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38.記録と意志

 動き出した静奈に今起こった状況を説明し、洞窟を抜けると、地上には既に朝の光が満ちていた。


 ようやく外の空気を吸う。静奈は疲労困憊ながらも笑い、日向丸はふよふよと俺の頭上を回っていた。


「燈華、大丈夫かな…」


 そういうと俺の目の前に燈華が現れた。呼び出すつもりがない中で呟いた名前で現れることもあるんだな。


「安心してください主殿。あのラズ・アル=ナクタムと契約した途端に傷が癒えていきました。この通り」

「うわぁ!?見せなくて良いよ!」


 貫かれた腹部を見せるために、燈華が服をたくしあげるようとしたので、慌てて止めに入る。


「無事みたいで良かった」


 燈華の無事を確認していると、後ろから静奈が声をかけてくる。


「…で、ここからどうするよ」

「そうだなぁ。情報を集めるのはそうだけど、食料が心許ないし、やっぱり人が生きてるところに行きたいよね」


 俺は背負っていた荷物から一枚の羊皮紙を取り出し、広げて岩の上に置いた。精密とは言えないが、おおまかな地形と、主要な街や村の位置が記された地図だ。図書館で拾ったものだから信憑性はあるだろう。


「この辺りが……たぶん今いる場所だな。北西に山を越えた先にティル村ってある」

「山越えかぁ。きついなぁ」

「いや、谷を回っていけば峠がある。少し遠回りになるけどね」


 静奈は特に文句を言うことなく地図を覗き込む。彼女の目にも、あの村が今の目的地として妥当だと映ったようだった。


 朝の光が木々の葉を照らす中、俺たちは森を抜け、谷沿いの道を進んだ。


 途中、小さな獣の群れを見かけたが、こちらには関心を示さず去っていった。日向丸は警戒していたが、戦闘には至らずに済んだのは幸いだ。


 昼過ぎ、丘を越えた先にそれは見えた。柵で囲まれた、小さな村。


 遠くからでも人の気配が感じられる。炊事の煙、家畜の鳴き声、井戸の周りで話す人々の姿。久しく感じていなかった「文明」の匂いがした。


「あった!あれがティル村で間違いなさそうだ」


 地図と見比べ、そこがティル村であることを確信する。


「やっと人の住んでる場所かぁ…まともな食事にありつけたら良いなぁ」


 村の入り口まで降りていくと、木製の簡素な門の前に、年老いた見張りの男が座っていた。

 俺たちの姿を見て、ゆっくりと立ち上がる。


「旅の者か?この辺りは珍しいな…魔物にでも追われてきたのか」

「いえ、旅の途中で迷ってしまって。この村に一時的に滞在させていただけないでしょうか?」


 男は目を細めて俺たちを見つめ、しばらく沈黙したあと、静かに頷いた。


「そうか……それなら村長に会って話を通してくれ。ついてこい」

「村長の確認が必要なのか?」


 静奈が首をかしげるが、男は答えず、門の中へと歩き出した。


 俺たちは顔を見合わせながら、それに続く。


 柵をくぐり、村の中へと足を踏み入れると、いくつもの視線がこちらに向けられるのを感じた。


 子どもたちは好奇心を隠さずにこちらを見つめ、家の陰からは大人たちが警戒を滲ませた目を向けてくる。旅人が珍しいのか、それとも、こんな時勢に外から来る者を怪しんでいるのか。


「静奈、余計なことは言わないでおこう」

「わかってるって。こういうとこ、案外心得てるからな」


 村の中心近くまで来ると、少し開けた広場に出た。そこで、見張りの男は一軒の大きな木造の家の前で立ち止まり、扉をノックした。


「村長、旅の者が来ています」


 しばらくして扉が開き、中から穏やかな顔立ちの中年男性が現れた。髭をたくわえ、質素だが丁寧な服装をしている。


「旅の者……ね。まあ、このご時世にしては物好きだ。どうぞ、中へ」


 俺たちは招かれるままに屋内へと足を踏み入れる。


 部屋の中は質素ながらも清潔で、木の香りが落ち着きを与える。村長はテーブルにつくよう手で示し、自分もその正面に腰を下ろした。


「さて、詳しく話してもらおうか。どこから来て、どこへ向かうつもりか」


 村長の目には警戒も油断もない。


「この村は今、外からの人間をそう易々とは迎え入れられない。魔物の動きが妙に活発でな……」


 村長の声は低く、はっきりと告げた。これがただの田舎の村であっても、今の世界では情報や安全が何よりも重要なのだ。


 俺はゆっくりと頷き、言葉を選びながら口を開いた。


「……俺たちは、北の街で避難していたのですが、襲撃を受けて仲間と散り散りになりました。その後、しばらく山中をさまよって、この村を見つけたんです。どうか少しだけ、滞在させてはいただけませんか」


 事実の一部を残しつつ、脚色を混ぜる。すべてを明かしてもいいのか判断できなかった。


 村長は俺の目をじっと見つめたあと、ふうと小さく息を吐いた。


「……わかった。だが、条件がある。今夜の間に、村の外れの畑の警備をしてもらおう。十時から二時くらいまでじゃ何かあれば、鐘を鳴らせばよい。できるか?」


 俺と静奈は顔を見合わせ、うなずいた。


「ありがとう、村長。助かります」

「礼を言うのはまだ早い。村に害をなす者なら、即刻追い出す。それだけは覚えておけ」


 その言葉には、軽くない覚悟が滲んでいた。


 こうして俺たちは、ようやく人のいる場所に辿り着いた。


 村長の家を出たあと、俺たちは村の案内をしてくれた若者、トロイという名の青年に導かれ、仮の寝床として空き家をあてがわれた。家具もほとんどないが、雨風をしのげるだけでもありがたかった。


「ふー、やっと一息つけたって感じだな」

「でも気は抜けないねー。とりあえず夜までに、少しでも情報を集めたい」


 俺は荷物の中から筆記具と小さなノートを取り出し、今までに得た情報を整理しながら、村の中を歩くことにした。静奈も、俺の意図を察して無言で後ろについてくる。


 村の広場には掲示板が設けられており、粗末な紙や木札に文字が書き込まれていた。風雨に晒され、読みにくくなっているものも多いが、目を凝らしていくつかを読み取る。


《東の森にて家畜数匹行方不明。魔物の痕跡あり。》

《今週の夜間巡回当番:グレン、マルタ、コール》

《魔王軍と目される集団の目撃情報:西方の廃村にて黒装束の者多数》


 最後の一文に、俺は眉をひそめた。


「魔王軍…静奈のいうと通り新しい魔王が現れてたんだ」

「ねえ、これ見て。こっちにも何かあるよ」


 静奈が指さしたのは、やや古びた羊皮紙だった。他と違い、整った筆致でびっしりと書き込まれており、いかにも記録という体をなしていた。


《魔王の名は未だ不明。目撃証言多数あるも、その姿は一致せず。》

《傘下の魔物たちは統率が取れており、局所的な戦闘よりも村落破壊、補給路遮断といった戦略的行動が目立つ。》

《特に黒煙の使徒と呼ばれる個体群は、単体で村一つを壊滅させる力を持つとされる。出現時には地面から黒い霧が発生。遭遇したらすぐに逃げよ。》


「黒煙の使徒…単体で村一つ壊滅できる魔物が複数いるのか」

「戦略的に動いてるってのは、ただの群れじゃねぇ証拠だ。どこかで…誰かが指揮を執ってる?」

「やっぱり魔王?」

「どうだろうな…」


 静奈は小さく唇を噛む。俺も、胸の奥に嫌な感触が広がるのを感じていた。


 ただの暴走じゃない。明確な意図がある。何かを、狙っている。


「情報を記録してた誰かが、この村にはいたみたいだな」

「うん…まだ生きてるなら、会って話を聞いておいた方が良さそうだね」


 そのとき、背後から声がかかった。


「その記録、気になるのか?」


 振り返ると、見張りの老人とは別の、やせた老人がこちらを見ていた。白髪を後ろに束ね、片手に杖を持っている。どこか聡明な印象を受ける。


「あなたが書いたんですか?」


 俺の問いに、老人は首を横に振った。


「ワシじゃない。だが、書いた奴を知っている。…もう死んじまったがな」


 静かにそう告げた老人の目は、遠くを見ていた。


「数ヶ月前、魔王軍の部隊が近くの村を襲ったとき、そいつは村の子どもたちを逃がす時間を稼いで……黒煙の使徒にやられた。記録はその直前までのものだ」


 俺は言葉を失った。


 命を懸けて、情報を残した人間がいる。記録とは、単なる文字じゃない。その人の意志であり、希望だ。


 俺はノートを開き、掲示板の内容を写しながら誓った。


 この情報は、無駄にはしない。


 そして夜になり、俺たちは畑の警備に立つ。

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