事務所棟の灯りがまばらになる頃、俺たちは訓練区画の一角にいた。昼間は演習や防衛任務に使われるこの区画も、今はひんやりとした静寂に包まれ、誰の気配もない。照明魔術がぼんやりと足元を照らし、コンクリの地面がやけに冷たく感じる。
「二人しか居ないし、お互い三つの競技に出ないといけないけど、静奈はどっちに出たい?魔法壁か精密射撃か」
「あたしにはどっちも無理だ」
静奈が手を前に出すと「どれだけ無理か見せてやる」といい、魔法壁を展開した。
その魔法壁の形は歪で、軽く拳を当てただけで粉々に砕け散ってしまった。
「な?」
「得意げに言うな…」
「あたしの精一杯の魔力制御も見せてやるよ」
的が置かれた方に向き直し、手に火炎ができたかと思った途端それは倍以上に膨張し、一メートルほどのでかい火球が出来上がったかと思えば、打ち出された火球は的の三メートルほど離れた場所に着弾した。
「な?」
「優勝は無理だな」
「絶対にな」
戦場で隣にいる分にはこれ以上なく頼もしいが、技術競技大会となると話は別のようだ。




