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22.特異災害制圧部隊

 雨が降ってきた事、貰った住所が空き地だったことで、一旦調査を諦めて情報保全課の建物まで戻る。


 鍵を開け、バサバサと傘についた水滴を落とし中に入る。誰もいない廊下を歩く音はより一層、この建物の古さを感じさせた。


 いつも通り資料室に入りると、窓を打ちつける雨の音が心地よい。キャンドルでも灯せばいい雰囲気になりそうだが、あいにくここは職場なので雰囲気もくそもない。


「振り出しに戻ったなぁ」


 自分の持つ全てを使っていたが、結局は何の手掛かりもない状態に戻ってしまった事に対し、ため息をつく。


 高校卒業したばかりの坊やが今まで未解決だった事件を解決するなんてのは到底無理な話だったのか。


  椅子に深く腰を下ろし、濡れた靴を脱いで足を伸ばす。少し冷たくなった靴下の感触が妙に現実味を持っていて、今日一日の出来事が夢ではなかったことを思い知らせてくる。


 資料室の蛍光灯が少しだけチカチカと点滅する。誰もいないこの空間では、そのわずかな光の揺らぎさえも妙にドラマチックに思えた。


「今日はもう休むか」


 そう自分に言い聞かせるように呟き、ポットの電源を入れ、机の引き出しから隠しておいたのビスケットと、インスタントコーヒーを取り出す。


 お湯を注ぐとコーヒーの匂いが部屋に漂う。ずずっと一口飲むと、あたたかさが身体の芯にじんわりと沁みる。


 窓の外では雨が止む気配を見せず、淡々と地面を叩き続けている。ふと、携帯を取り出して、どうでもいい動画をいくつか流してみた。笑えるはずの動画も、今日は妙に遠く感じる。けれど、そうやって無理にでも普段通り過ごすことで、心が少しだけ落ち着いていくのを感じた。


 やがて、ソファに横たわる。備え付けの薄い毛布を掛け、薄暗い資料室の天井をぼんやりと眺める。


「次は、どこを探すべきか…」


 そんなことを考えながら、目を閉じた。雨音と静寂が混じり合い、思考がだんだんと溶けていく。やがて意識は深い眠りの中へと沈んでいった。


 翌日の日曜日は、ゴロゴロしたり買い出しをしたりと久しぶりの休みを満喫した。


 差し込む朝日で目が覚め、朝のルーティーン後鍵を開けに行く。いつも通り遅れて出勤する先輩隊員達を横目に、日々少しずつ増える書類を整理していると、ふたつ隣の部屋から一際大きな声が聞こえた。


 どうせ関係のない話だと作業を続けていると、廊下をどたどたと走る音が聞こえる。


 いつもより乱暴に扉が開かれ、慌てた様子の小沢隊員が顔が見えた。


「お前何やらかしたんだよ!!?」

「え?」

「いいからこっちこい!」


 小沢隊員に無理やり腕を引かれ、先輩隊員達がいつも雑談している部屋に連れてこられ、全員が机に設置されたパソコンの画面に注目しているのが見えた。


「やばいよ天ヶ瀬くん…」


 白野隊員も焦った顔で画面を指差しながらこちらを見てくる。


 そこに書かれていたのは

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

7月8日付

天ヶ瀬 透真を「記録保全課」から「特異災害制圧部隊」への異動を命ずる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「特異災害制圧部隊?」

「知らねぇのか!?ここは…」


 小沢隊員は怯えながら周りを確認し、小声で話す。


「部隊とは言っちゃあいるがまともな部隊編成はしてねぇ。上からの指示があれば一人で魔物の群れに突っこむ様なイかれたとこだ…。ここに配属されたやつは今まで九人。そのうち八人が殉職だ…」

「そんなっ、どうして僕がそんな部隊に…??」

「知るか!とにかくお前が何やったかは知らねぇが俺らには深く関わらないでくれ!お前のせいでこっちまで飛び火したらたまったもんじゃないからな!」


 納得がいかないまま俺は「わかりました」といい、荷物をまとめるために資料室に向かった。


 資料室に戻ると、今朝整理していた書類が無性に色褪せて見えた。日々のルーティーンの中で積み重ねてきた時間が、たった一通の辞令で崩れ去る。そんな感覚に襲われながら、机の引き出しを静かに開け、最低限の荷物をまとめる。


 背後で降り続ける雨が、屋根を叩く音に変わっていた。昨日の空き地と、清水班長との会話が頭をよぎる。あの時点でもう、こうなることは決まっていたのかもしれない。いや。あの資料に手を伸ばした瞬間から、きっと運命の歯車は動いていた。


 俺はリュックを背負い、最後に一度だけ資料室を見渡した。机の角、少し歪んだ椅子、書棚の隙間に挟まった古いファイル。たった数日しかいなかったがすべてが懐かしく感じる。


 部屋の明かりを落とす。


 扉を閉めると、いつも通り古びた音が響いた。だがその音は、今日に限って何かの幕開けのように聞こえた。


 振り返ると小沢隊員が何か紙を持って俺を待っていた。


「特異災害制圧部隊は鳥取にある基地で、占領された砂丘は今も取り返せずにいる。そんなとこを一人で特攻する部隊は密かに、防衛隊の邪魔になる存在を処理する部隊だと噂されてる。お前のことは別に好きじゃねぇけど…まぁ、気をつけろ」


 そういうと手に持った紙を胸に押し付ける様に渡してきた。


「これは基地までの地図だ。じゃあな」


 地図を胸元に押し付けられた感触がまだ残る中、俺は小沢隊員に軽く頭を下げて建物を後にした。雨はすっかり止んでいたが、地面はまだ濡れていて、靴の裏がぬかるんだ土を踏むたびに水を吸い上げる音がした。


 最寄りの駅までは徒歩で十五分ほど。道中、見慣れた街並みがやけに遠く感じた。今まではこの風景の中に、あの資料室の温もりと、どうしようもなく緩い空気があった。でも、もうそれは過去になる。


 電車を乗り継ぎ、数時間後には鳥取の駅に降り立った。駅前は思ったよりも静かで、観光地として栄えていた頃の面影をわずかに残していたが、異形の気配を警戒する空気が街全体を覆っていた。


 地図を頼りに基地までの道を歩く。途中、封鎖された道路や、崩れかけた建物が目に入り、ここが戦場に近い場所なのだと改めて実感する。


 地図の示す先、かつて砂丘が広がっていたであろう地帯の奥。高い塀と厳重なゲートに囲まれた基地が見えてきた。


 ゲートの前に立つと、すぐに監視塔からの視線を感じた。マイクを通した無機質な声が響く。


「所属と氏名を述べよ」


「本日付で『特異災害制圧部隊』に配属を命ぜられました。天ヶ瀬透真です」


 一瞬の沈黙ののち、ゲートが重々しく開く。


「そこの建物まで進め。中に入ったら右の突き当たりまで進んで左の部屋にお前の仲間がいるだろうよ」


 建物の中に入り言われた通りの部屋の前に到着する。プレートには簡素に「特異災害制圧部隊準備室」と記されていた。木製の扉は重く、まるで中に踏み込めば引き返せないと告げているかのようだった。


 意を決してノックし、扉を開ける。そこには予想以上に静かな空間が広がっていた。無機質なデスクと、壁にずらりと並んだ地図や魔物の出現記録。そして一人だけ、ソファに寝転がっている人物がいた。


「本日付で特異災害制圧部隊に配属を命ぜられました。天ヶ瀬透真と申します。よろしくお願いします!」

「あー、自己紹介とかいいよ。お前もどうせすぐ死ぬだろうし」


 ぶっきらぼうな返事とともに、こちらを一瞥することなくひらりと手を振る。


「すぐ死ぬって、どういうことですか…?」

「無理だろうけど生き残ったら教えてやるよ。お前の部屋はこの向かいな」


 しっしっと手だけで退出を促される。


 記録保全課でも同じ様な態度を取られたが、この人からは心底誰にも期待してない様な、本当に「お前もすぐ死ぬだろう」と思われている様な雰囲気が感じ取れた。


 「失礼しました」と扉を後ろ手に閉め、向かいの部屋へ入る。作りは先ほど入った部屋と同じで、無機質な壁と最低限の家具、そして片隅にベッドとロッカーが置かれているだけの簡素な空間だった。


 まるで「ここで過ごす時間は短い」とでも言いたげな配置だ。


 俺はロッカーの扉を開け、中を確認する。予備の制服と、小さなメモ帳が一冊だけ入っていた。表紙には何も書かれていないが、開いてみるとそこには乱雑な字でこう書かれていた。


《俺がどうしてこんな目に。死にたくない》


 その一文だけがぽつんと書かれている。ページをめくっても他には何もなく、まるで誰かが「それだけ伝えたかった」とでも言うような簡潔さだった。


 俺はメモ帳を閉じ、ロッカーの奥にしまい直す。どれだけ危険な場所なのか、改めて突きつけられた気がした。


 ベッドに腰を下ろし、深く息を吐く。心なしか、記録保全課の古びた資料室が恋しくなる。この空間にはぬくもりも、人の気配もなかった。

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