20.記録されざる失踪
帰りながら書類に目を通す。
事件はニヶ月前から始まっており、六名の小学生が攫われてる。いずれも学校の下校時間に事件が発生し、被害者は全員魔力が無いという共通点が挙げられていた。
街中の防犯カメラには、被害者がいなくなる瞬間は映っているが、なぜか犯人はカメラに映らずに、被害者が瞬間移動したような映像が残っているだけだったという。
拉致監禁の容疑で捜査を進めるが、犯人まで繋がる証拠があまりにも少なすぎるため未解決のまま捜査を打ち切る旨が書かれていた。
警察がどう対応するのかわからないが、もし証拠が出てきて、この書類が必要になった時のためにきちんと綴っておこう。
部屋に入ると、相変わらず書類は散らばっていたが、燈華と日向丸は黙々と書類の整理をしてくれているおかげで、朝に比べればかなり片付いてきている。
二人に感謝しつつ、未解決の時間がまとめられたファイルに、インデックスと共に書類を綴り、片付けを始める。
最後の一枚を手に取った時、あたりが薄暗くなってきていることに気づいた。
四人がいる部屋からも笑い声が聞こえず、まさか俺を置いて帰ったのかと疑心暗鬼になっていると、扉の外から床を鳴らす軽い足音が聞こえる。
ノブが丁寧に回され、ゆっくりと扉が開くとそこには白野さんが顔を出した。
「天ヶ瀬くーん。そろそろ終業時間だけどこっちきてお話ししないの?」
「すいません。書類整理が今終わったところで…」
「さっき持ってた紙って書類整理してたやつだったの?うちここにきてそんなことするって教えてもらってないんだけど、もしかしてそのファイルの山全部やらされてたの!?」
「はい、ここにきてすぐに小沢隊員からやるように言われましたので」
「えぇ!?」と驚く白野隊員に対し、最初はわざとらしいと思っていたが、よく見れば本当に驚いているように見える。
「失礼ですが、白野隊員はこちらにきてからどんなことをされましたか?」
「ここに配属されてから仕事なんてした事ないよ!ここは仕事回ってこないからって言われて、他の隊員と楽しく喋ってたらいいだけなんだーって思ってて…」
「そうなんですね」
お喋りするだけが仕事なわけないだろとも思ったが、周りの隊員が仕事をしなければそれが普通だと勘違いしてしまうのだろうか?
「その様子なら小沢隊員、ここのルールとかについて何も説明してない感じ?」
「そうですね、特には…」
「じゃあ説明するね」と言い教えてくれた内容は、家を借りるまではここで寝泊まりしていい事。ただし、夜は施錠し、朝隊員が出勤する前に鍵を開ける事。
シャワー室があるので夜は自由に使っていいことと、近くにコンビニがあるので必要なものがある場合はそこで買う、ということだった。
「じゃあ、うち帰るけど、何かわからないことあって、小沢隊員に聞くの怖かったらうちに聞いて!これでも一応一期先輩だから!じゃね〜」
「はい、ありがとうございます」
白野隊員が軽い足音を響かせながら去っていくと、再び静寂が資料室を包んだ。
いつの間にか外はすっかり夜になっていて、窓の向こうは濃い群青の闇に染まっている。
一息ついて椅子に腰を下ろすと、手元の机にまだ綴られていない古びたファイルが一冊だけ残っていた。背表紙にはかすれた文字で「未処理・要注意資料」とだけ書かれている。
なんとなく手に取ると、ファイルの重みに、何か湿ったものを触ったような重苦しさを感じた。
表紙をめくると、古い手書きの報告書がバラバラと綴じられていた。中には汚れが染み込んで読みにくくなっているページもある。
「……これは、事件記録?」
書かれていたのは、現在の事件によく似た、十数年前に起きた“失踪事件”だった。被害者はやはり小学生で魔力ゼロ。
そして驚くべきは、今回の様な失踪事件が、ちょうど5年周期で起きており、今回で四度目ということだ。
「どういうことだ……?」
ページをめくるごとに、既視感のあるワードが連なっていく。
監視カメラに映らない犯人。
瞬間移動のような痕跡。
謎の魔力痕。
息を飲んで、もう一度資料に視線を戻すと、ファイルの最後に挟まっていた一枚の手紙が、ふと床に滑り落ちた。
拾い上げると、そこには明らかに正規の報告書のフォーマットとは異なった、乱れた筆跡でこう書かれていた。
『この事件に深入りするな』
その言葉は、忠告というより警告に近い様な気がした。
事件に関する報告書に、そんな主観的な一文が残されることなど、本来あり得ない。
なぜこんなものが、正式な捜査記録の中に混ざっていたのか。
違和感を覚えた俺は、無意識にページの端をめくり返していた。目の前に広がるのは、連れ去られた子どもたちの個人情報、関係者の証言、そして定型文の捜査経過。
だが、ふと気づく。一人の警部補の名前だけが、数ページにわたってやたらと目立っていた。
警部補・木暮誠二。
初動捜査の指揮を執り、現場検証を担当した人物が、ある時点から突然その名は報告書から消えている。引き継ぎの記録もなく、他の捜査員の記述にも一切触れられていない。
まるで、存在そのものが消されたかのように。
俺は深く息を吐き、資料の束をまとめると、殴り書きの紙だけをジャケットの内ポケットにしまった。
木暮誠二。この名前を、明日、調べてみよう。
「深入りするな」と書いたその人物が、何に怯え、何に気づいたのか。今の俺にはまだ見えない。
だが、目を逸らしていい様なものにも思えなかったため、燈華にも情報を共有し、この日はシャワーに入り、近くのコンビニで軽食を買い、腹ごしらえをした後そのまま寝ることにした。
翌朝。
布団はふかふかとは言えず、床で寝るよりはマシ程度の寝心地で体の節々が痛いことに気づく。
朝日に向かって体を伸ばし、シャワー室に顔を洗いに行く。さっぱりしたところで教えてもらった通り、玄関の鍵を開けた。
出勤予定時間前に来たのは白野隊員だけで、他の三人は三十分ほど遅れてのんびりとした足取りで到着し、昨日と変わらず四人の上司たちは隣の部屋で雑談を続けていた。
誰が聞いても業務とは無関係な話題ばかり。昨日は野球、今日は天気と健康食品の話。
「……こっちは仕事してるんですがね」と小さく呟き、資料室の扉を閉めた。
資料室に足を踏み入れると、うっすらとした埃と紙の匂いが鼻をかすめる。
この空間は、他の誰も使おうとしない。逆に言えば俺だけが自由に使える静かな城だった。
昨日ポケットにしまった、あの殴り書きの一枚を再び取り出す。
「この事件に深入りするな」。警告を残した人物は、明らかにただの警官ではない。
すでに何かを知っていた。あるいは、真実の一端に触れてしまったがゆえに消された。
そんな思いを胸に、資料端末の電源を入れる。
正式な機密記録にはアクセスできないが、表向きの行政資料、公開人事、報道アーカイブ程度であれば調べられる。
検索:「木暮誠二」
検索結果のトップに現れたのは、警察庁の古い人事記録。
名前は確かにあった。十年前、捜査一課所属。だが、異動記録の行き先はなぜか空欄。
「空欄のまま……?」
不自然さに眉をひそめる。そのまま数件の履歴を確認するが、どれも似たような情報ばかりで、それ以上の詳細は載っていなかった。
次に、報道アーカイブを漁る。六名の小学生が下校時に連れ去られた事件。警察の内部資料には確かに記録されていたはずの事件だ。
だが、ヒット件数はゼロ。
「……ない。完全に、報道されてない?」
六人が一度に消えるような事件が、新聞にもテレビにも一切出ていないなど、あり得ない。しかも、事件が起きた地域名で検索しても、「大きな事件があった」というような言及すら出てこない。
つまり、この事件そのものが、最初から存在しなかったことにされている。
報道に載らず、捜査記録は中途半端に打ち切られ、捜査に当たった警部補は異動先も不明のまま事故死。
偶然の重なりではない。誰かの意志によって、情報が操作されている様な気がする。
静かに画面を閉じ、手元のノートに、木暮誠二と太字で記し、その下に「事件情報:意図的な隠蔽の可能性」と書き加える。
上司たちは、今日も無関心のまま。俺が何を調べていようと興味を持つこともなく、ただ惰性で日々を過ごしているのを横目に、事件の真相を知るべく動き出した。




