25.砂丘の向こう、まだ名もなき決意
「でも、ここから異動できる方法なんてあるんですか?」
「確証はねぇが一つ考えがある。周りに聞かれちゃまずいしあたしの部屋行くか」
立ち上がり足早に部屋へ向かう火野隊員について行き、部屋に入ると、火野隊員が鍵をしめる。
「この基地の存在意義は、砂丘を占拠した魔物を外に出さないことと、その魔物の殲滅だ。つまり、完全に砂丘が安全地帯になればこの基地に危険な任務が言い渡される必要もなくなる。つまり…」
「つまり?」
「早いとこあたしらで全部ぶっ殺しちまおうって話だ」
あまりにも脳筋な作戦に心配になるが、よく考えなくても方法はそれひとつしかない様な気もする。
「ただしおかしな点が一つある」
注目を集める様に指を立て語り出す。
それは火野隊員は過去三度の出動で、計百三体の魔物を倒したらしいが、出撃する他の隊員の任務内容を見ても、討伐対象数の変動がほぼないと言う。
先日俺の任務内容には二百四十七体の掃討とあったが、火野隊員が一番最初に出動したときの対象数は百三十四体だったらしい。
「むしろ増えてる…?」
火野隊員は真剣な顔で頷いた。
「あたしの推論が正しいなら、砂丘の奥にある扉とつながる異世界は、すでに魔王に支配されてるんじゃねぇかと思うんだ」
「確かに…。扉は異世界人が管理するはずだから魔物が自由に出入りすることはできない。なのに増えていると言うことは既に人間が管理できる様な状態じゃない…?」
「そういうこった。あの扉の向こうはたぶんもう、こっちが手を出せる段階じゃねぇ。少なくとも今の戦力じゃな」
火野隊員は、テーブルに肘をついて、低く、唸るような声で言った。
「あっちの戦力が整えば、この砂丘から日本は侵略されちまうかも知れねぇ。まぁ全部あたしが勝手に想像してるだけの話だけどな」
静かに、けれど重く響く火野隊員の声に、思わず喉が鳴った。
あの戦場。燃える砂丘。数え切れないほどの魔物。あれが、向こうの日常だとしたら?その日常がこっちにまで流れ込んできたら?
そう考えると震えが止まらなくなりそうになる。
「だからこそ、今がチャンスだと思ってる。あの地獄を生き抜いた透馬がいる今が」
火野は拳を固く握り、わずかに震わせた。
「でもこの決断は強要するものではねぇし、何回も言うがただの推論だ。もちろん透馬の決断を尊重する」
「もし俺が断ったら?」
「…一人で行くさ」
その言葉は、火野静奈の決意であり、問いかけでもあった。
俺は唇を噛みしめ、小さく頷く。
「一人では行かせません。ついて行きます」
火野隊員は、満足そうに口角を上げた。
「よし、なら決まりだな!ただ問題は圧倒的に人が足りねぇことだな…」
「そのことなんですけど」
「ん?」
「解決できるかも知れません」
「何人か当てがあるのか?ここの警備は厳重だからただの隊員は入れないぞ?」
召喚術に関して、燈華からは信頼できる者にのみ伝えても良いと言われている。火野隊員はあって数日しか経っていないが、これから先待ち受ける地獄を考えれば打ち明ける足る理由だろう。
「俺は召喚術という特殊な魔術を使うことができます。その名の通り召喚術は異世界から」
「ちょちょちょ、ちょっと待て!なんだ?召喚術やら魔術やら知らない事ばっかりだ…まず詳しく教えてくれよ」
知らない単語の連続に慌てふためく火野隊員に、魔術と魔法の違い。それと、俺が今使える魔術と召喚術について詳しく説明する。
「魔術なんてものも存在してたのか。それで?」
「俺が今召喚できる二人を見せますね。燈華、日向丸」
名を呼ぶと見慣れた魔術紋から光が立ち、燈華と日向丸が現れた。
「燈華と申します。以後お見知り置きを」
燈華が優雅に挨拶し、日向丸は形を手のひらの形にしてハイタッチを求めているが、お構いなしに「うわぁ」とか「はぇ〜」とか言いながら二人をまじまじと見る火野隊員に言葉を続ける。
「俺があの任務を生きて帰って来れたのはこの二人のおかげです。戦力になるのは間違いないし、新しく召喚すれば人手不足問題は解決するかも知れません…。ただ…」
「魔力不足か?」
言いたかった事を当てられ驚きを隠せない。
「そうです!この前も魔力切れで危うく死ぬ所だったし、これから数が増えるとなると自分の魔力量じゃすぐばてちゃいそうで」
それを聞くと「それなら二つほど解決策があるぞ」と得意げな顔で話し始める。
「生態研究の過程で魔物を開いた事があるんだが、あいつらの中にはコアってもんがある。それを砕いて粉状にして鼻から吸うんだ。そしたら一時的にだが魔力が回復する研究結果が出ているんだ」
粉状にして鼻から吸う事に対して少し嫌悪感を覚えた顔をしていると、慌てた様に弁明を始めた。
「あぁ違う!これは違法じゃないしちゃんと結果が出てるんだ!ただやりかたがやばすぎるだけで本当に合法なんだ…」
このやり方に自分でも納得がいってない様な素振りに思わず笑みが溢れる。
「それで二つは?」
「二つ目は魔素濃度の濃いところにいく事だ。元々魔力がなかったあたしらが魔力を使える様になったのは、扉からうっすら流れ出る魔素のせいだしな。特別濃いとこに行けばそれに適応するという仮説がある」
「仮説なんですか?」
「あぁ仮説だ。日本に濃度が濃い場所はこの砂丘の奥くらいにしか無いから実験のしようがなかったんだ」
「そうなんですね」
火野隊員の言う事が正しいなら俺が今できることは新しい仲間の召喚と、効率良く身体強化をするための体作り。それと魔力操作の練度向上か。
「透馬の事教えてもらったし私のことも教えないとな」
得意げに話し出すが、得意げにするだけはある能力の持ち主だった。前衛用の隊服を着ているし、壁に立てかけてある大剣からごりごりの武闘派だと思っていたが、聞けば火炎魔法の第二等尉魔法と雷魔法の第一等曹魔法まで使えるらしい。
研究職にも就いていたし、少しが雑な喋り方や態度からは考えられないほど頭も良いのだろう。
想像を超えるハイスペックさにより一層頼もしさを感じた。
「お互いのスペックも確認出来ましたし、後は仲間を増やすために新しく召喚術を使って呼び出しますか」
「ここでやってくれるのか!?」
「もちろんです!見ていてください」
床に手をつき召喚術を行使するための魔術紋を描き広げる。
「我、理をもって門を開く
万象を統べる円環よ、今ここに姿を結べ
無にして全、沈黙にして語り、静寂にして響くものよ
いにしえの書に記されし秘奥、
名を持たぬ記憶の断章、
天と地の狭間にて、時を越えて巡る光よ
呼び声に応え、境界を超えよ
我が名に応じ、契約の鎖を結ばん
真理の殻に宿る者よ、揺籃の中より覚醒せよ」
祝詞の最後の言葉が発せられると同時に、空間が「きぃん」と高く鳴った。空気が一瞬で張り詰め、まるで時そのものが停止したかのような静寂が訪れる。
足元に描かれた魔法陣が淡い青白い光を帯び、やがて中心から円を描くように輝きが広がっていく。
魔法陣の周囲には、古代文字が浮遊するように宙に浮かび上がり、詠唱に呼応するようにゆっくりと回転を始める。
次の瞬間、空間がひずむ。
空気が巻き込まれるように中心へと引き絞られ、重低音のような「ドゥウゥン……」という音と共に、魔法陣の中央が光で満たされた。
その光の中から、滑らかに何かが浮かび上がる。
それは金属では無いが、黒曜石の様な重厚な美しさを持った球体で、銀色の光が表面を流れている。
球体はゆっくりと回転しながら、宙に浮かび上がり、周囲に光の環を三重に展開する。
そして、球体の中央、まるで瞳のように見える部分がぼんやりと輝きを灯し、
低く、澄んだ、そしてどこか温かみのある声が響く。
「イロンナ魔術ガミタイ」
「うん、わかった。俺と一緒に冒険して、色んな魔術を見よう」




