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21.唯一の手掛かり

 資料室の静けさの中で、俺はノートに新たなメモを追加する。


「木暮誠二の異動先は不明。報道アーカイブには六名失踪事件がまったく記録されていない」


 そのメモを見つめながら、思わず息をつく。今のところ、手に入れた情報だけでは、どうにもつながりが見えてこない。


 俺がいる「記録保全課」は、その名の通り、文書や資料の管理を主な業務としている。見た限りでは、ここにある資料の中には黒幕が隠れている様子は見当たらない。ということは、情報を操作しているのは他の部署の誰か、あるいは外部の勢力?


「問題は、木暮誠二か」


 何か手掛かりはないかと、未解決の事件をまとめたファイルを見ていると、小暮と共に何度も捜査を行なっている人物が浮かび上がる。


 名前は清水清隆(しみずきよたか)


 彼は魔力が関係する事件を小暮とともに何度も捜査を行なっていた。


 この清水が何か知っている可能性があると仮定し、防衛隊にいる可能性は低いかもと思いながらも、ひとまず、防衛隊内のデータベースで名前検索してみることにした。


 一件ヒット。


 そこには「魔力研究班長:清水清隆」とある。警察からいつの間にか防衛隊に移籍していたのか。しかもかなり上の役職だ。


 氏名をクリックすると、防衛隊内のみで共有されるサイトに飛び、所属部隊と個人電話番号が書かれていた。


 勝手に個人情報を抜いているようで罪悪感に襲われるが、せっかく得たヒントをみすみす見逃すわけにもいかずに、ショートメッセージを送る。


 はじめに簡単な自己紹介とこの連絡先を知った経緯、そして俺が今何をしているのかを書き、送信した。


「何か進展があるといいけど…」


 そう呟くいた途端に携帯電話が鳴りだす。番号は今し方メッセージを送った清水班長からだった。


「もしもー」

「どこで知った!!?」

「え?」

「小暮のことをどこで知ったと聞いているっ!」


 小さな声で話したいが声が抑えられないと言ったような声でで捲し立ててくる清水班長。


「小暮警部補の事は私が今所属している情報保全課の中に、未解決の資料として紛れ込んでいたものを発見しました」

「情報保全課っっ。まさかそこに配属されるやつがまともに資料を読むなんてっ!…とにかく!今すぐに私に送ったメッセージを取り消してくれ。話は、そうだな。今週の土曜日。に基地近くの公園で話そう。それまでは話せない…」

「何時頃公園に向かえば良いでしょうか?」

「午前十時だ」

「わかりました」

「では失礼する」


 清水班長との通話が終わると、突然の高揚感と共に体の力が抜けた。


「…土曜日か」


 事件の全貌が少しずつ形になり始めている気がした。だがそれは同時に、さらなる危険を孕んだ一歩でもある。


 これまで隠されていた情報の断片が少しずつ明らかになり、その真実に近づいている。しかし、この情報を知ってしまったことで、自分の身がどうなってしまうのか、まだ確信は持てない。何か大きな力が働いているのは間違いない。


 資料室の静けさが、逆に不安を煽るように感じられた。目の前のメモには「木暮誠二」「清水清隆」といった名前が並び、これらが意味するものを解き明かさなければならない。だが、どこかで一度立ち止まって冷静になるべきとも感じていた。


資料を片付ける手が止まり、しばらくの間、窓の外に目をやる。夕暮れ時、静かな街並みが見える。時折、外から車の音が響いてくる。


 再び資料を机に並べてみる。


「土曜日までに、できるだけ情報を整理しておこう」


 再びパソコンに向き直り、資料を整理し始めた。


 土曜日の朝、目覚まし時計の音で目を覚ますと、まだ夜の名残が感じられる薄暗い部屋の中だった。時計を見ると、すでに午前六時半を回っていた。外は雨が降りそうな曇り空で、予報では昼前に降り始めるということだった。


 清水班長との約束が頭に浮かび、身支度を整えるべくベッドから起き上がる。普段は怠けがちな時間帯だが、今日は無意識に体が動く。


 シャワーを浴び、コーヒーを淹れて軽く朝食を取ると、リュックに資料とメモ帳を詰め込み、外出準備を整えた。公園に行くには少し距離があるので、早めに出る必要があった。


「午後には雨か…。傘も持たないとな」


 まだ空は灰色で、気温もそれほど高くない。雨に降られないように、少し早めに家を出て、公園へ向かうことにした。


 公園に向かって歩いていると、街中の喧騒が徐々に遠のいていく。公園に近づくにつれて、周囲の雰囲気は静かになり、歩道に落ち葉がちらほらと積もっている。


 公園の入り口に差し掛かると、そこに清水班長と思しき人物が待っていた。小柄な体に黒いコートを羽織り、少し不安げな表情でこちらを見つめている。


「やっと来たか」


 少し険しい表情の清水班長の目にはどこか焦りと警戒の色が浮かんでいる。


「お待たせしてしまい申し訳ありません」

「良い、俺が早く着き過ぎただけだ。とりあえず俺の車に乗ろうか。外で話す様なことではない」


 清水班長はそう言って歩き出した。俺も急いで後を追う。


 公園の駐車場に停まっていた車に乗り込むと、清水班長はエンジンをかけ、窓を少しだけ開けてタバコをふかす。


「あ、タバコ。大丈夫か?」

「はい、問題ありません」


 タバコを吸い、窓に向かってふーと息を吐くと、清水班長は、急に真剣な表情になり、こちらに目を向けた。


「まず最初に言っておく。この事について調べるのを今すぐやめろ」

「どうしてでしょうか?」

「この件についてはきな臭いことが多すぎる。六人の少年少女が失踪した事件について、調べても調べても片っ端から証拠が消されていく。ついにはあいつら人間ごと消しやがった。まぁあいつらって言っても誰がやってんのかは皆目見当もつかねぇがよ」


 その言葉に、俺は心の中でひとつの確信を持ち始める。何か大きな力が動いている、そしてその真実に近づけば近づくほど、命を狙われる危険が高まることを、強く感じていた。


「それでも、止める事はできません。この事件は5年周期で起きています。ここでやめればまた五年後、被害者が出る」


 清水班長はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「そこまで調べてんのか…。しゃーねぇ、俺が知ってることを話そう。十年前の事件で、一人、失踪する前に自力で逃げ出したやつがいる」


 タバコを口に咥え、ポケットを弄り、くしゃくしゃな紙を渡された。


「それが、自力で逃げ出した奴が住んでた住所だ。今も住んでるかはわかんねぇけど、これが唯一あいつらから守った情報だ。さ、もう降りろ。俺がお前さんに与えられる情報はこれくらいしかねぇ」


 有無を言わさずに車外に押し出される。


「あまり若造が無理をするな。俺が思うに防衛隊は、あまり気持ちのいい組織じゃなさそうだ」


 そういうとどでかいマフラー音を出しながら車が発進する。危険を顧みずに情報をくれた清水班長に向かい、車が見えなくなるまで頭を下げ続けた。


 清水班長の車が視界から消え、静けさが戻った公園の一角で、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。


「これが唯一の手掛かり…か」


 手のひらで紙をギュッと握りしめ、息を深く吸う。


 清水班長が言った通り、その住所が今も使われているかどうかは分からないが、行くしかないという決意を固めた。


 家に帰って準備をしてから出発するとなると、すぐに行動できなくなってしまう。思い立ったが吉日、迷っている時間がもったいない。


ポケットにメモをしまい込むと、その足で近くの駅に向かうことにした。


駅からバスを乗り継ぎ、街の中心から少し外れた住宅街に足を踏み入れる。清水が渡してくれたメモに記された住所が、ひとつひとつの通りを曲がって進んでいく。


 高層ビルや商業施設が立ち並ぶ賑やかな通りから、落ち着いた住宅街に変わり、道路沿いには静かな一軒家が並んでいる。道の向こうには、薄い霧がかかったような曇り空が広がり、雨が降る前の重苦しい空気が漂っていた。


 メモに書かれた住所を手に、再度道を確認する。住宅街の中で少しだけ迷ったものの、住所が示す場所はすぐに見つかった。


 しかしそこは空き地の看板が鎮座しているだけで、建物は無かった。


「くそっ!」


 くしゃくしゃのメモを地面に叩きつける。


 ぱらぱら、と。最初は軽く、まるで水滴が葉の上に落ちるような音。それが徐々に音を増し、音速の違うリズムで地面を打ち始めた。


 雨だ。


 最初の一滴が落ちると、あっという間に空気が湿り気を帯び、ひとしきりの音を立てて小雨が降り始める。その音は、まるで音楽のように耳に届くが、俺の気持ちを表す様に、悲しい旋律に聞こえた。

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