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19.最前線と最も遠い部署

「最高の職場、ですか?」

「うん。だって俺達別に志願したわけじゃないのに、命をかけて魔物と戦うなんて嫌じゃない?願わくばこのまま一生魔物と戦いたくなんてないよ」


 へらへらとする小沢隊員に少しだけ怒りがわいてくる。魔物と何度か対峙したからこそ、どれだけ恐ろしいものなのか理解しているつもりだ。志願したわけじゃないのはみんな同じだ。そんな中、今もどこかで命を懸けて日本を守ろうとしている人がいるってのに、失礼すぎるだろうが。


 だからと言って配属初日で口論するわけにもいかず、へりくだった相槌を打つ。

 

「はは、そうっすね…」


 自分が情けない。


「まぁ入って、とりあえず中の先輩に挨拶しようか」

「はい」


 建付けの悪そうな扉をギィという音とともに開け、中に入る。想像通り中は少し埃っぽくて、床は歩くたびにギシギシと悲鳴をあげる。


 入ってすぐ、左手側の部屋に入ると二名の隊員が談笑していた。


「おぉ、その子が新人?」

「そうだよ。ったくなんで俺が」

「あんたがじゃんけんまけたからでしょー?」


 じゃんけんで迎えに行く人を決めていたらしく、早速この部署の危うさがにじみ出ていた。


「ほら挨拶」

「はい!本日付で記録保全課に配属されました。天ケ瀬透真と申します。よろしくお願いします!」

「俺は山瀬智久やませともひさね。よろしくー」

「ウチは白野明しろのあかりでっす!ぴちぴちの十九歳でっす!よろしくねぇ」


 椅子にもたれかかり手を頭の後ろで組んだまま挨拶をしたのが山瀬隊員で、ぴちぴちが白野隊員。そしてもう一人、奥のソファで携帯をいじっている隊員は画面を見たまましゃべろうともしない。


「あいつは阿久津あくつだ。まぁこんな感じだからよろしくね。次は仕事を教えようか。付いてきて」


 幸先不安すぎるけど、配属されてしまった以上やるしかないのだと腹をくくる。


 小沢隊員についていくと、部屋を出て左側の突き当りに扉があり、そこに開け中に入ると大量の書類が、少し散らばっているとかのレベルではなく、完全にぶちまけられており、それが二十畳くらいの部屋一面に広がっていた。


「これ整理してファイルに綴っといて。じゃ」

「え!待ってください!整理するってどうしたら…」

「いやもう学生じゃないんだから自分で考えれるよね?適当に分類して分けとけばいいだろ普通に!」

「は、はい…わかりました」


 小沢隊員は不機嫌そうに扉を閉め、ギシギシと床を鳴らしながら遠ざかっていく。


 数日前まで一番いい部署だとかほざいていた自分を殴りたいが、そんなことはできないので、散らばった書類に目を向ける。


 全くどこから手を付けたらいいのかわからず、足元の書類を拾ってみる。


「えーと、市民からの通報書?魔法が使えない息子が急に手から火を出した。ふーん、成長期かな?」


 これに関連する資料が近くにないかと、拾った箇所周辺の書類を手に取る。


「これは、見たことのない魔方陣が書かれた謎のチラシがポストに入っていた…違うなぁ。こっちは…地下鉄の通気口に何かいた気がする。これも違うな」


 まるで神経衰弱のように紙を拾っては確認し、拾っては確認しを繰り返す。絶対に一人でやる量じゃないしどうしてこんな惨状になっているんだと憤りを覚える。


 いったん深呼吸をして心を落ち着かせた。


「はぁ…。燈華手伝ってぇ…」

「かしこまりました。今あいつらの首を持って参ります」


 既に抜刀し、今にも建物ごと切り刻んでしまいそうな権幕の燈華に抱き着き、引きずりながらなんとか止める。


 もしかしなくても燈華って喧嘩っ早いの?


「まってまって!そうじゃないから!この書類の整理を手伝ってほしいんだ」

「主殿だけがやる必要性が見出せません。あの方たちの尻ぬぐいはあの方たちにやってもらわなければいけないかと」

「良いんだよ。きっと別の仕事をしているはずだし。ほら足元の書類拾って!同じような内容のやつまとめといてね~」


 燈華に指示を出し自分も書類の整理を始める。床に這いつくばりながら作業をしていると二つ隣の部屋から笑い声が聞こえてくる。


 それを聞いた燈華が鞘から刀を出したり戻したり、自分の感情と俺の命令に板挟みされもどかしそうにしていた。それがおもしろくてなんとか三時間ほど頑張れた。


 腕も腰も痛くなり、そろそろ集中力がなくなりかけて来た頃、廊下をこちらに向かって歩く音が聞こえ、燈華を戻す。


 乱暴に扉が開かれ、そこから小沢隊員が顔を出す。


「おっ、結構片付いてるなぁ、やるやんお前。そろそろ昼だけど飯持ってきてる?」

「修行式後すぐに来たので持ってきてないです」

「そうなんだ。ここ飯は自分で用意しなきゃいけないから、昼休憩の十二時から十三時の間に勝手に食べといてね。あとこれさっき来た書類」


 出された書類を受け取ろうと腰を上げ歩き出そうとするが、その書類は突然小沢教官の手から離れ、今しがた綺麗にしたばかりの床にひらりと落ちた。


「綴っといて~」


 またも乱暴に扉が閉められ、ギシギシという音と共に小沢隊員が離れていく。


「…んんん~もう燈華出しちゃおっかなぁぁ!?もうなんか召喚して怒り渡しちゃおっかなぁぁぁ!?」


 歯を食いしばりながら拳を振り上げ、扉の向こうの小沢隊員を威嚇する。


 ぐぅ、と俺のおなかもあの態度にご立腹の様だ。


「はぁ、昼飯無いのきついなぁ。ていうかもっと早く言ってくれればいいのに」


 ぶつぶつと誰に向けるわけでもなく文句を言うが、それでご飯が出てくるわけでも、この部屋が片付くわけでもない。


 諦めて捨てられた書類を拾おうとしたとき、ふと思いつく。


「召喚しちゃうか」


 そう、この現状を打破してくれる何かに期待して召喚してしまおう。


 久しぶりの召喚だ。ご先祖様と燈華が言ったことを思い出す。


「えーっと。外側の円は召喚された存在をこの世界に固定する役割、その内側は魔力の流れを安定させる中円、そして召喚対象の情報を確定する内円。中央には五芒星。五つの頂点には「火・水・風・雷・氷」の古代ルーン」


 魔力を集中させ、徐々に召喚術の魔術紋を形成していく。


「その中心には螺旋を描く紋様をいて、外周には古代の文字で「我が名を持ちて汝を呼ぶ、今ここに現れよ」。あとは俺の情報を書き込んで、四隅には「天・地・冥・虚」の封印紋だったか」


 最後は呼び出したい対象を思い浮かべ、それに適した祝詞を詠えばいいだけだ。


「原初のより分かたれし一条の光よ。

 いまだ名を持たぬ幼き導き手よ。

 影を裂き、因果を紡ぎ、我が手のひらに宿れ。」


 燈華の時よりも数段綺麗な魔術紋から光が溢れ出し、対象が浮かび上がる。


 そこいたのは、薄く輝くただの球体だった。


 何を呼び出したんだろうとじっくり観察していると、突然球体からにゅっと腕のようなものが生えた。


「うわ!?腕?」


その腕を振り回し、必死に何かをアピールしている。来い来い!みたいな動きをしているので近づいてみると、特に何か聞こえるわけでもないし、今も変わらず腕を激しく動かしていた。



「んん?なんだ?燈華、この子が何を言いたいかわかる?」

「この子は名前を欲しがってますね」


 光の球は、現れた燈華とその足元の不細工な魔術紋を見比べた後、魔術紋を何度も指差し、大変興奮気味に手を叩いていた。


「これは今どういう感情なの?」

「これはわたくしの魔術紋を見て、羨ましがっておりますね。この魔術紋は一番最初に召喚してもらった証みたいなものですから」


 そういうものなのかと納得し、この光の球に意識を向ける。いまだに来い来い!というジェスチャーをするその姿は、人間によって廃れた心に温もりを与えてくれた。


「なんか近寄った時ちょっと暖かかったし、日向丸でどうかな?」


 名前の提案をするとひなた丸は球体の形を変えて、サムズアップしたような形になる。


「気に入ってくれたのかな?」

「大変喜んでおりますね」

「良かったぁ」


 言葉を発さずに体で感情を伝える日向丸に可愛さを覚えていると、ふと本来の目的を思い出す。


「書類整理してもらいたくて呼んでみたんだけど、光の集合体っぽいし無理かな?」


 というと日向丸は指を二本突き出し、自分の目っぽい箇所と俺の目を交互に指差し、見ていろとジェスチャーをした。


 ふわふわと散らばる書類まで飛んでいくと、なんと生やした手で書類を掴んでみせた。


 光の集合体なのにどうやってやってるんだろうと怪訝な顔をしていると、日向丸は突然見えない壁のパントマイムを始める。ただ俺の知ってるパントマイムは見えないものあるもののように見せるものだが、日向丸は今実際に壁にぶつかったように球体が変形している。


「日向丸はどうやら空気中の魔素を固定する能力があるようですね」

「すごい!そんなこともできるんだ。ならこの書類整理手伝ってもらおうかな?」


 またもサムズアップして手伝ってくれることを伝えてくれた。


「内容は気にしなくていいから全部表にして1箇所に集めておいて!燈華は引き続き内容ごとにまとめておいて」


 二人に指示を出し、投げ捨てられた書類を手に取り内容を確認する。


「ん、この書類…。最近話題の失踪事件じゃないか。ニュースでは犯人が捕まったって報道されてるけど、未解決?…一応聞いてみるか」


 資料の左上にでかでかと未解決のスタンプが押されている、世間の報道と矛盾した資料に違和感を覚える。


 扉を開け、四人が談笑する部屋に向かい、コンコンコンと三回ノックすると全員がこちらをチラ見するが、すぐに顔を背け、話に戻る。


「すいません。先ほど渡されたこの書類なんですけど、これって最近有名な失踪事件のものですよね?」


 めんどくさそうにこちらに向き直すとため息混じりに小沢隊員が返答する。


「そうだけど、それがどうしたんだよ」

「報道されてる内容と違うなぁと思いまして…」

「うん、だから何?特別に教えてやるけど俺たちはそういうこと気にしなくていいの。ただ毎日増える書類を整理してまとめておく。それだけの課なんだよ。それで俺たちの仕事が増えたらどうしてくれるんだ?」


 そんな適当な仕事があるかと考えていると小沢隊員が続ける。


「わかったらいらんことに首突っ込むな。あと昼休憩中に仕事の話してくんな」


 俺を部屋から追い出すようにしっしっと手を払う。


 これ以上何を言ってもあちらに聞く気がないようなので、諦めて書類が散らばる部屋に戻ることにした。

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