13.魔法が使えない僕たちは
彼が手を前に出すと周囲の空気が急激に熱を帯び歪んでいく。ゆらめく熱波の中から、微かな炎の粒子が浮かび上がり、空気を震わせる。その火の粒子は最初は小さく、単なるきらめきに過ぎなかったが、次第に集まり渦を巻き始める。
最初は細く不規則に動いていた炎の筋が、やがて強烈な引力を帯びたように彼に吸い寄せられ、一つの点に集結していく。その渦巻きの中心では、炎の色が赤からオレンジ、さらに青色へと変わり、周囲の温度が急激に上昇していく。
空気が震えるような感覚が周囲に広がる。体感で感じる熱さが一瞬で周囲を包み込む。火の粒子が微細な光となって空間を走り、空気中の水分が蒸発して小さな水蒸気が見え隠れする。炎が膨れ上がる音は、爆発的な破裂音を引き起こす直前の、激しい唸り声のように響く。
「これが、魔法だ」
そういうと彼は、フリムルに寄生されていた人間の死体へ向けてその魔法を放つと、空間が爆発的に揺れる
地面がひび割れ、空気が引き裂かれ、炎が一気に広がっていく。膨大な質量により黒煙がたちこめる。
煙が晴れるとそこには、人間の骨のようなカケラが数個転がっているだけで、人間の形をとどめている者は何一ついなかった。
「えっ…?どうして…フリムルは取り除いたっ。そこまでする必要があるんですか…!?」
「フリムルに寄生された者はもう助からない上に、確実に殺す事が義務付けられている」
「確実に全部殺しました…。遺体は、家族に返すべきじゃないんですか…?」
「確実というのはいささか間違っているだろう。うなじに取り付く以外の寄生方法があったら?プラナリアのように切られても問題なく生きていける個体がいたら?」
「それはっ…」
彼は「ふんっ」と鼻を鳴らし踵を返す。
「ごめんねぇ、彼本当にコミュニケーションが苦手で」
横にいた金髪セミロングの女性が困ったような表情で頭をかく。
「うちらも必死で研究してるんだけど魔物の生態ってほんとわからない事だらけで…。だから殺すしかないんだけど、一般人の君にいきなり人を殺せって言われても無理な話だよねぇ。ごめんね」
「いえ、あの人が言うことが間違っていないのはわかってます…」
うんうんと頷くと茶髪の男性を追いかけ、冷静そうな男性もその後に続く。
防衛隊に入ればいろんなことを考慮して行動しなければならないんだと痛感する。そしてあの凄まじい魔法を扱えるものがいても尚、占拠された地域の奪還には至らないのを見るに魔物側の抵抗も激しいようだ。
またいつ扉から魔物が攻めてくるかもわからない中、早急に内側の脅威を排除しなければならないんだと決意を新たにした。
翌日、職員と入所している子達からねぎらいの言葉を貰い施設を出る。電車に乗り三十分の所にある商業施設を改装し、そこを防衛隊の仮設駐屯地として使用されているようだ。
門衛をしている人に防衛協力通知書を見せ施設内に入る。既に多くの民間人が集まっているが、このタイミングということは俺と同じく高校を卒業したての者がほとんどなのだろう。
受付まで行くと、これから寝泊まりする部屋に案内され、すでに五人が各々のロッカーに荷物を詰め込むんだり、ベッドメイク等をしている途中だった。
入室したことに気づいた一人が顔をあげる。
「初めまして!俺、赤城陽人!よろしくぅ」
「初めまして、天ケ瀬透真です。よろしくお願いします」
「うぇいとーまうぇいっ」
うぇいうぇい言いながら小突いてくる謎テンションに若干引いていると、赤城さんの声に反応して他の四名も自己紹介を始める。
「風見隼人です。よろしくね」
「霧生 慧です」
「真嶋 悠斗だ」
「我が名は影の雨…。よろしく頼む」
一人完全に厨二病患者がいるようだけど、高校の頃のような空気にならずに一安心する。
「こいつは紫藤 玲ね。まだ厨二病患ってるけどいい奴だから」
風見さんが苦笑いでシャドーレインさんの本名を明かし、それでも謎ポーズをやめない紫藤さんについ笑ってしまう。
「俺ら高校同じでとーまくん気まじぃかもしんないけどマジうぇるかむなんでっ!」
「そうそう。これからきっと協力することが増えそうだし仲良くね。そのうえで知っておきたいんだけど天ケ瀬君の得意魔法ってあるかな?ちなみに俺は風魔法が得意なんだ」
高校で俺をぼっちに追いやることになった原因。魔法の発動が苦手なことを知ると友人だったやつらはどんどん俺から離れていった。ここで嘘をついても後々ばれるだろう。
「俺は…」
嫌な思い出がフラッシュアバックし変な汗がでる。
「魔法が苦手なんです…」
「…」
しばらくの沈黙。やはりどこにいっても魔法が使えないということはハンデになってしまうのか。
「そうだったんだ。無理やり集められたんだし苦手な人もいるよね」
「その質問、無神経だったのではないか?」
霧生君が眼鏡をクイッとしながら風間君を咎める。
「うぇいとーまくん、実は俺も魔法苦手ですよいしょぉ〜!」
「俺も魔法よりぶん殴るほうが得意だなぁ」
みるからに肉体派の真嶋くんがフォローを入れてくれる。
どうやらここには俺を蔑む目もいじめてくる奴もいないようでホッとする。
自己紹介と魔法が苦手なカミングアウトをするという峠を超えたとこで俺も大き目のロッカーに荷物を入れ始めると、アナウンスが鳴る。
「本日防衛協力のため入隊した者は玄関前に集まって下さい」
勝手がわからないながらも部屋からでてみると、同じようにきょろきょろしながら複数の部屋から人が出てくるのが見えた。
人の波に乗って廊下を渡り、玄関前に無秩序に集まっていると見覚えのある女性が現れた。
「こんにちわ。教官の藤原 澪です。これからここで生活していくうえでの基本的なことを教えますのでしっかり聞いといて下さいね」
そういうと、今のようにアナウンスがなったら指定された場所に背の順で整列して並ぶこと。食事処や浴場、その他施設の場所。そして食事や入浴の時間は決まっておりその時間通りに済ませないといけないことを教えてくれた。
こうして言われた通りに、食事や入浴の時間を守り今までと特に変わらない日々を過ごしながら「案外余裕だな」という声が聞こえ始めた頃、防衛隊の入校式が執り行われた。
背の順で座らされ、配られた紙に書かれた宣誓文を読み上げる。俺を含め、周りの奴らも進行していくのをぼーっと眺めていた。
「気を付けぇぇぇ!!」
咆哮のように発せられた言葉に無意識に背筋を伸ばす。声が響きやすい建物とはいえ空間が揺れているようなその声に一瞬で格付けが完了した様に思えた。
ステージに立つのはフリムルを殺したときに駆け付けた規格外の火魔法を使う防衛隊員だ。
「私はここで教官をやっている榊原岳人だ。…よく聞け。お前たちは今この瞬間から国民のために命を懸けて戦う隊員だ。それが気に入らなくても関係ない。ここにいる時点で、すでに逃げ道はない」
言い聞かせるようにゆっくりと、心に刻み込めるように重々しい声で続ける。
「だが敵の前では、泣き言も愚痴も意味をなさない。弱者は淘汰され、強者だけが生き残る!それがこの世界の理だ!選択肢は二つ!戦える隊員となり生き抜くか。無力なまま死ぬか!無論俺はここに居る百十七名全員を「生きるための術を持つ者」に育て上げるつもりだ!覚悟しておけ!!」
榊原教官はお前らはもう当事者なんだと訴えるように全員を睨みつけた後ステージを去る。
その後も入隊式は続いたが、背筋は自然と伸びていた。
次回投稿予定:本日の17時頃