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26.第三の契約、第四の灯

 足元の魔術紋がより一層強い光を放つと、この球体を召喚するための魔術紋として定着し、契約が完了した。


「主殿!!早く私を戻してもう一回召喚したください!」


 よくわからないが焦る燈華を戻し、再度燈華のなを呼び召喚する。


 魔術紋から燈華が現れ、それを見た球体が魔術紋の近くに顔を寄せ、燈華と魔術紋を交互に見比べる。


「アナタイチバン?」

「えぇ、わたくしが1番目でございます」

「スゴイ」


 そういえば日向丸を召喚した時もこんなやりとりをしていたなと思い返す。どうやら燈華は俺が召喚した一番目である方に誇りを持っているらしく、嬉しくなる。


「そうだ、君の名前は?」

「エルノワール=グリモリカ!ノワト呼ンデクダサイ」

「俺は天ヶ瀬透真。よろしくね、ノワ」


  名を呼ばれたノワは、ふわりと浮遊したまま、回転を止めてぴたりと静止した。中央の「瞳」のような光が一度、瞬きをするようにゆっくりと閉じ、再び開く。


「契約ニ基ヅキ、基本機能ノ解放ヲ開始――」


 そう言ったかと思うと、ノワの周囲に三重の光環が再び浮かび上がり、それぞれの内側に緻密な魔術紋が展開されていく。浮かび上がった光の記号が一つずつ明滅しながら、別の人格が喋っている様に流暢な日本語で話し出した。


「私は《魔術知識共有型召喚体》。現時点で主殿が習得済み、または契約体から伝達された魔術式を、記録・展開・改良する補助機構を備えております」


 燈華が「おぉ…」と小さく感嘆の声を漏らし、ノワの周囲を興味深げにくるくる回り始める。ノワは意に介さず、さらに説明を続けた。


「また、指定魔術の即時詠唱・展開。最大五つまでの同時保持と高速詠唱処理が可能です」

「つまり……俺が魔術を詠唱するより早く、ノワが展開できるってこと?」

「ソウ。速度約〇・六七秒。トーマノ平均詠唱時間ニ対シ、約五分ノ一」


 なるほど、それは戦闘においてかなり大きい。


「「共有型」ということは、召喚体である燈華や日向丸が知っている魔術も、ノワが扱えるようになるの?」

「可能デス。燈華殿ノ記憶領域ニ存在スル三種ノ幻術、および狐火系魔術。日向丸殿の魔法壁・魔法結界術を現在同期中」

「他に機能はあるの?」

「補助結界展開、魔素検知、魔術紋の解析。加えて、魔術干渉領域における『領域封鎖』。一定時間、敵の魔術を無効化できます。制限時間十五秒、冷却時間三十分」


 それを聞いた瞬間、日向丸がわずかに明滅して反応した。どうやら同じ『結界系』として何かを感じ取ったようだ。


 ただの魔導球体だと思っていたが、ノワはまるで魔術用の多機能デバイスのような存在だ。


「……すごいな。ノワ、君がいるだけで戦いの幅が何倍にも広がる」


 そう言うと、ノワの中央の瞳が一瞬、淡く輝いた。どこか、嬉しそうにも見える。


「嬉シイ。トーマノ役ニ立テルノハ、僕ノ誇リ」

「おやおや。わたくしも負けていられませんね」


 いつの間にか召喚獣たちが並んでこちらを見ている。思わず笑みがこぼれた。


 これが三体目の召喚獣、《エルノワール=グリモリカ》。


 名の通り、知恵と魔術に満ちたグリモワールのような存在。戦闘だけでなく、これからの任務にも、きっと大きな力となってくれる。そんな確信が、自然と胸に芽生えていた。


「完全サポート型がいないからもう一体召喚しておこうと思います。いいですか?」

「お、あぁ、良いよあたしのことは気にしなくて。なんだかすごい現象を見てるのはわかるが凄すぎて理解が追いついてねぇ…」


 放心状態の火野隊員を横目に召喚の準備をする。


 数ヶ月前の俺では考えられないほど高度な魔術紋を生成し、自分でも驚くほどスラスラと祝詞を紡ぐ。


「灯を落とせ。声を潜めよ。

 この場に影差すもの、ただ一柱のために清めん。

 かの存在、命の縫い手。

 夢と現の狭間にて、傷を知り、癒しを編むもの。

 聞け、契約の名。

 その眼は真実を映さず、

 その手は苦しみを拒まず、

 その姿は人に似て人にあらず。

 静寂の慈悲を纏いし者よ。

 傷あるものの守護者よ、

 命のほつれを撫で戻す者よ

 その癒しの手を、我が道に。」


 祝詞を最後まで唱え終えた瞬間、地面に描かれた魔術紋の縁が青白く滲むように発光し、辺りの空気が急激に張りつめる。光ではなく、音が吸い込まれるような静寂が場を支配した。


 魔術紋の中心から、黒紫の霧がゆっくりと立ち上がる。だがそれは煙ではない。霧の中に、まるで布のように滑らかな「何か」が揺れながら形を成しはじめる。


 肌はほのかに透け、内部を流れる魔素の脈動が微かに見える。顔には仮面のようなものが浮かび、表情の判別はできない。背後からは、翼にも見える幾何学的な光の文様がゆらめき、浮遊するように揺れていた。


 その存在は足を地につけず、ただ宙に漂いながら、俺の前に膝をつく。


「あなたに問います。癒しとは何のためにあると思いますか?」


 戸惑いながらも、言葉を返す。


「…助けたい人や、助けを求めている人のために、あると思います」

「ふふ、そうですか」


 彼女が手を翳すと、魔術紋が鈍く脈打ち、歪みの中から、ひとりの“名もなき誰か”が現れる。


 全身を刻まれ、焼かれ、砕かれ、地面に倒れたその姿は、既に人の形を保つのがやっとだった。


「この者の痛みを、あなたの魂に流し込みます。身体は傷つけません。ただし、痛みも苦しみも、一切誤魔化せない現実としてあなたに与えます」


 透馬は、乾いた喉を鳴らしながら、口を開く。


「……わかりました」


 その瞬間、世界が壊れた。


「っ……あ゛ああああああああああああああああああッ!!」


 背筋を貫く電撃のような激痛。


 骨が軋む。肺が焼ける。皮膚が剥がれ、目が潰れ、臓器が潰される。それらすべてが、「見せかけ」ではなく、魂そのものに刻まれる現実の痛みだった。


「ぐ…あぁっ……っ! くそ、ッ、ぐああああああああああ!!」


 意識が飛びそうになる。地面に爪を立てて、這いずりながら耐える。喉が潰れるほど叫び、涙と涎と吐瀉物が混ざり合う。


「これが…誰かが、感じていた痛みか」


 意識の隅で、それだけが焼きつく。こんなものを……たったひとりで抱えて、死んでいった者がいたのだと。


「……うっ……ぅ、くそ……これ、くらい……!」


 握った拳が震える。

 それでもと、拳で地を、叩いた。


「俺はっ、耐えて…見せる…!」


 叫びとともに、透馬の中で何かが爆ぜる。


 魂が、痛みに染まりきってなお、他者のために立ち上がろうとする意志を示したその瞬間。


 すべての痛みが、静かに止まった。


 倒れ伏す透馬の肩に、ぬくもりのようなものが触れる。

 視界の向こう、召喚した彼女が無言でその手を彼に添えていた。


「……合格です」


 ささやきのような声とともに、魔術紋が青白い輝きを放ち、契約の証が刻まれる。


「癒し手とは、痛みを知る者。あなたが流した血と涙に、私は応えましょう。我が名はラーヴェン・ミュール。あなたと共にあらん」

「はぁっ、はぁっ…俺は天ヶ瀬透馬。よろしくねラーヴェン」


 ラーヴェン・ミュールが正式に契約を結んだその直後、彼女の体から淡い光が広がり、地に描かれた魔術紋が溶けるように消えていく。


「……さて」


 仮面の奥から、彼女がそっと息を吐くようにして言葉を継ぐ。


「契約が果たされた今、あなたには知る権利があります。私の能力、そして存在の意味を」


 彼女が翳した手のひらに、幾何学模様が浮かぶ。それは回復術の魔術紋ではない。もっと複雑で、立体的に絡み合った、多層の構造を持ったような魔術紋だ。


「私の力は、癒しと再生にとどまりません」


 ラーヴェンの背後に揺れていた光の文様が、花のように開く。そこから零れるように、白銀の羽根のような光片が舞い落ちていく。


 彼女の手が空をなぞると、魔術紋が浮かび上がる。


「これは痛覚中枢の遮断と、神経修復の同時展開。「深層再生」と呼ばれる技術です。ただ治すのではなく、壊れた神経と心の回路そのものに干渉し、根源から修復を試みる」


 まだ息を整えきれないまま、その技術の響きに思わず顔を上げる。


「神経と…心の回路…?」

「そう。肉体の修復は、所詮“結果”にすぎません。でも傷は記憶に残り、痛みや恐怖は魂に棲みつく。私は、その魂の損傷にまで手を伸ばす術を持つ存在なのです」


 舞い落ちた光片が地面に触れると、まるで時間が逆流するかのように先程抉った爪痕すら跡形もなく消えた。


「ただし」


 ラーヴェン・ミュールはふわりと浮かび上がるように立ち上がり、仮面をわずかに傾ける。


「この力には代償があります」


 次の瞬間、彼女の身体に刻まれたような魔術紋が淡く光り、その中心で、黒い点のようなものが脈打った。


「使用するたび、あなたの魂に“疲労”が積み重なります。蓄積が限界を超えれば、身体は動けても、心が崩れる」

「心が崩れると、どうなるの?」

「痛覚を失います。痛みに共鳴できなくなった者は、私の力を受け取る資格を失う。あなたが誰かを救いたいと願う限り、私は応えますが。無理をすれば、その願いすら枯れてしまうでしょう」


 重たい静寂が落ち、ゆっくりと頷いた。


「わかった。力を貸してくれ、ラーヴェン」

「あなたの望むままに」


 その瞬間、彼女の背後にあった光の翼がふわりと揺れ、風もないのに周囲に優しい空気が流れ込んだ。

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