29.咆哮の果て
静奈の雄叫びが砂丘の風を裂くように響き渡る。
燈華以外を戻し、俺たちは一斉に駆け出した。強化した足で一っ飛びに魔物の手前まで躍り出る。
着地の際に足元の砂が爆ぜる。
「おいおいこいつらなんであたしらに気づかねぇんだ!?」
「俺が魔術をかけたんだ!今のうちに!」
雷撃に焼かれた魔物の群れ、その隙間に残った個体たちは、派手に登場した俺たちにもまだ気づかない。
「燈華、右前!」
「承知いたしました」
俺の指示に即応し、燈華が前方の蟲型魔物へ飛び込むように跳躍。空中で身を捻ると、狐火を絡めた尾が弧を描き、火輪となって魔物の胴体を断ち斬った。
そのまま着地した燈華が、一閃で次の個体を薙ぐ。
俺は刀を構え、すでに焼け焦げて膝を折った四足獣の首筋を斬り払う。軋むような音と共に、首が砂に転がった。
視界の端で、静奈が大剣を片手に突き進む姿が見えた。
雷を纏った大剣が、振るわれるたびに閃光を生む。爆ぜる音。飛び散る火花。魔物の肉が裂け、骨が砕けるたびに、空気が震えた。
「いいねぇ!こんなに簡単な戦闘は初めてだ!」
「それはこっちのセリフだよ…」
戦う敵を探す方が大変なくらい、静奈が全てを薙ぎ払っていく。
無垢の帳に惑わされた魔物たちは、まだこちらの位置を正確に把握できていない。
燈華と背を合わせ、砂を蹴る。すれ違いざまに魔物の脚を斬り払い、転倒した個体の腹を突き刺す。
燈華が狐火を放ち、数体を纏めて炎の中に沈めた。
「マダ奥ニモイル。大型ガ三体!!」
「見えてる」
霧の向こう、群れの中央にそびえるようなシルエットがあった。
その全身は黒く、鈍い甲殻に覆われ、六本の脚で大地を這っている。異様に膨れた顎と、赤く輝く複眼。その存在感は、他の魔物とは一線を画していた。
「静奈!中央に三体でかいのがいる!」
「わかってる!あれもあたしがやる!」
雷光を纏う大剣を肩に担ぎ、静奈が一直線に駆け出す。その背中を追うように、俺と燈華も動いた。
砂を巻き上げながら、俺たちは大型の魔物のもとへ突き進む。
視界に入った三体の巨影。それぞれが異なる姿をしていた。
一体は甲殻に覆われた蟲型。鋭利な顎と複眼がぎらつき、背中に硬質の羽根を持つ。
二体目は、まるで腐肉の塊に骨を突き刺したような異形。蠢くたびに肉片が砂に滴り、地面が腐食していく。
最後の一体は、蛇の胴に獣の四肢、頭部は鳥のような喙を持ち、周囲に瘴気のような霧を纏っていた。
だが、どれも俺たちに気づいていない。
無垢の帳が完全に感覚を歪め、仲間の断末魔すら認識できていないらしい。
静奈は雷光を纏ったまま、肉塊の魔物へ直進。
俺は魔物の背後へ回り込むように走り、刀を両手で構える。
蟲型の魔物が、わずかに動いたが、それは俺の存在を認識した動きではない。ただの錯覚。幻覚に惑わされた無意味な挙動。
力強く踏み込み、俺は蟲の腹を一閃した。
刃が甲殻を裂く。断面から青黒い体液が噴き出し、魔物がぐらりと揺れる。
燈華の狐火が尾に命中し、爆ぜる音と共に、炎が甲殻を内側から焼く。次の瞬間。蟲型魔物は内側から膨れ、爆発するように崩れた。
「一体撃破」
振り返れば、静奈の雷光が炸裂していた。
大剣を振り下ろした瞬間、腐肉の魔物の表面が泡立つように焦げ、そして砕けた。
「焼けろ焼けろおおぉっ!!」
斬撃と共に雷が迸り、魔物が断末魔の咆哮もなく崩れ落ちた。無垢の帳のせいで、静奈の存在すら認識できていなかったのだろう。
そして最後の一体。
「燈華、いけるか?」
「はい、もちろんです」
蛇獣のような魔物の前方に、燈華が飛び出す。
その瞬間、彼女の尾が焔のように燃え上がり、無数の狐火が空間に浮かび上がる。
「逃れられぬ焔がお前を喰らう」
青い炎が環を描きながら魔物を縛り、喙を開きかけた瞬間、俺が踏み込んだ。
見上げるような巨体に対し、跳躍しながら渾身の一閃を喰らわせる。
ズバン。
喉元に入った斬撃で、魔物は仰け反り、燈華の祟りが内部に侵食していく。
じゅう、と湿った焦げる音が鳴り、最後の巨影も、静かに崩れ落ちた。
砂煙の中、魔物の肉が焦げる臭いが立ち込める。
静奈が大剣を背に回し、肩で息をつきながら叫んだ。
「ふぅ。あらかた片付いたか」
「うん、でもこの奥はもっとヤバそうだ」
「透真。魔力は大丈夫なのか?心配ならさっきのでかぶつから出たコア砕いて吸っとけよ」
このやり方は違法な感じがしてあまり気は進まないが、これをやらずに死ぬよりは良い。
鳥型の魔物を引き裂いて、心臓部分にあるコアを取り出す。人の頭ほどあるコアを地面に落とすと驚くほど簡単に割れた。
持ってきた紙に乗せ、粉状になるまですり潰して一気に鼻から吸う。
「すぅぅぅぅ…」
んぎもぢぃぃぃぃぃぃぃい!
体のうちから魔力が漲り、今ならなんでもできそうな気がする。そしてこれは絶対に合法じゃない。
ハイ状態も一瞬で収まり、魔力も回復した。
静奈をみれば、長方形のカロリー爆弾とゼリー飲料を飲み込んでいるところだった。
「補給終わったよ」
「おう、こっちも終わったとこだ」
ゼリー飲料の容器をバッグに仕舞い、前方を見据える。
「……あそこは見るからにヤバそうだね」
「あそこにはなにか秘密がある。それを暴きにいくぞ」
「そうだね」
風が一段と強くなる。体にまとわりつくような熱気。そして、明らかに空気が重く粘つく。
前方には、目に見えるほど濃い魔素の霧のようなものが立ち込めていた。地面の砂さえどこか黒ずんで見えるほどだ。
俺たちは慎重に歩を進める。すでに無垢の帳の範囲外に出ているため、今までほど簡単にはいかない。
慎重に、周囲を警戒しながら歩いていると、ぬるりと音を立てて、霧の中から何かが現れる。
魔物だ。
だが、これまでのような粗雑な動きはなく、どこか警戒したように低く身構えていた。
「…さっきまでのとは違うな」
「気をつけて」
「誰に言ってる!」
静奈が一歩前に出て、雷を纏った大剣を構え、そのまま地面を蹴り、魔物へと突進。
俺と燈華も続く。
魔物が気配に反応し、咆哮を上げる。長い尾を振るい、俺たちの進行を阻むように地面を薙ぎ払った。
「来るよ!」
咄嗟に身を低くして回避。その隙に燈華が回り込み、狐火を三つ連ねて放つ。
炎が弧を描き、魔物の尾に命中。爆ぜる火花と共に、肉が焦げる臭いが立ち上る。
「透真、右から回れ!」
静奈の指示に従い、俺は刀を抜いて右へと踏み込む。魔物の片目が俺に向けられるが、遅い。
一瞬の踏み込みから、首筋へ斜めに斬り上げると、鋭い金属音と共に魔物が悲鳴をあげ、よろめく。
そこへ静奈が大剣を横から叩きつけた。
雷の爆発と共に魔物の頭部が粉砕され、どさりと地面に崩れ落ちる。
「まだ気配あります。……二時方向!」
燈華が警告するよりも早く、地面を這うような気配が迫る。
砂を裂いて現れたのは、頭部がない獣のような異形。肉と骨の融合体。魔素が濃すぎて、腐敗のような気配すら放っている。
「また妙なのが……っ!」
俺たちは再び構えを取る。
魔素が作る霧を押しのけて姿を現したその魔物は、まるで意思を持たぬ人形のようだった。
背中には無数の骨が突き出し、腐敗しかけた肉を引きずるように歩を進めている。顔も目もない。ただただ前に進むその姿は、不気味で、どこか嫌悪感を覚える存在だった。
いつもの様に静奈が前へ出る。
「てめぇもこれでしまいだ!!」
雷光を纏った大剣が、一気に振り下ろされる。
魔物がそれに反応したかのように、首のない胴体をひねるように回転させ、背中の骨を鞭のように振るった。
「こいつっ!速い!」
静奈が間一髪で回避。だが、大剣の一部が軋んで火花を散らす。相手の攻撃は、見た目以上に鋭く重い。
「透真、抑えてくれ!」
「了解!」
俺は地を踏みしめ、刀を逆手に構えて一気に踏み込む。魔術紋の生成と詠唱を始める。
「影に溶けよ、意識を乱せ、幽欺!」
魔物の注意がされた隙に体に下に滑り込み、通り抜けざまに足を切る。
そこに燈華の狐火が三方向から包囲するように飛来し、爆ぜる。煙が上がり、魔物がひるむ。その一瞬に、静奈の追撃が決まる。
「これで終わりだァ!!」
雷光の大剣が大きく弧を描き、真横から魔物の胴体に切り掛かる。
「うっそ…!あたしの大剣でもっ、ごほっ…切れねぇのかっ!」
静奈の一撃でも殺さないとなると、話が変わってくる。いや、それよりも…。
「ごほっ、なんだっこれ…?」
次回更新予定:本日15時頃




