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3.召喚の原点

 気がつくと、俺は見知らぬ場所に立っていた。


 石造りの壁はひび割れ、所々に苔が這い、時間の流れを物語っている。空気は重く湿っていて、鼻の奥に甘く刺激的な匂いがまとわりつく。唯一の光源は、高い壁に嵌め込まれた小さな鉄格子窓から差し込む、ぼんやりとした月明かりだけだった。


 冷たい石が敷き詰められた床の片隅には、妙に場違いなほど立派なベッドが一つ。その正面には、重厚な鉄の扉があり、小さなのぞき窓からは外の様子はほとんど見えない。


「どこだここ……?」


 自分でも無意識に漏れた声に、思いがけず返事が返ってきた。


「ここはミノース王国。宮殿の地下牢ですね」

「うわっ!?!?」


 思わず飛び上がる。独り言に返事があるなんて驚くに決まってる。それに今、ミノースって言ったか? そこはたしか…。


「すみません、誰かいたんですね! えっと、俺、天ヶ瀬透真って言います。あなたは?」

「私はリュミエラ・ヴァルティス。君の先祖にあたる者よ」

「せ、先祖!?」


 現れた女性は、どこか現実離れした美しさを纏っていた。銀に近い長髪が月明かりにきらめき、淡い紫の瞳は星のように輝く。白磁のような肌は夜の光に照らされ、まるで彼女のためだけに世界が静止しているかのようだった。


「でも、ここにいる私は本物ではないわ。これは、死ぬ前に私が残した術式によって発動した記録のようなもの。君の呼びかけが、それを起動させたの」

「……あ。そういえば俺、来る前に“頼むから教えてくれ、ご先祖様~”って言った気が……」


「ふふ。素直でよろしい。どうやらその声が、術式の起動条件を満たしたようね」

「へ、へぇ。召喚術ってこんなことまでできるんですね」

「まぁ普通の人は無理かな?ほら私って天才だから」


 見た目からはあまり想像できないが茶目っ気がある人なのだろうか、胸を張りどや顔で続ける。


「天才の私の子孫が凡才なわけないわ。とうまは何に困っているの?」

「それが、まったく何も召喚できないんです…」

「ん~、なるほどね。召喚に必要な要素ってのはたくさんあるわ。まずはとうまがいつもやっている通りの召喚陣と祝詞を聞かせてくれるかしら?」


 言われた通り、俺はいつものように簡易な魔法陣を描き、祝詞を唱える。


「我が名を持ちて汝を呼ぶ、今ここに現れよ」


 魔法陣がうっすら光る。だが、中心に転がったのは……いつもの、ただの小石だった。


「……これが、現代の召喚術ってわけね」


 リュミエラはため息交じりに言い、俺の描いた陣をしげしげと見つめる。


「とうま。これじゃ何も呼べないわよ。召喚術っていうのは、もっと繊細で敬意が必要なの」

「敬意……?」

「そう。呼ぶ側の準備も、呼ばれる側への思いも全部。まずは“正しい土台”を教えるわね」


 彼女は手をかざし、空中に光の軌跡で複雑な魔法陣を描いていく。幾何学的な線が幾重にも重なり、まるで星図のような緻密さに目を奪われた。


「三重の円が基本構造。外円は“世界への固定”、中円は“魔力の安定”、内円が“対象の確定”。どれが欠けても、まともな召喚にはならないわ」


 中央に刻まれるのは五芒星。その五つの頂点には古代のルーンである火、水、風、雷、氷が配置されている。


「属性を問わず、存在を安定して顕現させるための鍵よ。中心の螺旋は“召喚対象の本質”を引き寄せる装置。つまり…縁の流れを掴む部分ね」


 さらに、陣の外周には古代語で記された文が並ぶ。現代の簡略化された言葉ではなく、正確で重みのある願いが込められているのが伝わってくる。


 さらに四隅には「天・地・冥・虚」の封印紋が描かれ、召喚の際に生じる魔力の暴走を抑え、術者を守る役割を果たしているとのことだ。


 それと術者本人の情報を書き込むことは召喚対象に対する最低限の礼儀らしい。


「祝詞も、ただ言葉を並べればいいってものじゃないの。相手に語りかけることが大事」


 リュミエラは目を閉じ、静かに息を吸う。そして詠唱が始まった。


「偉大なる理の名のもとに、時空の彼方へ呼びかけん。

 天地の狭間に座し、星の導きを受けし存在よ。

 汝の名を識り、汝の力を望む者ここにあり。

 我が声を契約の鎖となし、我が魔を道標とし、

 今こそこの地へと顕現せよ。

 開け、時空の門。響け、運命の鐘。

 交わる世界の境界にて、我が召喚に応えよ。

 刹那の契約は久遠の絆。汝の力、我が手に」

 

 その詠唱は美しかった。単なる呪文じゃない。祈りに近い誠実な呼びかけ。彼女の一挙手一投足に俺は見惚れていた。


「……これが、召喚における基本の形。もちろん呼ぶ対象によって言葉は変えるべきだけど、心構えとしてはこれが基準になるわ」

「対象に合わせて……つまり、自分の想いを言葉にするってことですよね?」

「その通り。祝詞はね、ドア越しの挨拶みたいなもの。「私はあなたに会いたいです」って、真剣に伝えること」

「……なんとなくわかった気がします。全部を理解できたわけじゃないけど、召喚術に対しての姿勢が変わった気がします」

「ふふ、やっぱり私の血を引いてるわね。とうま、覚えておいて。召喚とは、力を手に入れるための技術じゃない。心を結ぶ儀式なの」

「……はい!でもどうして召喚術に対してここまで簡略化されて伝わっていたんでしょうね」


 魔法陣に描かれるものすべてに意味があるのを知った今、正しく使わなければ召喚者に危険が及ぶ可能性があることもわかる。なればことなぜここまで誤った知識が流布されているのか疑問が浮かぶ。


「そうですねぇ。召喚魔術師自体が稀有な存在だし、私が死んでとうまが生まれるまでに間に誰も生まれなかったせいで間違った情報が拡散されてしまったのかもしれませんね?でもこれで未来に正しい知識を持った子孫ができたわけですから一安心ですね」


 そう答えた時、不意に空間に柔らかな光が舞いはじめた。まるで星が砕けて漂っているように、リュミエラの身体や周囲が粒子となってほどけていく。


「うわっ、なんですかこれ……!」

「もう時間みたい。さすがの天才術師でも、これが限界らしいわ。最後に、大事なことを教えるね」


 そう言って、彼女は魔法陣の中心に未完成の星のようなマークを描く。


「この印を使えば、召喚した存在にとうま自身の感情や五感を与えることができる。渡せる数は自由。でも、使いどころは慎重にね」


 リュミエラは微笑み、そっと俺の額に手を添える。次の瞬間、彼女は額をコツンと合わせ、囁くように何かを呟いた。その言葉は聞き取れなかったけれど、優しさと誇らしさだけは、確かに伝わってきた。


「じゃあね、私の自慢の子孫。天ヶ瀬透真君。君が、立派な召喚術師になることを祈ってる――」

「待ってください! もう少し……聞きたい」


 

「―――ことが!!!」


 手を伸ばし大声をあげながら目が覚める。ばたりと布団に手を落とし、今の出来事を思い返す。


「夢…?」

「…きもっ」

「えっ」


 声がしたほうを見るとすでに学校の制服に着替えた沙羅が入り口に立っていた。そして俺が起きた瞬間を切り取って真似をする。


「ことが!!………夢?」

「やめろ恥ずかしいな!」

「厨二病もいいけど早くしないと遅れるよってお母さんが。迷惑かけんなし」


 機嫌の悪そうな顔のまま部屋から去っていく。時計を見ればいつもならすでに朝食を食べている時間だった。急がなければいけないがそんなことは些末なことだ。急いでベッドから起き上がりひったくる様に手近なペンと紙を取り、さっき見聞きした思い出せることすべてを殴り書きする。


 夢なら夢でもいい。でももし夢じゃない場合、俺しか知らないとんでもなく重要な情報だ。忘れる前に早くすべて書き出さねばならない。


 そうして全て書き終えた頃にはもう1時限目の授業が終わる時間になっていたがそんなことは些細な問題なのだった。

リュミエラ・ヴァルティスとかいうめっちゃ異国の人の子孫がめっちゃ日本人の天ケ瀬透真なのは、彼が先祖返りという設定だからです。

扉が開いてから150年の間に異世界人と日本人は交流を深め異世界人と日本人が子を成すケースも少なからずあり、天ケ瀬母が異世界人で天ケ瀬父が日本人です。

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