18.その刃は友のために
『お前たちは戦闘が終わったらのんびりしていいと誰かから教わったのか?』
トランシーバから榊原教官の冷たい声が響き、慌てて飛び上がる。
『この程度の魔物を倒して安心しきっているようじゃ、いつか足元をすくわれるぞ。急いでけが人の確認を終わらせて索敵陣形を取れ』
『『了解』』
「報告します。前衛総員三十七名全員がけがを負っており、三十六名がトリアージ緑。訓練継続可能です。一名、真嶋隊員が前腕及び腹部を痛めており、骨にヒビもしくは骨折の可能性がありトリアージ黄色とします。以上」
「了解。救急車を呼んでいるから真嶋隊員はそちらに乗せます。それ以外は索敵陣形を維持したまま基地まで移動。予想外の出来事が続いて消耗も激しいでしょうけど最後まで気を抜かないこと」
「了解」
伝令役が戻り、教官に言われたことをそのまま繰り返し、俺たちに伝える。
そして魔法隊と合流し索敵陣形で周囲を警戒しながら、基地へと帰った。
自室に戻り、真っ先にベッドに倒れこむ。ベッドに体が沈みこんでもう起き上がれないと思った時、備え付けのスピーカーが鳴る。
「紫藤隊員と風間隊員は今すぐに教官室にくるように」
「え、なんかやらかしたの?」
「あー実は、グランドロス戦の行動、教官に許可取らずに勝手にやっちゃったんだよね…」
たははと笑う風間君に感謝と心配が入り混じる。
「運命が何を強いたとしても、俺の刃は友のためにしか振るわれない。それが俺の誓約だ」
紫藤君も何言ってるかわかんないけど、助けてくれたことには感謝しかない。反応に困る俺を見て、風間君と紫藤君は「とりあえず怒られてくるよ」と手を振り部屋を出ていく。
俺たちを助けるために行動したことによって怒られるという申し訳なさから、起きて待っておこうと思い椅子に座るが、睡魔に勝てずにそのまま寝てしまう。
「おーい!天ケ瀬君起きて!」
「…んぇ?」
「呼ばれてるよ。しかも隊長室に。天ケ瀬君もなんかやらかしたのかい?」
「えぇ隊長室に!?なんだろ…俺何やらかしちゃったんだ!?」
よだれをぬぐいながら急いで部屋を出る。明確にこれをしたから呼ばれたというのが逆に怖い。
隊長室の前につき、いまだ着替えていなかった隊服の乱れを整えてからドアを三回ノックする。
「入れ」
「失礼します」
執務机に肘をつく榊原教官の後ろには藤原教官と志田教官が立っている。この三人と対面するのはフリムルを倒した時以来だなぁと思いながら机の前で立ち止まる。
「お前を呼び出したのは、先の戦闘で使っていた魔法についてだ。お前はこの研修期間での魔法の成績は中の下。筆記は完璧だが実技の点数が恐ろしく低い。それにフリムルとの戦闘後、魔法が苦手と言っていたと記憶しているが間違いないか?」
「はい、間違いないです」
「だが、戦闘中に魔方陣を発動したのを俺とここに居る二人が見ている」
「私は榊原教官の横で双眼鏡を覗いていましたが、あなたは見たことのない魔方陣を使っていました。中円、内円が歪な形で一度目と二度目の発動の際、魔方陣の大きさも異なっていましたね」
あの時は戦闘に必死で見られていることを気にする余裕はなかったが、そこまで正確にみられていたことに少し焦りを感じる。
「なぜ我々も知らない魔法が使えることを隠しているのか教えてくれないか?」
志田教官は優しく問うてくるが目が真剣そのものだ。だがこれは怒りや負の要素をはらんだ感情というよりは知的好奇心のようにも見えた。
「…本当に魔法はつかえません。ただ、私は召喚術師の先祖返りで魔術というものが使えます。なのであの時使ったのは魔法ではなく、魔術です」
「魔術…。志田教官。魔術というものに聞き覚えは?」
眼鏡をすちゃっと直し、眉間にしわを寄せながら答える。
「私の知識をもってしてもわかりかねます。魔術と魔法の違いは?」
「魔法は榊原教官が使う魔法も、他の隊員が使う魔法もすべて同じ魔法陣を用いますが、魔術を行使する際にはその魔術専用の魔術紋というものを使うのが決定的な違いだと思います」
「なうほどっ…!それで二度目の大きさが違ったのか!ということはあの魔術紋とやらの紋様も意味がある構成だということか興味深いぜひ色々教えてくれないか!!」
「ちょっと志田教官きもいってぇ。もしかして、こういうのが嫌で隠してたの?」
藤原教官の言うことに俺はこくりと頷き肯定する。
「志田教官のとは少し違いますが、知人から「人は知らないものに怯え排除しようとする可能性がある」と忠告されたので、できるだけ人前で使わないようにはしていました」
「そうか。お前は召喚術師だといったが何かを召喚できるのか?」
「はい」
「お前さえ良ければ見せてもらえないだろうか」
魔術のことも知られたし、召喚術のことを知られても問題ないだろうと思い燈華を呼び出す。
不格好な魔術紋とともに燈華が現れ、目の前の三人は驚愕に満ちた顔をしている。
現れた燈華は仮面で見えないが、明らかに不機嫌な雰囲気を醸し出し、刀の柄に手を伸ばしている。
「燈華!敵じゃないよっ。俺の教官だ」
「わかっています。わかっていますが、自分の立場を利用し、逃げられないような環境を整え、無理やり聞き出す。やり方が気に入りませんね」
「立場を利用したのはそうだが、防衛隊の隊員として不確定要素は取り払っておきたいのは当然のこと。それに鍵も閉めてなければ無理やりでもない」
「いいえ退路はありません。あなたたち三人を前に主殿が逃げ切れる確率は一パーセントもありません」
さらっと酷いことを言われた気がするが、これ以上燈華を出しておくと教官と敵対してしまいそうだ。
「ありがとうね燈華。でも一旦戻ってねぇ…」
「あっ、主ど―!」
燈華が光の粒子となる。消える間際に不満そうに声を上げていたが穏便に済ませたい。
「申し訳ありません」
「良い。俺も配慮が欠けていたのは事実だ。とにかく、この事は外部に漏らさないと約束しよう」
「承知しました」
「下がれ」
一礼して隊長室を出る間際に志田教官が興奮気味に「魔術、とても興味深いですねぇ」と呟いていたが、燈華は魔術も魔法も適性があると言っていたし、志田教官には申し訳ないけど誰でも使えるわけじゃないだろう。
部屋に戻ると何用で呼ばれたのかと問い詰められたが、真嶋君がけがした時の状況を聞かれたと適当に答えたら何とか納得してもらえた。
こうして激動の一日が終わり、残りの三日間特に大きな事件がおきることなく時が過ぎ研修期間終了が翌日に迫った日の夜。全員が教官に呼び出され配属先が告げられた。
同期の隊員たちが次々と、扉を管理する部署や魔物の生態を研究する部署に配属が決まっていく中、俺が告げられた部署は「記録保全課」という書類を扱う部署だった。
この部署は毎日研究員やその他隊員が持ってくる報告書や資料を、ただ管理する部署らしい。
同室の仲間は「なんで天ケ瀬がそんなとこに?」と怪訝な顔をしていたが、魔術を使えることを隠している身としては、記録保全課は一番いい部署な気もする。
翌日。研修終了の式を行い、たった三か月だが命の危機的場面をともに支えあい、生き抜いた仲間というだけあって友情が芽生えていた。
それぞれの部署がある基地まで防衛隊がバスを出してくれるらしいが、俺の配属先である記録保全課はこの基地内にあり、担当の人が迎えに来てくれるらしいけど、それまで暇だなと考えていると風間君が話しかけてくる。
「僕は生態研究部署だけど記録保全課とは距離が近いしまたすぐ会えそうだね」
「そうだね。時間があればどこか遊びにでも行こう。そんな暇ないかもしれないけど」
「はは、そうだね。また普通に遊びに出かける日常が戻るように頑張るよ」
「うん、頑張ってね!応援してるよ」
すごいな風間君は。聞く話によると風間君の成績を見た研究部署の偉い人が指名してきたらしい。同室の人間がそんなすごい人からスカウトされるなんて、俺もなぜか鼻が高くなる思いだ。
「うぃ~とーまくんとのお別れいと寂しけり的な」
「赤城君は扉管理部署だっけ?」
「そーなんよ、俺に管理ができると思ってんのか?ってはなし」
「赤城君ならできるよ」
「とーまくんもがんばれよ~」
ひらひらと手をふりふらふらとした足取りで立ち去る。しゃべり方はあんなだけど意外とちゃんとしてるところもあるから大丈夫だろう。
赤城君を見送っていると霧生君とシャドーレイン君が一緒にバスを待っているのが見えたので声をかける。
「二人とも魔法開発部署だっけ?」
「うん。どうせならそこに行きたいと思ってたから丁度よかったよ」
「俺の内に眠る“式”がある限り、他の声はすべて雑音に過ぎない」
「え?」
三か月一緒にいたけど結局しゃそーレイン君の言うことは全く理解できなかったなぁ。
「魔法の研究は自分一人で事足りるってさ。自惚れすぎだね。だいたい君は感覚派すぎて研究には向いて無いように思えるけど?」
「数式が通じるのは静止した世界だけだ。混沌は、感じ取る者にしか応えない」
「戦場は感覚で渡れても未来に残せないよね?魔法を語るってのはただ火を放つことじゃないんだよ」
何で理解できるのかわからないけど、魔法についてあそこまで熱く議論できるなら二人とも研究者向きなんだろうと結論付けてその場を去る。
あとは真嶋君だけど、俺の生で、まだ病院にいるらしいから今度休みの日にお見舞いにでも行こう。
いろいろ考えていると、隊服を着た少しふくよかな隊員がきょろきょろと辺りを見回しているのが見えた。
「すいません。小沢隊員ですか?」
「あぁ、そうだよ。君が天ケ瀬君?」
「はい!本日付で記録保全課に配属になりました。天ケ瀬と申します!よろしくお願いします!」
「あぁそんなかしこまらなくてもいいし気張らなくてもいいよ。そういうとこじゃないから。まぁ案内するから付いてきて」
小沢隊員は特に自己紹介もなくそのまま前を歩いて行ってしまう。後を追うが初めの印象は最悪で、これからちゃんとやっていけるか不安になる。
道中も特に話かけられることもなく、黙々と十分ほど歩き、やっと建物が見えてきたと思ったら敷地内の雑草は生い茂り、ヒビの入った窓ガラスが風通しの良い職場だと誇らしげにアピールしていた。
絶句している俺に気づいた小沢隊員が久しぶりに口を開く。
「記録保全課ってのは見ての通りだ。良かったね。ここは魔物と一切かかわることがない最高の職場だよ」