27.欺きの地平
「おい…急に苦しみ出したけど、大丈夫なのか…?」
「あぁすいません、大丈夫ですよ!これは契約の時に必要な儀式みたいなものらしいです、俺も初めてびっくりしましたけど」
心配そうに顔を覗き込んでくる火野隊員に無事をアピールする。
「魔法も大概人智を超えた技術だと思ってたけど、魔術ってのはそれ以上なのか…?こんな訳のわからねぇ存在をポンポン生み出せるなんて…」
元研究職らしく出てきた魔法陣が、とか魔素の収束反応が、などとぶつぶつ呟いていた。
「ともあれ、透馬に負担かけちまうけど、砂丘奪還に向けた人数を揃えることはできたみたいだな」
「えぇ。これで戦力的には、ある程度目処が立ちました」
返しながら、肩に残った痛みの余韻を感じていた。今もなお、身体の奥にかすかな熱が残っている。だが、それは不快なものではなかった。むしろ、自分の中にラーヴェン・ミュールという意志が根付いた証のように感じられた。
視線の先では、燈華と日向丸。ノワとラーヴェンが静かに並んで佇んでいる。まるで俺の背を守る守護者たちのように。
「それにしても、四体とも見事にタイプが違うな。召喚術ってのは、そういうもんなのか?」
「俺は正しい魔術紋とどんな対象を呼び出したいのか正確に想像し、正しい祝詞を唱えると俺の魔力に反応した者が応えてくれるって教わりました」
火野隊員が目を細め、ラーヴェン・ミュールに視線を向ける。
「お前が…ラーヴェン・ミュール、だったか。癒しの力を持つらしいが、戦場で使うにはリスクもあるって聞いた。本当に大丈夫なのか?」
ラーヴェンはその言葉に、ゆるやかに仮面の角度を変える。まるで、「お前はそれを問う資格があるのか」とでも言いたげな沈黙。しかし、その奥に確かな誠実さが宿っていた。
「私の力は絶対ではありません。けれど、この契約主が、限界の先に手を伸ばす意志を示す限り、私は応えましょう。戦場において必要なのは、絶対の力よりも、折れない意志です」
その言葉に、火野隊員は目を見開き、そして苦笑した。
「随分と肝の据わった召喚獣だな。……いや、召喚獣って括るのも間違いか。お前たちはもう、透真の仲間なんだな」
その一言に、少しだけ背筋を正すようにして立ち直る。
「仲間……そうですね、俺もそう思ってます。燈華や日向丸が居なかったら、たぶん……もう、何度か死んでました」
燈華はふふんと胸を張り、日向丸はかすかに発光する。
「……さて、じゃあそろそろ本題に戻ろうか。奪還作戦の詳細詰めだ」
火野隊員の言葉に俺も気を引き締めて頷いた。
「作戦の詳細は……突っ込んで殺す。以上!」
「そ、それだけですか?」
「そうだ。なんせあたしらには戦術を必要とする部隊がない。遊撃部隊すら作れないこの人数では、命大事に、突っ込んで殺すしか選択肢はない!」
「はは、なるほど。それは確かにそう、かも?」
研修時代は百数十名と陣形を作りながら戦っていたが、この場にはたったの六人しかいない。しかもそのうち二人は支援が得意な者だ。
実質戦うのが四人ならば全員で固まりお互いの背中を預ける様に戦うのが合理的なのかもしれない。
「それに幸運なことに、あたしらにぴったりな命令が今朝来てたんだ。みてみ」
一枚の紙を渡される。この前見た様な任務通達の注意事項に、人の心がない者が書いた様な内容が書かれていた。
本作戦は極秘裏に進行される。状況報告は中継部隊を通じて行うものとし、無断での撤退・離脱はこれを厳禁とする。
いかなる理由があろうとも、奪還完了まで帰還を認めない。
敵性存在の強度および魔素濃度の推定値は、従来想定を大きく上回る。従って、部隊編成および展開は貴隊に一任するが、戦力喪失=国家防衛網の崩壊を意味することを忘れるな。
「痺れるだろ?死んでこいってさ」
「こんなのを命令として通せるなんて、正気じゃない」
「だが今のあたしらには好都合だ。今まで単独特攻の命令ばかりだったからな」
「そうですね」
決意を確認する様にお互い顔を合わせる。
「決行は明日明朝マルヨンマルマルだ。それまでは自由にしてな」
「はい、わかりました」
扉を出て行こうとする俺に火野隊員が声をかけてくる。
「あと敬語はもうやめろ。あたしらは対等だ」
「っ…あぁ、わかった」
「おう」
火野隊員はニッと笑い手をひらひらと振る。
廊下に出て、魔力消費を抑えるために燈華以外を戻す。
「燈華、俺もなんか攻撃に役立つ魔術を覚えたいんだ」
「幽欺が使えるのである程度難しい魔術の習得も可能かと思われます。ですが、もう一歩先の幻惑の魔術を覚えてみるのもありかもしれません」
「もう一歩先?」
「はい。わたくしが今から教えるのは高精度の魔力操作と集中力。そして正確な詠唱とわたくしとの信頼関係により成り立つ魔術にございます」
喋りながら自室に戻り、燈華にその魔術について詳しく聞く。
「この魔術は無垢の帳と言い、敵の五感を狂わせる領域に引き摺り込むものでございます。まずはわたくし一人で発動致しますので少々お待ちを」
そういうと集中しているのか周りの空気が張り詰めた気がした。
「焔は歪みを灯し、影は形を嗤う
澄みし瞳にこそ、まやかしを
聞けぬ音を聞き、在らぬ気配を追え
真を砕きて、虚に溶かせ
主命に従い、狐の囁きは千を迷わす
此処より先、万象悉く、幻たれ」
燈華の詠唱が終わると同時に、五感がぐちゃぐちゃになる感じが体を襲う。
足元の平衡感覚や嗅覚や視覚がおかしくなり、立っているのがやっとだ。
気持ち悪さに嘆いていると燈華が両の手をパンっと叩き、俺を現実世界に引き戻した。
「これがわたくし一人でやった場合の無垢の帳でございます。主殿は幻覚への耐性があるので気持ち悪い程度で済んだかと思いますが、耐性のない者へはそれ以上の効果がございます」
「な、なるほど…うぷ。これを二人でやるってことは、お互い領域の構成の役割が違うって、ことか…?」
「まさに!!まさにまさにでございます!流石我が主殿!」
手をぱちぱちと叩き大喜びする燈華をみて良い気分になる。
「わたくしは術の中身となる幻影や錯覚。そして主殿には敵の五感を曇らせ、世界の論理を「虚構」に塗り替える、術の本体構築と幻術の構成そのものを制御していただきます」
「難しそうだけど、俺にできるかな?」
「できますとも!多重詠唱の意味を瞬時に理解できた主殿であれば余裕かと!ではさっそく、無垢の帳の魔術紋をお見せいたしますね」
そういう時小規模の魔術紋を手のひらの上に出して見せた。魔術紋自体は大して難しそうな構成はしていない様だが、この意味をしっかりと理解しなければいけない。
「主殿。この魔術紋の構成の意味は理解できておりますか?」
「なんとなく…。外円は術の中と外を隔てる結界の様なもの?中円は、なんだろう?難しいな…。内円は術を安定させて、敵の互換を奪う様な作用がある、のかな?」
「本当に流石でございます。付け加えるとすれば、外円はわたくしが構成する魔術を外に逃さず、より強力な幻覚作用を与えるもので、中円は味方の現実を維持したまま敵のみを幻覚に引き摺り込みます。内円は術とわたくし達の精神を安定させる者でございます」
魔術紋の構成の意図を詳しく教えてもらった後、俺が担当する相性も教えてもらう。
「識を惑わすは、白霧の帳
見よ、此処に在るものは形に非ず
影に非ず、虚にして実、実にして幻
仮象を実象へ、現象を虚構へ
いま一度、真実の皮を剥ぎ
知覚の王座を我が手に取り戻す
我は紡ぐ、欺きの地平」
「これが主殿の担当する詠唱でございます。まずはいつも通り魔術紋を覚えるところから始めましょうか」
燈華がそっと手を掲げると、足元に浮かび上がる魔術紋が、微かに脈を打つように発光した。三重に重なった魔術紋が、ゆっくりと回転し始める。螺旋を描く外円、幾何学模様の中円、そして中心に収束する内円。そのすべてが、どこか俺の心臓の鼓動とリンクしているように感じられた。
「主殿の詠唱は、幻覚の土台を築くこと。そして、その土台が現実よりも強く在ることを世界に誤認させるための根幹でございます。貴方の言葉は、この《幻域》の骨組みを形作るのです」
燈華がひとつ深呼吸をした後、今度は自らの詠唱を紡ぎ出す。
「焔は歪みを灯し、影は形を嗤う
澄みし瞳にこそ、まやかしを
聞けぬ音を聞き、在らぬ気配を追え
真を砕きて、虚に溶かせ
主命に従い、狐の囁きは千を迷わす
此処より先、万象悉く、幻たれ」
その言葉と共に、魔術紋が急速に収束する。光が内から外へと跳ね、地面に描かれた紋様がまるで呼吸するかのように明滅を始める。
「私の詠唱は、幻域の内側を統括します。幻を現実のように包み込み、欺瞞の樹を根づかせる。つまり、敵の感覚を『正しい』と信じさせる作用を担うもの。二人の詠唱が重なってこそ、《幻域・無垢の帳》は完全な場となります」
「……つまり、俺の言葉が幻を創って、燈華の言葉が幻を完璧に信じ込ませるってこと?」
「その通りでございます」
俺は深く息を吸い込み、再び足元の魔術紋を見下ろす。
なるほど。これはただの幻術じゃない。言葉と意志で、虚構を真実に変える魔術。それも、一人では成せない、信頼を重ねた連携の魔術だ。
「主殿。次の任務では、きっとこれを使う機会がございます。完璧に紡げるよう、何度も詠唱を重ねておきましょう」
「ああ、頼むよ燈華。俺たちで、現実ごと騙してやろう」
燈華が小さく微笑み、耳元の鈴が静かに鳴った。
《幻域・無垢の帳》。ただの幻術ではない、欺瞞を真理へ昇華する術。
これを完全にものにするために、燈華と共に残りの時間を全て使った。
次回更新予定:本日の17時頃




